12.魔法少女、無双する
大型化を遂げている理由はわからないものの、基本的にタイプ・クッキーもまたその名前の響きの可愛らしさとは異なって、チョコチップクッキーのようにゴツゴツとした岩塊のような腕を振り回し、時には爪を射出する化け物であることに違いはない。
基本的な特性はそのまま、サイズだけが大型化している場合の多くは弊害として機敏性の低下などの弱点を抱えていることが多いが、この変異体に関してそういったことは特にないようだった。
結衣にとっては見慣れない、というより初めて目の当たりにした兵器──78式呪術甲冑を縦に二機積み上げたのと概ね等しい大きさをしている変異体を、これ以上放置していればせっかくの復興を遂げた街への被害も馬鹿にならない。
かつて、本当に滅びの淵に立たされていた時代にこの地球そのものが高次元の窓を通して上げた、純度の高い「悲鳴」をキャッチできた結衣は、人間としてはともかく、魔法少女としては幸運であるといえた。
タイプ・クッキー、その変異体が無造作に振り下ろす巨腕を最低限の動きで回避すると、障壁を貫手で突き破り、結衣はそのまま流れるように変異体の腕を捻じ切っていた。
『……!』
発声器官を持たないタイプ・クッキーであったとしても、腕が無理やりねじ切られる痛みには堪えるものがあったのか、びくんとその身を痙攣させると、膝からコンクリートの地面に頽れていく。
それでもう、変異体にとっての脅威は完全に結衣だと確定したのだろう。
もう一体の敵が躊躇することなくその巨大な腕に生えている三本の爪を突き出すような構えを取ったかと思えば、刹那の内に爪が抜け落ちるように「射出」される。
敵星体を構成する体組織を文字通り射出したその「爪」は、徹甲弾を遥かに上回る貫通性を付加されており、駆け出しの、魔力障壁を上手く扱えない数々の魔法少女が串刺しになって死んでいった光景が、結衣の脳裏には焼き付いていた。
ねじ切り、投げ飛ばした敵星体の背後に回ると、結衣は躊躇うことなくそれを蹴り起こして、その巨体でもって「爪」から自らを守る盾とする。
『……!』
『……!!!』
敵星体同士にも仲間意識というものがあるのかどうかは定かではないものの、味方を撃ち貫いてしまった変異体は僅かに後ずさって、まるで自らの行いを悔やむかのような反応を見せる。
「……どういうこと? こいつら、感情があるの……?」
少なくとも、3年前の戦いで、結衣は敵星体が感情の類を読み取れるような仕草を見せたことはないと記憶していた。
今も結衣がそう思い込んでいるだけで、あの変異体は感情の類など持ち合わせてなどいないのかもしれない。
だが、例外規則的にその体躯が通常を上回るという変異を確実に遂げている以上、そこに何らかの変化が他にも伴っている、と考えた方が自然ではある。
それが人為的なものなのか自然的なものなのかは、考えたくもないことだし、どちらであっても望ましくないのだが。
結衣は「爪」を射出した変異体が硬直している隙を狙って、強烈なボディブローをその鳩尾へと叩き込んだ。
魔法少女といえば派手で豪華絢爛な効果音がつくような魔法が戦いの主役になると、かつてアニメを見ていた幼い頃の自分や一般市民はそう信じて疑わないのだろうが、実際のところそういう戦い方は、できなくはないものの、魔力消費的に極めて効率が悪い。
先程魔力を込めた思考誘導弾で全てのタイプ・キャンディを鏖殺してみせたのはその数が膨大だったからで、基本的には魔力によって強化された身体能力で殴ったり蹴ったりしている方が、魔力の消耗──高次元へと接続している魂への負担が少ないことを、結衣は3年前の戦いを通して嫌というほど理解していた。
だが、殴る蹴るだけで倒れてくれたのでは変異体も自らの役割を、東京という街の破壊を、そこに生きる市民の抹殺という役割を果たせないと必死なのだろう。
結衣のボディブローを受けた個体はよろめき、倒れかけていたところを踏ん張って、意地とでも呼ぶべきものを見せつけるが、少なくともそれもまた結衣の記憶にはない行動パターンだった。
「どういうこと……? 敵星体の何かが変わっている……?」
はっきりいってしまうのであれば、この程度の変異を遂げたところで、タイプ・クッキーが二体程度では、最強の魔法少女たる小日向結衣を止めることは不可能だ。
結衣からしてもあの絶望的な「救世の七人」作戦と比べればこの程度の相手は児戯にも等しいものだったし、やろうと思えば、街への被害を鑑みなければ、すぐにでも地上から消し飛ばすこともまた可能である。
だが、この街は3年という時間をかけて人類が着実に前へ、前へと進んできたことの証のようなものなのだ。
懐から取り出した魔法の杖「ロンゴミニアスタ」で比較的街への被害が少ない、魔力による思考誘導弾を形成すると、結衣はそれを刹那の内に構えて、断続的に射出していく。
「これで、倒れろ……!」
『……!』
もう一方の敵星体は最早虫の息だ。
悪あがきで動いたとしても、思考誘導弾は結衣という本体の制御下にこそ置かれていても、独立して敵を追尾し、炸裂するために、戦闘行動の継続には支障がない。
絶え間なく、四方を囲まれた変異体に時間差で直撃してはその岩塊のような体組織をいとも容易く破壊していく。
「なんだ、ありゃあ……あれが、魔法少女だってのか……」
内藤は、結衣がまさしく無双と呼ぶのに相応しい、八面六臂の活躍をみせる姿を、他の隊員たちと同様にただ呆然と眺める他にできることがなかった。
厳かに舞い降りたかと思えば、純然たる暴力によって暴力を制するその戦いはどこか自棄を起こしているようで危うさを感じさせるものの、少なくとも市街戦装備ともいえない軽装の呪術甲冑では対処が不可能な変異体を一方的に圧倒しているその姿は、自分たちの面子や鼻っ柱をへし折っているのにもかかわらず、これ以上ない頼もしさを内藤たちに感じさせていた。
「隊長……」
「ああ、お前ら……よぉく見ておけ、あれが魔法少女だ、人類を救った……『原初の七人』の生き残りだ」
原初の七人、という響きだけは立派で空虚な呼ばれ方を、結衣は好んでいない。
原初のと呼ばれこそしているが、「救世の七人」作戦に参加した魔法少女たちは、その始祖などでは断じてない。
たまたま生き残っていたのが七人だっただけで、その中でも生き残れたのが三人、それだけの話なのだ。
プロパガンダによって清廉潔白、勇気ある者として讃えられている結衣たちだが、実際は死の恐怖に押しつぶされそうで逃亡を図り、敵星体に喰われて死んだ支倉詩織がいる。
自分の不注意のために、不手際のためにその命を散らしてしまった八代桃華がいる。もう自分には時間が残されていないことを知りながら敵へと特攻していった前島亜美と、翠川美琴がいる。
その犠牲は、名前と共に覚えて背負わなければいけないことなのに、国威発揚の道具として使われていることは結衣にとって許せないことの、割り切れないことの一つであったし、生き残った他の二人がどうしているのかも今は知らない。
あの戦いで、決定的に結衣の心はひび割れ、砕け、踏みにじられたといってもいい。
だから何かをなす権利がある、と思い込むほど思い上がってはいないものの、変身して戦いを勝手に始めたのには、そうやって自棄を起こしている部分があることは確かだった。
それでも理性の側に結衣を踏みとどまらせている存在があるとすれば、それは。
思考誘導弾、その全弾による直撃を受けたことで破壊し尽くされた変異体を一瞥すると、結衣は最早のたうち回ることも叶わず、虫の息といった様相を呈しているもう一方の変異体へと、魔法の杖を向ける。
「光線だと街への被害が出る……結局こうなっちゃうか。でも、まあ」
──スティアを怖がらせるのなら、消えてしまえ。
言葉にこそ出さなかったものの、そこに確かな殺意を乗せて、結衣は再び思考誘導弾を展開すると、地に倒れ伏した巨体を蚕食するのではなく、一撃の元に破壊するように、その全てを一斉に射出する。
けたたましい爆発音が鳴り響くも、それは一瞬のことで、巨大な敵星体は二体とも、最初からそこにいなかったかのように消え去っていた。
魔法少女。その存在を過ぎたる力だと軍の上層部が警戒するのも、内藤には頷けてならないような気分だった。
良くも悪くも、彼女たちは世界の命運を左右する、それだけの力を個人の身に宿しているのだから。
戦いが終わった後は、何事もなかったかのようにビルの屋根を伝ってショッピングモールへと引き返していく結衣の背中を見送りながら、その贋作である四機の甲冑を身に纏う兵士たちは、感謝と、そして微かな恐れと共に、敬礼を捧げるのだった。