29.魔法少女と「第三世代」
あの日、地球を救ってくれた魔法少女のように、いつか自分も立派で強くて格好いい魔法少女になりたい。
結衣が「赫星一号」を破壊したその瞬間、霧崎希美はそんなことを願っていたことを覚えている。
無数のタイプ・キャンディが呪術甲冑陸戦隊による援護射撃で撃ち落とされていく中、希美はあくまでも冷静に、自らの照星に収まった個体のみを狙って、三点射を叩き込みながら、変異体へと接近していく。
無垢な願いを抱いていた希美が「星の悲鳴」を聞いたのは、新星暦77年末という、着々と人類が復興に向かっている時代だったものの、それでも魔法少女になれるという現実は、彼女を舞い上がらせるに足りるものだった。
充足。長年の夢が叶ったその瞬間に、柄にもなく小躍りしていたことだって、希美ははっきりと覚えている。
だが、現実というものはそこまで単純なものではなく、事実というものは時に酷薄にして冷淡だ。
連邦防衛軍の施設で魔力量と適性を測る検査を受けた希美に下された判定は、要求された項目のどれも平均値を下回るという結果だった。
何かの間違いだと、そう思いたかったが、同期として軍に入隊した魔法少女たちの中には、希美たちと同じような「第三世代魔法少女」でありながら、「第二世代魔法少女」──戦間期に生まれた存在に匹敵する存在がいて、その実力を遺憾なく見せつけられれば、現実というものを否応なく理解させられる。
とはいえ、第三世代魔法少女の中でそこまで傑出した存在が現れるのは極めて稀なことだった。
多くの第三世代たちは、希美と同じように平均値を下回る能力と脆弱な魔法星装しか持たず、辛うじてタイプ・キャンディと渡り合うのが精一杯というのも珍しくはない。
それ故に、軍が選んだのは魔法少女を今までのように個人単位で運用するのではなく、三人一組のユニットとしてそれぞれ攻撃、防御、遊撃を担当するように決定された。
更には魔法星装の弱さを補うためにそれぞれ呪術礼装として、呪術回路が組み込まれた銃火器や大楯が支給されることで、貧弱な第三世代魔法少女の戦力は嵩上げされたかのように思えたが、それもほとんど焼け石に水であることは明白だ。
しかし、連邦としては敵星体と戦える存在を遊ばせておくわけにはいかないという切迫した事情がある。
そんな大人の都合と弱まった「星の悲鳴」という運命の間で板挟みになった希美たちのような存在は、「トライアングル・ユニット」は、そんな現実に翻弄された結果生まれたものだった。
しかし、何よりも残酷なのは、理想と遥かに乖離した戦場という地獄の摂理だ。
タイプ・キャンディの群れを抜けて、希美はその鎌を研ぎ澄ませていた変異体へと対峙するが、白状してしまうのであれば、今すぐ背を向けて逃げ出したいところだった。
「こんなのが六体もいるなんて……!」
泣き言を口にしたところで何も始まらないと、自分を鼓舞しながら希美は不意打ちに備えて周囲を警戒しつつ、左手から自身の魔法星装であるリボンを展開し、カマキリのようなタイプ・クッキーの左腕を絡めとる。
「これで、これで、これでぇっ!」
そして、三点バーストではなく弾丸のセレクターをフルオートに設定すると、希美は拘束した変異体へと魔力によるコーティングが施された弾丸の雨霰を、変異体へと浴びせかけた。
しかし、変異体が纏う障壁は極めて強固であり、ダウンサイジングされた、つまるところ引き出せる魔力の上限値が低いアサルトライフルでは、その壁を破るのは極めて困難だといえる。
それを本能で理解していたからこそ希美は、リボンで拘束していた左腕へ、自らの魔力を変換した電撃を流し込む。
『──!?』
狙い通り、電流により焼き殺すことはできなかったものの、変異体が悶えたところを見逃さず、希美は背後の陸戦隊へと呼びかけた。
「曹長、お願いします!」
「よし、よくやった! 後は任されたぜ!」
対星装備が施された78式呪術甲冑の背部に接続されたキャノン砲から徹甲弾が吐き出され、苦しみ、悶えていたカマキリのような変異体を魔力によるコーティングが施された弾頭が撃ち貫く。
──これで、ようやく一体だ。
敵星体の沈黙を確認した希美は、肩で息をしながら周囲にタイプ・キャンディが潜んでいないかを全力で警戒する。
死神は、決まってこういう時にやってくるものだからだ。
勝利の余韻に浸っていた魔法少女が背後からあの牙に食いちぎられた光景は、今でも脳裏に焼き付いて離れない。
噂によればあの「第一世代魔法少女」──原初の七人と呼ばれる存在の生き残りは、タイプ・クッキーが束になってかかってきても鼻歌まじりに蹴散らせるほど強大な存在らしいが、陸戦隊の協力がなければタイプ・キャンディを仕留めるので精一杯な自分たちからすれば羨ましいどころの話ではない。
羨望を超え、嫌悪や憎しみに心が染まる前に、希美は言われた通りにただ、留まることなくひた走る。
生き残れるかどうかを決めるのは、究極的には、理不尽だが天運だといえるのかもしれない。
どんなに屈強な兵士であっても、どれだけ戦果を挙げてきた魔法少女であっても、死ぬ時は一瞬であるように、持って生まれた運命というものはどうしようもないものだ。
だが、多少は悪あがきをすることぐらいならばできるのも、また確かなことに違いはない。
それが、戦場で足を止めないことだった。
希美は教え通りに走り回ってタイプ・キャンディを牽制しつつ、呪術甲冑陸戦隊が狙いやすいようにタイプ・クッキーの変異体を誘導するという任務を忠実にこなしていた。
たとえそれがどんな任務であったとしても愚直なほど忠実に実行できるのは、能力こそ低くとも霧崎希美という少女の美点だったし、軍もそれを買って、彼女を遊撃担当に配置したのだ。
だが、誰しもがそうであるとは限らない。
戦場において一握りの勇気を胸に、恐れを心の奥底に押し込めて走れるのは、ごく一部でしかないということを希美は、そして隊を率いる内藤はよく知っている。
魔力によって引き出せる事象である「拒絶」の表出──呪術結界と同じような効果を持った大楯を構える第三世代魔法少女、松原千佳はその眦に涙を湛えながら、ほとんど錯乱した状態で敵に盾を向けていた。
「やだ、やだぁ! 来ないでよ! お父さん、お母さぁぁぁん!!!」
いるはずのない、来るはずのない父母への助けを求めながらも彼女が盾を構えていられるのは、魔法少女として積んできた訓練がそうさせるのだろう。
だが、いずれにしてもターゲットを引きつける役に徹している千佳の元には未だ多くの数を残しているタイプ・キャンディや、果ては希美たちの連携によって一体を撃破されたことで脅威であると認定したのか、変異体もまた、その盾へと引き寄せられるように群がっていく。
その殺到が意味するものは一つだった。
呪術回路はその魔力に可変性を持たず、大きさによって出力が異なっている。
つまり、防ぎ切れる攻撃には限度があるということだ。
「総員、松原を援護しろ! 早くしないとどうなるかわからんぞ!」
『了解!』
内藤はまだ、この状況下でも冷静さを保てている方だった。
だが、それにしてもこの状況は奇妙であると、彼の直感と、変化した戦況ははそう告げていた。
敵星体は、意図的に希美をターゲットから外している。
脅威度を優先するのであれば変異体を撃破した希美から狙ってもおかしくはないところを、盾を構えた千佳から優先的に潰そうとしているのは、前者に傾倒していた今までの敵星体における行動パターンとは明らかに異なっていた。
「千佳から離れろ! このっ、このおっ!」
アタッカー担当である魔法少女、弦巻紬が自身の魔法星装である鉈を構えて、タイプ・クッキーの変異体であるカマキリの首を狙って振り下ろすが、その障壁を突破するのは容易ではない。
ばちばちと火花を散らしながら、刃が押し返されていく感触に紬は焦りを感じながらも、自らの魔力を全力で鉈へと注ぎ込む。
これがもし第一世代魔法少女や第二世代であったなら、きっとバターでも切るような調子で変異体の首を落としていたのだろうが、自分たちではそうもいかない。
第三世代。貧弱にして最弱の魔法少女たちは、ほとんど捨て駒同然で戦場に放り込まれているのが現実なのだから。
紬は自らの非力に歯噛みし、涙を流しながらも魔法星装にありったけの魔力を注ぎ込んで、自分の方を見ようともしない変異体の首へと、とうとうその刃を食い込ませていた。
「これで……倒れろおおおおッ!!!」
ざくり、と体組織を裂いて鉈が食い込む感触を手に覚えた紬は、咆哮と共にタイプ・クッキー、その変異体の首を無理やり叩き落とす。
「やった……やった! あたしでも、タイプ・クッキーを……!」
「紬!」
「弦巻ィ!」
「えっ……」
紬は確かに第三世代魔法少女として、栄誉を手にしたのかもしれない。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
魔力を全て攻撃に注ぎ込んでいた代償として、出力の低下していた魔力障壁をいとも容易く、残存していた変異体の鎌が引き裂いて、紬の胴体と首を泣き別れさせるのには、一秒もかからなかった。
「紬ぃぃぃぃっ!!!」
希美は咆哮し、アサルトライフルを構えて変異体へと放ったが、その障壁の前に、魔力でコーティングされているとはいえ、呪術回路の容量が少ない銃から放たれる弾丸ははあまりにも無力だ。
弔い合戦を挑むことすらできないその残酷さに打ちひしがれたくなるのを堪えて、内藤もまた千佳の救出を第一目標へ切り替えると、呪術甲冑が持てる武装を、変異体と残存するタイプ・キャンディへと一斉に放つのだった。