25.魔法少女と変容する世界
「……以上のことから、敵星体は現状においてもなんらかの進化を果たしている、と考えるのが妥当だと思われます」
結衣が復隊のための「取引」を交わした翌日、諏訪部は佐渡ヶ島から帰還してきた連邦防衛軍のもたらした調査結果を、会議室に集まった閣僚や防衛長官、そして有識者たちに提示していた。
結論からいってしまえば、敵星体が何らかの変化を、それも進化を遂げているのは確実であり、この3年間で連邦はおよそ国土の三割を奪還することに成功しているものの、未だに「赫星一号」の破片が落下した不毛地帯となっている場所は地球上で枚挙にいとまがない。
佐渡ヶ島奪還作戦が立案されたのは、連邦防衛軍が誇る新兵器のお披露目としての意味合いが強かった。
だが、諏訪部たちのような慎重派からすれば、この3年間で敵星体がどのような動きを見せているのかという、実地調査こそが目的だった。
最前線を務めることになった、陸戦隊を率いる内藤勲曹長からの報告によれば、オケアノス級三隻の主砲により、佐渡ヶ島に落着していた「赫星一号」の破片は跡形もなく消し飛ばされていたものの、その跡地にはなんらかの構造的な階層が形成される過程のような痕跡が残されていたという。
敵星体が何を目論んでいるのかについては、彼らとの対話が不可能である以上わからない。
しかし、地球に落着した「赫星一号」の破片を用いてなんらかの構造物を作り上げようとしているのではないか、というのが諏訪部らの推測であり、今までは観測されていなかった変異体が生まれたのも、この3年間で敵星体が沈黙していたわけではない、ということの証明なのだろう。
諏訪部が提示した事実とそこから導き出される推測に、有識者たちの中には賛同を示す者もいれば沈黙したまま首を傾げる者もおり、それどころか冗談ではないとばかりに怒りの形相を浮かべている者まで悲喜交々だ。
中でも、軍務局長たちタカ派の人間にとって、敵星体が進化しているかもしれない、という推測は極めて都合の悪いものだった。
彼らが主導して開発を推し進めていた78式呪術甲冑は、その仮想敵を地球上に残存している敵星体の中でも最高戦力をタイプ・クッキーに規定しているため、それ以上の敵や変異体が現れたとなれば分が悪い。
事実として、諏訪部らが用意していた副案であるマジカル・ユニットの再結成はなされているだけでなく、魔法少女隊の前線投入はもう時間の問題だ。
そうなれば、魔法少女という属人化している存在ではなく連邦政府とその軍に市民からの信頼を集めたいと画策している軍務局長たちからすれば都合が悪い。
「ありえない……何かの間違いではないのか、大佐殿?」
にわかに参加者たちがざわめき出した中で、真っ先に挙手をしてそう言ったのは、痩身の老人──敵星体に関する研究者として招かれた、地球連邦北欧管区所属の、ポール・マクレガン教授だった。
北欧での戦線は概ね人類が優勢であり、極東管区が主導して生産された78式呪術甲冑は既に各地域へと輸出されていることも手伝って、国土回復は時間の問題だというのが、彼らの認識だった。
「我々も第二世代魔法少女を戦線に投入している向きはあるが、あくまでそれは保険としてだ。国土回復は連邦防衛軍の力のみで成し遂げられよう」
「しかし教授、我々は事実として敵星体が謎の構造物を建造しようとしていることを、そして従来は確認されていなかった変異体をこの目で見ているのです。幸いにも『原初の七人』が一人の活躍によって破滅は免れましたが、その脅威はいずれ広がっていくと見て間違いないでしょう」
「それは君の推測ではないかね? 極東管区に変異体が現れたというのは確かかもしれないが、少なくとも北欧管区では今のところ観測されていないのだよ」
ならばこのまま、魔法少女に頼ることなく、人類優勢のまま国土回復を一気に成し遂げることが望ましいのではないか。
マクレガン教授は口角泡を飛ばしてそう語る。
彼は熱心な反魔法少女派であり、それは幼い少女を軍隊に徴発して前線に出すのは憚られる、という人道的な観点に基づいての意見だったが、確かにそれは正しくとも、魔法少女たちの力をまた借りなければ、国土回復はおろか、国民すら守れないという諏訪部の意見とは真っ向から食い違うものだった。
「それはどうかな、えーっと、ナントカ教授」
「マクレガンだ! 無礼な、君は……」
「あたしか? あたしはアリス・ヴィクトリカ。北米管区の出席者として連れてこられた、あんたの大嫌いな魔法少女だよ」
蜂蜜色の金髪をサイドテールにまとめた少女は、マクレガン教授を挑発するように粗野な物言いでそう告げた。
顔を真っ赤にしているマクレガン教授の様子がおかしかったのかそうでないのか、アリスと名乗った少女──戦間期に生まれた第二世代魔法少女にして、地球連邦防衛軍北米管区最強の魔法少女は、にっ、と口角を吊り上げて皮肉な笑いを浮かべる。
「北欧管区の事情と、構造物については知らねーけど、その変異体とやらについては北米でも目撃されてる。つっても所詮タイプ・クッキー程度だけどな」
あたしの敵じゃねえ、と権力者や有識者を前にしても大胆不敵にそう発言できるのは、ひとえに彼女が「エースオブエース」の称号を北米方面軍から与えられた、アメリカ最強の魔法少女である故だ。
その魔力量は第一世代魔法少女──今や結衣、絵理、美柑の三人しか残っていない「原初の七人」にも匹敵するほどであり、だからこそ物言いこそ過激でも、アリスはこの場に連れてこられたのである。
トリガーハッピーというもう一つの二つ名を持つアリスは、魔法少女にしては異端の銃火器使いであり、「強化」の魔法とそしてアサルトカービンの魔法星装──魔法少女がこの星から力を授かった証明にして、その力の権化を持つ少女だ。
そして、アリスの意見に追従するように各管区における変異体の目撃状況や犠牲者などが口々に叫ばれて議論は紛糾したものの、概ねこの場にいる人間の意見は諏訪部の敵星体脅威論への賛同に傾きつつあったといっていい。
それは、諏訪部にとっては望ましいことではあったが、朗報などでは断じてなかった。
敵星体との戦いは終わっていない。
それどころか、この3年間で奴らが沈黙していたのではなく、力を蓄え続けてきたのであれば、これからの舵取り次第では何人もの犠牲を積み上げてようやく成功させた「赫星一号」の破砕作戦だって、無意味なものに貶めかねないのだ。
魔法少女を前線に立たせ、その犠牲でもって人類の多くを救済するという時代の終焉が来てくれたというお題目について、それが本当であれば諏訪部は一も二もなく喜んでいたのであろう。
だが、実態としては再びマジカル・ユニットを稼働させ、多くの魔法少女を戦線に投入しなければならない可能性が芽生えてきたのだから、とてもやり切れるものではない。
しかし、人類は何を差し置いてでも、どのような手段を使ってでも、生き残らねばならない──地球連邦政府が表立って口にすることはないものの、それに関しては派閥を問うことなく口を揃える至上命題は、果たされなければならないものだ。
それこそ、どんな手段を使ってでも、何を差し置いてでも。
結衣に除隊を命じたとき、「もう戦わなくていい」などと嘯いていた自分の楽観に、あるいはそこに込められた祈りを踏みにじられたことに対する怒りを込めて、諏訪部は静かに、指輪の跡がうっすらと残る左の拳を固める。
「あんたも大変だな、大佐殿」
「アリス・ヴィクトリカ。それはどういう」
「言葉通りさ、こっからどう転がってくのかはあたしにもわかんねえ、だが、天国だと思ってた場所は地獄の一丁目だったってことには、違いないだろ?」
あたしは戦えれば、飯を食えればそれで構わないけど、あんたらにとっちゃそうじゃないんだろう、などと口ずさむアリスの物言いは、粗暴でこそあっても、無教養なものではなかった。
アリス・ヴィクトリカ。連邦防衛軍がいずれ大規模反攻作戦に打って出ることになれば、マジカル・ユニットも彼女と轡を並べることになるのかもしれない。
それこそ阿鼻叫喚といった様子で派閥を問わず、多くの動揺が走った会議は定刻通りに終了し、ある者は恐怖を、ある者は不信を、またある者は剛毅にも楽観を胸に抱きながら、それぞれに会議室から帰っていく。
極東管区の発言力は「救世の七人」作戦を成功させたこともあって連邦政府の中でも非常に高いものとなっているが、もしこれで分断が進んで過去のイデオロギー闘争が再発したら、堪ったものではない。
諏訪部は周囲に誰もいないことを確認してから、左手で顔を覆って深く溜め息を吐き出した。
その間にも世界は、変容を続けている。
人類がこの3年間でようやく築き上げた平和を嘲笑うかのように、あの忌々しい赫き星が再び天に昇らんとするかのように、星屑たちは、人の意思など問うことはなく、得体の知れない蠕動を続けるのだった。




