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22.魔法少女、閃光の果てに

 ぶつかり合った閃光が白く視界を染め上げた果て、新堂の機体が映し出したものは、あの巨大な敵星体が跡形もなく消し飛んでいるという、尋常ならざる光景だった。

 最強の魔法少女と名高い、人類の英雄にして救世の乙女、小日向結衣。

 その力は彼女が「赫星一号」を破壊したあの作戦で十分に理解したつもりだったが、こうして改めて目の当たりにしてみれば、魔法少女が行使する「魔法」というのはこの世の理を外れたものなのだと再び実感させられる。

 だが、そんな力を持った存在ですら時に死の淵へと追いやる敵星体という人類にとっての憎むべき仇敵の力もそうだ。

 敵星体と魔法少女、そこに違いがあるとするのなら、それは人類に与しているかそうでないかなのではないかと、不安を煽り立てるような言説を、専門家を名乗る男が公共の電波でぶちまけていたことを思い返しながら、新堂は硝煙の中に佇む結衣を仰ぎ見る。

 拡大してその表情を見れば、華々しい勝利を飾ったのにもかかわらず、彼女は沈痛な面持ちで、これまで散っていった死者へと祈りを捧げるようにしばし、佇んでいた。

 結衣にとってその行いに、これといった意味はない。

 ただ、倒すべき敵を倒した、その事実が今日も一つ積み重なっただけで、そこに抱けるような感慨や、人類を守り通したのだという誇りは戦いの中で傷付き、擦り切れ果てた心に何かを生み出すことはない。

 死者が、犠牲者が出なかったのは本当に幸いなことだ。

 結衣にはまだそれを喜ぶだけの心が残されていた幸運に感謝しながら、熱線の反動で自壊していたところにサクラメントバスターでトドメを刺された敵星体が先ほどまで鎮座していた空間を茫洋と見つめる。

 あの忌まわしい「赫星一号」を破壊したことで、全ての戦いには幕が下され、戦いは終わったのだとばかり思っていたが、現実はそうではない。

 地上に残存する敵星体も、連邦防衛軍がその内自分たちのような魔法少女の手を借りずに叩き出せるようになるだろうと、そのための研究だと、諏訪部の実験に付き合っていたが、それを嘲笑うかのように無慈悲な現実が今、結衣の喉元には突きつけられている。


「……やったよ、スティア」


 震える声で唇に乗せた強がりは、夕暮れの埠頭に霧散して、溜息のように空へと還って消えていく。


「……今度もまた、倒したよ。私は……スティアを守ったよ……」


 そうとでも自分に言い聞かせていなければ、正気ではいられなくなるとばかりに、どこまでも沈痛な面持ちで涙を零しながら、結衣は後どれだけこんな戦いを繰り返すのかと、強がりで補強した少しの誇らしさを飲み込む恐れに震え、慄いていた。

 敵星体との間に対話が通じない以上、人類に突きつけられている選択肢は二つに一つだ。

 奴らを殺し尽くすか、奴らに殺し尽くされるか。

 この戦いは正義や大義で塗り固められているものの、その本質はどこまでも残酷で無慈悲な生存競争でしかない。

 かつて見たアニメに出てきた、お伽話だった頃の魔法少女のように巨大な敵を閃光で撃ち貫けば、エンドロールが流れて世界が終わるなどということはない。

 下手をすれば地球が回り続ける限り、太陽が燃え続ける限り、自分たちの戦いに終わりはないのかもしれないと、結衣はその絶望に、そして背負っている死者の声と生者の祈りの重さに押し潰されそうになるのを堪えて唇を噛んだ。

 その声が耳朶を震わせたのは、拳を震わせながらしばらく空中に佇んで、結衣が戦いの終わりについて想いを馳せていた時のことだった。


「……結衣さん、無事、だったんですね……!」

「……絵理」


 簡略化され、省略されたところもありながら、長い決議を経て出撃の許可が下りた、今日本で唯一、諏訪部麾下のマジカル・ユニットに所属している魔法少女──水瀬絵理が、その碧眼を潤ませながら、戦場跡に佇んでいた結衣の元へと飛んできたのだ。

 戦友との再会は存外に早いものだった。それ自体は嬉しいし、喜ばしいことだというのもわかっている。

 だが、ここまで彼女が駆けつけてくるまでの時間で街に被害が及んでいたかもしれないと考えれば、やはり連邦防衛軍の官僚的な手続きは有事の即応に際しては欠陥を抱えていると、結衣はぐちゃぐちゃになっている思考回路の片隅にそんな言葉を浮かべあげた。

 英雄だなんだと祭り上げておきながら、結局のところ軍部も政府も自分たちのような存在は腫物のように思っているのだろう。

 それを考えれば少しばかり悲しくなるが、反面、自身の、魔法少女の力が及ぼす影響について考えればやむを得ないと考える自分がいることも確かだった。

 強すぎる力には大いなる責任が伴う。力を振るう者は力に振り回されてはならない。

 脳裏に思い返したそのフレーズは、魔法少女隊の合言葉のようなものだったが、それを知っている人間はもう、絵理と美柑の二人だけだ。


「……軍は来るの?」

「……は、はい……事後処理とか、色々ありますから……」

「そう……教えてくれてありがとう」


 今回の事件で結衣が活躍できたのは、いってしまえばただ、いくつもの偶然が積み重なったからに過ぎない。

 たまたま敵星体が海から侵攻してきたこと、熱線攻撃を温存しようとしていたこと、結衣が軍に所属していなかったからフリーに動けたこと──だが、何よりも運が良かったといえるのは、敵が結衣の対処可能な範囲で現れてくれたことだろう。

 自分一人で守れるものには、限界がある。

 それが今回の戦いを経て、結衣が痛感させられた戦訓のようなものだった。

 もしもあの敵星体が、単体ではなく二体、三体と現れて同時に熱線攻撃を浴びせかけてきたり、大量のお供を伴っていたのならば、結衣は守りに徹することしかできず、上陸を許してしまっていたかもしれない。

 軍をクビになったことで自棄を起こしていた部分があるかないかで問われれば、ないと答えれば嘘になるだろう。

 だが、魔法少女がどれだけ単体で強力な力を持つとしても、何かを守る、という目的においてその「何か」が大きければ大きいほど、個人の力が寄与できる範囲は狭まっていく。

 スティアを守る、という目的のためだけに結衣は無我夢中で魔法少女へと変身して敵星体と戦っていたが、これから先も同じやり方で通用するかどうかはわからない、というより通用しないと見た方が堅実だろう。


「……絵理は、何か気づいたこととかない?」

「……わたし、ですか……?」


 結衣は最悪の事態を脳裏に描いて、絵理へとそう問いかけた。

 恐らく彼女も気付いているのだろう。

 細い顎に拳を当てて、絵理は小首を傾げると、おずおずと小さく手を挙げながら、結衣の問いへと答えを返す。


「……敵星体が、進化している」

「やっぱり、気付いてるよね」

「……はい……」


 東京に張り巡らされた呪術結界内で発生した、断続的な変異体の出現は、偶然の一言で片付けられる範囲を逸脱している。

 これで二例目だということを鑑みれば、結衣たちが導き出した結論は、そう決め付けるのに時期尚早なのかもしれないが、3年前に敵星体と戦い続けていた二人にとっては、確証こそないものの、肌感覚での確信があった。

 呪術甲冑は確かに画期的な発明だが、仮想敵が従来までの敵星体であると考えれば、このタイミングで敵星体の進化が疑われるような事態が起きたのは不運であるとしかいいようがない。

 もちろんそれは、結衣たちのような魔法少女にとっても無関係ではないことだ。

 魔法少女は、連邦政府の思惑とは違って、きっとこれからも地獄の前線に駆り出されるだろう。


「……戦いは終わってなかった、私は……どこかで戦いが終わっててほしいって、ずっとそう思って、現実から目を逸らし続けてたのかもしれない」

「……そんなこと、ありません……だって、結衣さんは……誰より頑張って、誰より戦ってきたから……」

「……ありがとう、絵理。でもね、私……逃げてたのは多分、本当だから」


 どれだけ心が擦り切れても、どれだけ傷つき果てていたとしても、それは言い訳になどならないと、結衣は自分に言い聞かせる。

 スティアと触れ合う中で、その平穏がいつまでも続くことを、心から願っていたのは確かなのだ。

 だが、勝ち取らなければ、この星から敵星体の全てを叩き出さなければ、本当の平穏が戻ってこないのならば。


「……絵理、私……軍に戻るよ」


 結衣は一つの決意を言葉に込めて、絵理のサファイアにも似た青い瞳を覗き込みながら静かに、しかし、力強くそう呟くのだった。

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