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27.魔法少女、束の間の安らぎ

 結衣が連邦防衛軍への復隊を果たしてから一ヶ月。

 果たして諏訪部たちの危惧した通り、世界の構造は大きく変貌を遂げていたといってもいい。

 佐渡ヶ島奪還戦において、連邦防衛軍は呪術甲冑とオケアノス級という新兵器を配備したことで敵星体に勝利を収め、その勢いは止まることなく続いている、というのが政府の公式発表だった。

 しかし、大本営発表と現実が乖離するのはままある歴史の悪癖であり、新星暦という時代に古き衣を脱ぎ捨てても尚、人類はその旧弊を捨てきれずにいるのは、いっそ滑稽でさえある。

 だが、あるがままの事実を全て曝け出せば市民の不安を煽るだけだと主張するタカ派の意見にも理があるように見えてしまうのは、地上で暮らす上流階級と未だ地下都市で暮らす下層市民との間で分断が進んでいるからだろう。

 加えて、駆逐しきったと思われていた東京にも敵星体が現れるようになったのだから、軍としては悲鳴の一つも上げたくなるものだ。

 プラカードを掲げて真実の開示を求める仮想市民たちがデモを起こすことも珍しくない中で、結衣たち魔法少女は敵星体という存在から人類を守るシンボルとして、公の場に姿を見せることも珍しくなかった。

 私たちがついているから、どうか武器を収めてください、と、時には暴力に訴えかけようとしてくる下層市民の説得であったり、敵星体の襲来に怯える上流階級へ安全だ、と訴えかけることであったり、再編されたマジカル・ユニットの任務は、もっぱらそんなものばかりだった。

 今日もデモ隊の一部勢力が、新たに生まれた第三世代魔法少女を担ぎ上げたことで暴徒化する寸前での説得を担っていたのだが、そういう任務は、戦いの鉄火場に立つのとは別な意味で疲労が濃い。

 食堂の机に突っ伏して、あたためた缶飯の鳥飯を開封しながら、中身をもそもそと咀嚼する結衣のげっそりとした表情に、オレンジに近いライトブラウンの髪をした同僚の魔法少女──三上美柑は悪戯っぽい笑みを口元に浮かべる。


「帰ってくるなり何て顔してんのさ、結衣」

「……美柑。ごめん、人間同士で争ってる、って、こんなにつらいことなんだって……」


 3年前の戦いで取り戻した平和は偽りの衣を剥ぎ取られて、今もまだ人類は戦いの最中にあるという事実を突きつけられれば、あの戦いで散っていった仲間たちにどんな顔をすればいいのかが、結衣にはわからなかった。

 敵星体との戦いが終わっていないのであれば、人類同士で争っている暇も理由もないはずなのに、中途半端に取り戻した平和が分断を深刻化させる。

 そうなれば、とてもやり切れるものではないと、結衣は溜息を一つ吐き出すと、食事というより、ただ食べ物の栄養を摂取しているだけ、といった具合の表情でもそもそと缶飯を食べ進めていく。


「ま、そこはアタシも同意するけどさ。食事の時ぐらい笑ってないと、損だよ損。特権とはいえレーションの中でも上等な缶飯食べられるんだから、少しぐらい笑わないとご飯が美味しくなくなるよ?」

「……美柑は、元気なのね」

「ん、いや? 元気にしてないと元気じゃなくなるからね、皆が皆そんなもんだと思うよ?」


 いつの間にか結衣の向かいに腰掛けていた美柑は笑顔を浮かべながらそう言い放つ。

 結局のところ、擦り切れているのは誰も彼も変わらなくて、戦いに血道を上げているのは安全圏で命令を下すだけの上層部だけだということだ。

 表向き元気そうに見えるだけで、美柑も美柑で何かしら釈然としないものであったり、或いは怒りであったり、そういうものを抱えているのだろう。

 感情を表に出してしまう自分の幼さを恥じ入りながら、結衣は美味しいはずなのにまるで味を感じない缶飯を黙々と口に運ぶ。

 少なくとも極東管区にいる限り食事の質が保証される、といったのはかつて戦場で轡を並べた魔法少女の一人だったか、それとも違う誰かだったか。

 彼女か彼かは知らないが、その誰かが言った通り、極東管区で軍人に支給される戦闘糧食は、さすがに「赫星戦役」の只中ではその質を維持しきれなかったものの、ある程度の復興を果たした今では再生食や合成食のクオリティも向上している。

 もっとも味のクオリティに言及できるのには、それが何からできているかを知ろうと思わない限り、と枕詞がつくのだが。


「結衣は……缶飯、好き……?」


 そして、結衣の隣に腰掛けて美柑との会話に耳を傾けていたスティアが、黙々と食べ進めていたことで既に半分以上中身を減らした缶飯を指して問いかけた。

 缶飯はこの時代においても珍しい天然食であり、連邦防衛軍が所有する大規模農業プラントから収穫されたものを使用しているため、食事としては間違いなく上等な部類に入る。


「ん、スティア。結衣って缶飯好きなの?」

「……わ、わたしも……気になり、ます……」


 だから、好きとか嫌いとかより先にありがたいという思いの方が先に来るのだが、軍を離れていた時も家では廃棄品として市場に流されている缶飯を結衣が食べていたのは確かだった。

 そんな事情を知らない美柑と、そしていつの間にか結衣の左隣に席を取っていた絵理がずいっ、とスティアへと顔を寄せて問いかける。

 自分の食事情はそこまで重要なものなのだろうか、と結衣は困惑するが、そんなどこか牧歌的な雰囲気さえ感じるこの時間は、嫌いではない。


「うん……スティアは、知ってる。結衣は……お家でも缶飯を食べてた……だから、結衣は缶飯が、好き?」

「……どうだろ、好きというよりは、食べれてありがたいって方が先に来るから。量も多いし」


 そもそも自分の好物は揚げパンだ。

 結衣はそれを公言したことこそなかったものの、ビュッフェ形式をとっている食堂の日替わりメニューに揚げパンが出た日は、缶飯ではなくそちらを優先して食べている。

 だから、何となくわかりそうなものだと思っていたものだが、言葉にしない限り、情報というのは案外伝わらないものなのだろう。


「あー、確かに量多いよねこれ。ま、お腹いっぱい食べれるからアタシも嫌いじゃないんだけど」

「……わ、わたしはちょっと……少ない方が、いいかな、って……」

「……絵理は小食だからね」


 ただ、食べられる時に食べておくというのは重要なことだ。

 無理にでも腹に詰め込めとは言わないものの、このご時世で大っぴらに食べ物を残すというのは憚られる。

 だからこそ、絵理がどうしても食べきれずに残した食事は隊の皆で分け合うというのが、かつての魔法少女隊における暗黙の掟だったことを思い返し、結衣はそこに一抹の懐かしさと哀しみを抱く。


「絵理は、小食……美柑は、元気……スティアは、覚えた」

「あっはは! そっかー、絵理は小食でアタシは元気かー、うん、間違ってないよ。スティア」


 スティアも早く記憶が戻るといいね、と言葉を付け加えたのは、美柑なりの優しさというものなのだろう。

 少なくとも再編されたマジカル・ユニットに、敵星体の襲来を感知する「勘」があるとはいえ、魔法少女としての力を持たない一般人である彼女が編入されたことについて、多かれ少なかれ疑問はあるのだろう。

 だが、そこに対して表立った嫌悪であったり対立を持ち込む人間がいないのは、結衣にとってはありがたいことだった。


「そういや、軍が次に奪還に挑むとこって知ってる?」


 赤飯の詰まった缶飯を開封しながら、まるで夜の献立を問いかけるかのような調子で美柑はこの場に集まっている全員を一望してそう尋ねた。

 連邦防衛軍の前線部隊が領土奪還に向けて動いている、ということ自体は事実であり、極東管区もこの一ヶ月で慌ただしい動きを見せていたのは、何らかの作戦の前兆であるとまことしやかに囁かれていたことを結衣は思い出す。


「……わ、わたしは……ごめんなさい、わからないです……」

「スティアは、絵理に同意する……不明、わからないこと……」

「……同じくそうね」


 三人が一様に声を揃えて、不明である旨を伝えられた瞬間、それを待っていましたとばかりに美柑は口角を吊り上げて、不敵な笑みと共にその正解を口に出す。


「四国だってさ。アタシも理由は風の噂で聞いただけだけど、なんか、あの『赫星一号』の破片の中でも大きめのが突き刺さってるらしいから」


 四国。美柑が口ずさんだ答えを、最後の一口と共に嚥下しながら、グラスに注いだ水をぐいっと煽った。

 何故大きな破片がある場所へと軍を差し向けるかについて、まだ結衣は思い当たる節が見当たらなかったものの、動き出した歯車はいずれ自分たちをそこに運んでいくのだろうという、予感めいたものは胸の内に芽生えていた。

 変貌した世界の全てを、結衣たちはまだ知っているわけではない。

 しかし、魔法少女である以上、嫌といってもその矢面に立たされるのなら、今という、束の間の平穏を噛みしめるのも悪くはない。

 あえて言葉にこそ出さないものの、同じ考えだったのか、絵理たちが控えめな笑みを口元に浮かべたのにつられて、結衣もまた口元を無理やり引きつらせたような、笑顔の出来損ないを形作るのだった。

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