表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/100

11.魔法少女、舞い降りる

 呪術甲冑は魔法少女の代替として機能するか否か、その問いについて、個の力で測るのはナンセンスだといえよう。

 結衣は高次元からの「悲鳴」を頼りに敵を察知し、ビルの屋根を飛び回りながら戦地へと急行していた。

 幸いなのは、ショッピングモールから比較的遠い場所に敵星体が現れてくれたことだろうか。

 だが、それはスティアという個人の命について考えた時の話であって、場所が違えば彼女やショッピングモールの客たちに代わって、別な人間が犠牲になるかもしれない。

 その焦燥が結衣の足を動かし、戦場へと駆り立てていた。

 だが、その戦場へと真っ先に到着したのは結衣ではなく、内藤曹長率いる呪術甲冑陸戦隊だ。

 アサルトライフルの銃口から放たれる洗礼弾、呪術回路を通して抽出された魔力を封入した弾丸が、敵星体の障壁を食い破って、宙を泳ぎ回る魚のようなタイプ・キャンディを死滅させる。

 飴玉と魚を足して二で割ったような見た目をしているそれは、メルヘンチックな外見に反して極めて凶悪で、その小ささと持ち前の鋭い牙を活かして容易に、そして極めて残酷に、捕食という形で人を殺めるのだ。

 呪術甲冑陸戦隊が挙げている戦果は、今のところ上々だといっても良い。

 大型のタイプ・クッキーには牽制だけを行うことで街への被害に関しては多少目を瞑りつつ、多くの人を殺しうる可能性が高いタイプ・キャンディの処理を優先するというのは間違っていなかったが、逆にいえば今の内藤たちにできることはそれしかなかったという証左でもある。


「せめて、徹甲弾が使えればよ……!」

「隊長、泣き言言っても始まりませんぜ!」

「知ってらぁ! クソッタレが、とにかくあの魚もどきを潰せ! 一人でも多く市民を避難させるんだ!」

『了解!』


 現状で出撃できる呪術甲冑は五機が限界であり、先行量産が済まされている78式のほとんどは佐渡ヶ島奪還戦に向けて、テスト航行からの帰路についているオケアノス級へと積み込まれている。

 単体の力で測るのはナンセンスではあるのだが、呪術甲冑が魔法少女の完全なる代替にならないことは、開発段階からプロジェクトに関わってきた内藤が誰よりも理解していた。

 呪術回路の発明は確かに革命的で、今までは朧で不確かだった「魔法」という概念とその神秘を受け継いだ年端もいかない少女たちに頼らざるを得なかった戦いの構図を塗り替えて、兵士たちをいたずらに死地へと送り出す、あの「救世の七人」作戦で行われた航空隊を囮にするような真似をしなくて済むというのは、これ以上ないほどの朗報だといえるだろう。

 だが、呪術回路は弱点としてその可変性を持つことはない。

 魔法とは、魔力とは本来可変的なものであり、行使する者の定義によって様々に形を変えて発現する奇跡なのだが、呪術回路はそこから出力された「結果」だけを切り取ってエネルギーに還元しただけの代物である。

 つまり、結衣が実験室で出力していた魔力以上の出力を発揮することもなければ、呪術甲冑を着込むことで、内藤のような兵士たちは魔法を使えるようになるわけでもない、ということだ。

 加えて、エネルギーに還元したということは、その出力が呪術回路自体の大きさにも左右されるということでもある。

 オケアノス級航宙戦艦に積み込まれたようなものならばいざ知らず、歩兵に支給されるような78式呪術甲冑に組み込まれた回路では、それ単騎だけで戦局を覆すなど不可能に等しい。

 つまりはそういう話で、裏ではおそらく諏訪部がバックアップ要員として出撃させる魔法少女の選定を行っていることだろう。


「おおらああああッ!!!」


 そこに歯痒さを感じながらも、内藤はそれをかき消すように咆哮して、両手に持っているアサルトライフルの引き金を引く。

 巨大な羽虫が羽ばたくような音を立てて吐き出される呪術礼装の心核たる、魔力によってコーティングがなされた弾丸が、無数のタイプ・キャンディを貫いて四散させる。

 だが、HUDに投影される敵影が減った様子は微塵も感じられない。

 それも無理もないことだ。何せ、突如として現れた敵星体の数は凄まじく、いかに呪術甲冑が強力な兵器であったとしても、5機しか揃っていないのであれば、対処できる範疇を大きく超えているからだ。

 加えて、タイプ・クッキーの特異個体と思しき大型までいる。

 そうなれば自分たちは死ぬためだけに飛び出してきたのかと悪態の一つもつきたくなるが、内藤たち陸戦隊が出撃したのは断じて無駄に命を散らすためではなく、一人でも多くの市民を生かすため、その盾となるためだ。

 極論、そこに内藤たちの生命の安全は全くといっていいほど考慮されていない。

 装弾数を拡張したはずのアサルトライフルも瞬く間に弾切れを起こし、弾倉を交換している隙を見計らって、特異個体──否、変異体とでも呼ぶべき大型のタイプ・クッキーがその鉤爪を振り下ろした。


「ぐわああああッ!!!」

「永藤ィ! クソッ、こいつぁどうにもならんぞ!」


 永藤と呼ばれた隊員が着込んでいた呪術甲冑が展開する擬似魔力障壁はあっさりと変異体の爪に切り裂かれ、縦に真っ二つにされる形でその骸がずり落ち、血液と臓腑をアスファルトにぶちまける。

 やってくれたな、と、内藤は頭に血が上っていくのを感じていたが、弾が尽きているのはこちらも同じで、加えて苦し紛れに、最後の駄賃だと全弾ぶちまけたアサルトライフルの弾は、あの変異体が展開する障壁に全て弾き返されている。

 万事休すか、と、内藤が覚悟を決めて、タイプ・キャンディの猛攻を掻い潜りながら、変異体の暴威をすり抜けながら弾倉を交換していたその時だった。


「思考誘導弾セット、ファイア」

「な、なんだァ!?」


 眼前に集ってきたタイプ・キャンディの群れが一匹残らず爆発したかと思えばそれは連鎖して、HUDに映る敵星体を示す赤い点は見る見る内に、わずか数秒で変異体であるタイプ・クッキーの二体を除き、全てが消滅していた。

 こんなことができるとするなら、それは。

 内藤が思わず宙を仰げば、そこにはおよそ戦場に似つかわしくない、フリルがふんだんにあしらわれたドレスを身に纏う、桃色の髪をした少女が、小日向結衣が佇んでいる。

 魔法少女は、原則としてこの世の法則を書き換えることで不可能を可能としている。

 例えばそれは宙にふわふわと佇むことであったり、高次元から引き出した魔力を思考による誘導弾として、無数のタイプ・キャンディを爆発四散せしめることであったり、ありとあらゆる奇跡が、その存在の元には容認されるのだ。


「魔法、少女……」


 内藤は命拾いした、という気持ちと、またこの年端も行かない少女に頼らなければならないのかという軍人としての屈辱に臍を噛むが、それでも助けられたのは事実であることに違いない。

 だが、諏訪部が裏で手を回しているにしても、到着が早すぎる。それに、あの顔は。

 ありとあらゆる感情が擦り切れて、光を失った瞳を茫洋と変異体へと向けている結衣を一瞥して、内藤は思わず原初の七人、と、そう呟いていた。

 ──原初の七人。

 聞こえてきた呟きに結衣は少しだけ不快感を覚えて眉を吊り上げるが、優先すべきは軍人の小言よりも、目の前で今暴れている、タイプ・クッキーにしてはやたらと大柄な個体をどう処理するかだ。

 なるべくなら街に被害を出さない形で処理するのが望ましいのだろうが、今の結衣は軍人ではない。

 もちろん、好き好んで街を壊すような戦術を取るような真似はしないものの、交戦規定が定められていないということは、自由に動けるということでもある。

 タイプ・クッキー、その変異体が、とうとう取り巻きを消し飛ばされたことで結衣を恐怖に値する対象と認めたのか、鋭い爪を振り下ろすが、その一撃が始動する頃には既に、結衣は変異体の背後に回り込んで、鳩尾へと回し蹴りを叩き込んでいた。


「……戦いを始めるわ、来なさい」


 そして、変異体を挑発するように手招きをして、結衣は自身へとその狙いを集中させようと、すっ、と微かに伏せた瞳の奥でそう目論むのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ