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26.魔法少女、軍に戻る

 結局のところ、支給された家に住んでいた時間は極めて短いものとなってしまったが、それでも別れを告げるというのは名残惜しいことだ。

 結衣は来た時と同様にスーツケースに自分の荷物をまとめ、追加で購入したそれにはスティアの荷物を詰め込んで、慣れ親しんだとまではいかなくとも、そこそこ愛着が湧いた家を後にする。

 マネキン買いしたファストファッションのブランド品ではなく、地球連邦防衛軍から正式に支給された制服へと身を包んだ結衣は、同じ格好をしているスティアを一瞥する。

 普段より少しだけ窮屈な着心地のそれに違和感があるのか、くるりとその場でスティアが回れば、ふわりと光の粒子が漂い、空に溶けて消えていく。


「スティア、大丈夫? サイズとか、合ってる?」

「……サイズ……合ってる。でも、スティアが着てた服より、ちょっとだけ窮屈……」

「ごめんね、でも軍で過ごすのには必要なものだから」


 上半身をタイトなシャツとネクタイで飾り、履いているのは遊びがないタイトスカートとなれば、その着心地はワンピースや、普段着と比べて明らかに狭苦しいものだ。

 スティアには悪いとは思いながらも、最低限その服を着ていなければ軍部内での身分が保証されない、という事実を伝えて、結衣は小さく頭を下げる。


「……制服……所属を表すもの。結衣は、軍の人……? スティアも、軍の人……?」

「……そうなるかな。これからは」


 諏訪部が一体どんなカバーストーリーを用意して、戸籍もなければ身元も不明なスティアをマジカル・ユニットの構成員として連邦防衛軍に編入させたのかはわからない。

 だが、相当な無茶と苦労をさせてしまったのであろうという自覚はある。

 駅で菓子折でも買って行こうかと、結衣は財布の中身を数えながらスーツケースを引きずって、とりあえずは連邦防衛軍の総司令部へと向けて歩き出した。

 軍に戻ったからといって、これから天国が待っているとは限らない。

 むしろ、地獄に舞い戻っていくのだということは自覚しつつも、寄らば大樹の陰、ということもまた結衣は自覚している。

 スティアという、身元も戸籍もわからない少女を守り通すのであれば、唯一自分が利用できる諏訪部とのコネを使って、後方要員として軍籍を確保することくらいしか、自分にできそうなことはなかった。

 最強の魔法少女などと大層な呼ばれ方をしていても、結局結衣は一人の人間でしかない。

 いくら結衣が魔法少女たちのなかで最も強い力を持っていたとしても、それは局地的なものだ。

 その才能の多寡を問わず、一人にできることには限界がある。

 だからこそ、再び魂を炉に焼べて戦う道を天秤の反対側に乗せてでも、結衣はスティアという少女を守り通す道を選んだのだ。


「軍……戦う人の集まり。スティアには、わからない……何ができるのか、わからない……」

「それについては大佐が教えてくれるはずだから、大丈夫」

「……大佐……あの人は、あんまり好きじゃない……でも、結衣がそう言ってくれるなら、スティアは信じる」


 諏訪部という男は、理想に燃える心と氷のように現実を認める冷徹さを兼ね備えている。

 本人の振る舞いや人柄が胡散臭いところはあるが、それは道化を演じているだけで、スティアが嫌悪しているのはその現実主義的な部分を指しているのだろう。

 ほとんど一方的に除隊を勧告されて、「もう戦わなくていい」と言ってくれたその口で、「もう一度君の力が必要になる」と告げることになった心境は彼にしかわからないだろう。

 ただ、外から見ればそれは掌を返しているようなものだ、というだけの話で。

 そこまでスティアが考えているかはともかく、自分たちがこれから所属することになる部隊の司令官である男についてあれこれ考えを巡らせて、結衣は小さく苦笑した。


「……結衣、笑ってる……? スティアは、おかしいこと……言った?」

「ううん、諏訪部大佐も何だか気の毒だなって」

「……気の毒。結衣は、優しい?」

「スティアって、本当に大佐のこと、苦手なんだね」

「……うん……スティアは、大佐、苦手……」


 どうしてかはわからないけど、と、スティアはそう付け加えるが、人の好き嫌いなんてそんなものだといえばそんなものだ。

 理由があって明確に嫌うということもあれば、理由もなくただ嫌悪が湧くということもある。

 その逆として、理由があって好きだという想いを寄せることもあれば、理由もなく好意を抱いてしまうようなこともあって、それは諏訪部とスティアで対照的だ。

 結衣はどこか妹を見るような目で頬を膨らませるスティアを見つめながら、そんなことを考えていた。

 スティアのことは好きだ。

 好き、嫌いという感情を細分化すれば言葉の数は星屑のように増えていくのだろうが、それをどこまでも単純化して考えるのであれば、少なくとも今はそう断言できる。

 彼女がいなければ、自分は恐らく人間らしい感情を抱くことなく、燃え尽きたような日々を送っていたのであろう。

 それは容易に想像できるし、そうでなくとも無垢なスティアの振る舞いは、守ってあげたいという気持ちを掻き立てられる。

 その対価として支払ったものが地獄行きの片道切符だとしても、今の結衣に後悔はない。


「その内……慣れると思う、きっと」

「慣れる……関係性は、変わる? スティアと、結衣も?」

「……私はスティアを嫌いになんてならないよ。今までも、これからも、ずっと」


 軽く返したつもりの言葉にどこか恐れを抱いた様子を見せて、スティアはそう問い返した。

 関係性というものは、良くも悪くも流動的で、可塑性を持っている。

 それは奇しくも魔力とよく似ていて、違うところがあるとするのなら、自分が望む結果を定義して出力できる法則──術式のようなものがそこには存在しないことだ。

 だから、人は願いを込めて約束を交わすのかもしれない。

 そういう意味で、怯えるスティアに結衣が返した答えは、遠く、不確定に揺らぎ続ける未来に対しての宣誓でもあった。


「うん……結衣、一緒。スティアと、ずっと一緒……だから、嬉しい。スティアは、喜んでる……」


 頬を擦り寄せて甘えてくるスティアの体温やすべすべとした肌の感触が自分のそれと重なり合っていく錯覚に陥っていく。

 結衣は、なんだかそれを猫みたいだ、と感じていた。

 スティアの無邪気な振る舞いと、無垢な中に鋭い感性を隠しているところも含めて、彼女は猫に似ていると、この世で最も自由で孤高な生き物と相似を描いていると、そう思うのだ。

 そんな彼女が頬を寄せてきたことで肩にさらりと流れた、金色とも銀色ともつかない不可思議な色合いの髪束を指先でそっと掬った。

 そして結衣は、スティアにバレないように、同じシャンプーとリンスを使っているにもかかわらず、粒子に乗せて自分の髪よりも強く漂う芳香を、春とよく似た匂いを小さく吸い込んで、微かな罪悪感と、あたたかな感触を同時にその胸へと抱く。


「結衣は……スティアの髪の毛、好き?」


 だが、そんな少しだけ邪な行いはしっかりバレていたようだった。


「……う……す、好き。ごめん、スティア」

「ううん、いいよ……スティアも、結衣の匂い、好きだから……」


 首筋に形の良い鼻を近づけてその香りを嗅がれるというのは、清潔さに気を遣っているにも関わらず緊張する。

 それでもスティアが好きだと言ってくれたのは何だか誇らしく、嬉しく、二人は初々しい恋人のように、しばらく頬を寄せ合って、駅への道を歩いていた。

 ここから待っているものは、きっと今までの平穏を踏みにじり、砕くような地獄でしかないのかもしれない。

 だからこそ、だ。

 小さな思い出の欠片を、思い返して「良かった」と思えることを拾い集めて、守りたいもののことを思い続ける。

 それが焼け石に水であったとしても、そうすることで、「帰りたい」という思いを忘れずにいられるから。

 地球連邦防衛軍極東管区総司令部、その最寄駅まで電車に乗る道中もスティアと頬を寄せ合いながら、結衣はこれから赴く地獄への覚悟を、そして何としてでも生き残るという決意を、心の内に固めるのだった。

これにて第一章は完結となります。評価、感想、レビュー、ブックマーク等は更新の励みになるので随時お待ちしております。

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