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21.魔法少女、再び

 地下カタパルトを利用して、周辺に連邦防衛軍が有する78式呪術甲冑は何機か展開し、以前見かけた時とは違う重装備で巨大変異体への攻撃を加えていたが、五メートルクラスの呪術回路に込められた魔力では、例え魔導徹甲弾であったとしてもその装甲を貫くには至らない。

 加えて、結衣が上空で観察する限り、現在あの怪獣としか表現できないような変異体の迎撃に当たっている部隊は、以前に池袋で遭遇した部隊と比較して、全体の動きがどうにも鈍いように感じられた。

 巨体を有する敵星体は、その質量に反して動きは機敏だというのが相場だったが、流石に高層ビルにも匹敵する質量を機敏に動かす技術なのか、あるいは別な何かなのか──どちらでもいいが、そういった類のものを敵は持っていないらしい。


『怯むな、火力投射!』

『しかし新堂隊長、奴さん倒れる気配がありませんぜ!』

『馬鹿野郎! 効かなかろうがなんだろうが一秒でも長くここであいつの足を止めて、マジカル・ユニットの到着を待つのが俺たちの仕事だろうが!』


 新堂と呼ばれた、頭部からブレードアンテナを生やしている呪術甲冑、その指揮官機に搭乗している男は弱気になった部下を叱咤するが、本音をぶち撒けてしまうのであれば、自分もこんなところからはさっさと撤退したいというのが正直なところだった。

 あの地獄、航空隊の生還率が一割を切った「救世の七人」作戦と比べても遜色ないほど、連邦防衛軍側にできることは何もない。

 呪術甲冑が完成すれば、敵星体と兵士がまともに渡り合うことができる──魔法少女になってしまったがために、犠牲の羊として最前線に送り込まれる存在を減らせると信じていたからこそ、新堂は戦闘機から呪術甲冑への機種転換を申し出ていたのだ。

 だが、そのお題目に反して、現状はあの地獄と何も変わっていないのだから、馬鹿野郎と罵声の一つも飛ばしたくなるのは道理だといえよう。

 新堂の一人娘もまた、名もなき英霊となった魔法少女だった。

 3年前の「赫星戦役」、その戦端が開かれてからというもの、生まれ出た魔法少女の損耗率は実に九割以上に達している。

 戦時中に誕生した、結衣のような魔法少女──「第一世代魔法少女」と呼ばれる存在は、戦間期に誕生した「第二世代魔法少女」、戦後に誕生した「第三世代魔法少女」と比べて極めて強い力を持っていたらしいが、それでも人というのは死ぬ時は死ぬ。

 軍人であったからこそ、新堂にはそれが実感を伴って理解できていたし、だからこそ娘が「魔法少女として戦う」と言い出した時は反対もしたものだった。


「3年の……3年の結果がこれかよ! クソがぁッ!!!」


 だが、娘は死んだ。

 華々しい戦果を挙げたわけでもなく、ただ当たり前のように、戦場の摂理に従うかのように、油断していたところをタイプ・クッキーの「爪」に貫かれ、タイプ・キャンディに食いちぎられ、その遺骸は無惨なものに成り果てていた。

 親として何もしてやれなかった無力を呪うかのように、死に場所を求めて新堂は最前線に志願し続けたことを覚えている。

 だが、その度にどういうわけか生き残ってしまっていた。

 あの「救世の七人」作戦でも、東京奪還戦でも、囮同然である航空隊として志願して、生き残り続けてしまっていたのだ。

 それならば一匹でも多くの敵星体を殺し尽くして、この星から叩き出して死のうと、そう選択した彼を嘲笑うかのように、現実として無力が突きつけられるのだから、叫びたくもなるというものだ。


「なあ、真穂……俺もそっちに行っていいのか?」


 回線を全て切って、狭苦しいコックピットの中で新堂は一人、ぽつりと呟く。

 結局のところ何を目論んでも、何を考えても運命の女神はそれを嘲笑い続け、無様に生き恥を晒し続けた結果がこれだ。

 ならば、もう運命に身を委ねて死を受け入れることが正解なのではないか。

 新堂が乾いた笑いと共に、突きつけられた絶望へ落涙した、その瞬間だった。

 大量の魔力反応が、どれだけ魔力を帯びた徹甲弾や通常弾頭をぶち込んでも身動ぎ一つしなかった巨大な変異体、その巨体を揺らがせる。


「誰も死なせない……もう、誰も……!」


 HUDに投影されているその姿は、およそ鉄風雷火が吹き荒ぶ戦場には相応しくないゴシックロリータ調のドレスを身に纏う、長い薄桃色の髪を爆風に靡かせる少女のものだった。

 悲壮な覚悟をその背に負った顔は既に少女のあどけなさを奪い取っており、彼女の赤い瞳からは光と呼べるものを感じ取ることができない。

 その顔に、新堂は奇しくも見覚えがあった。

 確か、「救世の七人」作戦を成功させた立役者である「原初の七人」、その一人である小日向結衣という名前だったはずだ。

 結衣の方は生憎、新堂のことを覚えていなかったものの、その悲壮な顔つきは、抱えている絶望は、彼が命を手放そうとした時に抱いたものと同じであるように思えた。


「なんて目ぇ、してやがる……」


 己の写し鏡のような表情で、しかし力だけがまるで赤子と大人のように違う少女を見上げて、新堂は静かにそう呟いた。

 虚ろな結衣の瞳は、生者のそれというよりも死者のそれに近く、纏うドレスも舞踏会に赴くのではなく葬礼に出向くかのような雰囲気を与える。

 だが、そんな新堂たちのことも、自分がいかに悲壮な顔をして戦っているのかも、結衣の頭の中からは抜け落ちていた。


「魔力誘導弾は効いた……でも、殺しきれない」


 あの変異体は、怪獣映画から抜け出してきたような外見をしているものの、今のところその手の特撮で定番である熱線の類を吐いてくる様子はない。

 質量の構築で何らかのリソースを使い果たしたのか、あるいは質量そのものでゆっくりと人類を押し潰すことが目的なのかはわからないが、遠距離への攻撃手段を持っていないのならば、結衣の前には木偶の坊に等しい。

 魔力誘導弾の一点集中射撃を喰らったことで危機を感じたのか、変異体は海中から足を出して侵攻する速度を早めようと試みるものの、結衣が断続的に放ち続けている魔力誘導弾の前には無力であり、大きく体勢を崩して海中に転倒する結果を晒す。


「このまま殺しきる、殺しきる、殺し、きる……!」


 耳鳴りのように脳裏を打ち付ける死者たちの言葉に引き摺られ、吐き気を覚えながらも結衣は自身の魔法星装である魔法の杖、「ロンゴミニアスタ」を構えて術式を構築する。

 しかし、結衣の行いは変異体にとっては相当な屈辱を与えたらしい。

 ゆっくりと巨体を起こしながら、耳をつんざく咆哮を上げる敵星体は、とうとう結衣が恐れていた唯一の手段を解禁することを選んだようだった。

 ぼろぼろと、全身から体組織を剥離させながらも、大きく開けた口に、エネルギーが集中していくのを結衣は術式の構築中に感知する。

 タイプ・ショコラータ、加えてその変異体である規格外の巨体を持つ個体が、その質量の全てを熱量へと変換すればどうなるか。

 呪術結界の外側からならばいざ知らず、ここは内側だ。

 ならば答えは自明であり、それだけは絶対に避けなければいけない。

 自分にどれくらいの「猶予」が残されているのかはわからないが、あの「赫星一号」を迎撃した時と同じように、魂と高次元の接続をより強固にした一撃を放つことも考慮しながら、結衣は構築していた術式を完成させる。


「魔力解放、術式展開! サクラメント……」

『Gaaahhhhh!!!』

「バスター!」


 巨体を崩壊させながら放たれた敵星体が吐き出した熱線と、結衣の魔法星装から放たれた光条がぶつかり合い、凄絶な火花を散らす。

 その余波だけでも埠頭の施設がめきめきと音を立てて吹き飛んでいく熱量と熱量の激突は、筆舌に尽くしがたい暴威を持って、周囲へと巻き散らされていく。

 新堂たちは幸い、結衣のキリングレンジから撤退していたものの、それでもびりびりと呪術甲冑を震わせる凄まじい衝撃に、いかにあの魔法少女と呼ばれる存在が規格外のものであるかを理解させられる。

 反面、そこに立つのが何故自分の娘では、真穂ではなかったのかという理不尽な憤慨が、再び舞い降りた「救世主」へと向けられていることに、その当人は気付かないし、これからも気付くことはないのだろう。

 だが、世界を守るために、人々を守るために、最強の魔法少女が立ち上がってくれたというのは、悔しいが、心強いものであることは新堂も認めるところだった。


「頑張れよ……魔法少女!」

「……ッ……!」

「お前は世界を救ったんだろ!? だったら……だったら死んだ俺の娘の分まで戦ってくれよ! お前が負けたら、地獄まで追いかけてぶん殴ってやる!」


 気付けば、通信回線を開き、新堂は結衣に向けてそう叫んでいた。

 死者と生者。その両方に報いるために、死者の犠牲を無駄にしないために、生者の祈りを無下にしないために、結衣は術式に込めた魔力を増大させていく。


「……私は……私は! 魔法少女……小日向結衣なんだ……っ、ああああああッ!!!」


 向けられた呪いと祈りを魔力の炉に焼べて、結衣はありったけを出し尽くすかのように叫びをあげる。

 自壊していく変異体もまた、熱線の出力を引き上げるが、それが自らの崩壊を加速させていることに気付いているかはわからない。

 そして、戦場に今、極光が爆ぜる。

 祈りと呪いを背負った結衣の魔法が、破壊の意思を具現化したような変異体の熱線が。

 夕暮れ時の戦場に日の出をもたらしたかのように、ぶつかり合い、白く爆ぜるのだった。

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