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10.魔法少女、その代替兵器

 結衣がショッピングモールを飛び出す少し前、地球連邦軍極東管区総司令部でも敵星体の出現はキャッチしていた。

 すぐさま緊急事態宣言を発令し、市民に避難を促せたのも全ては3年前、「赫星戦役」からの教訓を生かした最新の装備が揃っているからであり、またこういった非常事態を想定して、というお題目で今の東京という都市は形作られている。

 とはいえ、根絶したはずの敵星体が何の前触れもなく現れたという事実に対しては司令部も困惑を抱いていたらしく、現場の指揮は混乱しているのが実情だった。


「何が起きている!?」

「敵星体です! 都心……池袋近辺に出現!」

「数はいくつだ! 情報は正確に報告しろ!」


 司令部の一室──都内対敵星体対策本部と名前がつけられていた事実上の島流し部署から晴れて本部への転属と、異例の二階級特進を果たした諏訪部が、混乱に目を白黒させているオペレーターの女性を叱咤する。

 この状況で動転するなというのも酷なものだが、3年の平和は人々から危機感を薄れさせるのには十分なものであったし、矢面に立つ諏訪部もまた、敵星体の出現に少なからず動揺を覚えていた。

 東京という都市はこの3年間で、徹底的に敵星体を叩き出す方向に舵を切っている。

 無論、それは東京だけに限らず、敵星体から奪還して復興が進んでいる都市全般にいえることなのだが、基本的には、設計段階で敵星体がそもそも内側に入ってこられないように作られているのだ。

 その絡繰こそが諏訪部の主導で進められていた結衣を実験体とした研究でありその成果である「呪術回路」、魔法を神秘の領域から科学の領域に引き摺り下ろして再定義した代物だった。

 名付けや定義づけというのは、存在を固定する呪いに等しい。

 それは集団に浸透すれば時に大義や革命、暴力行使の引き金となり、それは個人に浸透すれば可能性を狭め、切り捨てる頑迷な意志になるか、あるいはろくでもないことになるかの二択だ。

 諏訪部たちは魔力という、高次元からもたらされる恩寵に対して、小日向結衣というバイパスを通して出力された「結果」だけを切り取り、未知の次元から取り出されたエネルギーとして再定義したのである。

 その成果として結実した呪術回路を都市基盤に組み込むことでいわば「結界」を張り巡らせているのが、今の東京に限らず、人口を有する全ての都市に共通する設計のはずなのだ。


「敵星体、タイプ・キャンディ多数! タイプ・クッキー……これは……!? 敵星反応大きいです、二体のタイプ・クッキーを多数のタイプ・キャンディが取り巻いています!」

「こいつは……厄介だな」


 だからこそ、こんな事態はあり得ない。

 あり得てはならないのだ。

 諏訪部はレーダーに映っている敵星体の反応を一瞥して、ふむ、と顎に指を遣りながらも、内心では奥歯を噛みしめたい衝動に駆られていた。


「確認するが、呪術結界が破られた形跡はないんだな? 南少尉」

「はい、敵星体は突如として出現しました」

「ふむ……」


 そうしたくなるのを堪えて、諏訪部はオペレーターの席に座っている南と呼ばれた歳若い女性、南優里亜に問いを投げかける。

 もしも呪術結界が破られてしまったのであれば、それは最悪の事態に違いない。

 霊脈から得られる高次元エネルギーと電力基盤のほとんどを注ぎ込むことで補強された呪術回路による結界は、高層ビルに匹敵する体躯を持つタイプ・ショコラータであったとしても破ることは不可能だというシミュレーション結果が算出されている。

 それを破れるようなものが本土に押し寄せて来たとあれば、地球は二度目の滅びに瀕することを示すからだ。

 だが、南優里亜の観測とレーダーが機械的に捉えた結果から導き出せる答えは、「敵星体が突如として結界内部に出現した」というものだった。

 それが何を示しているのかは、諏訪部にはまだわからなかったものの、少なくとも彼は司令部において愚鈍な存在などではなかった。


「南少尉、あれは下ろせるか?」

「あれですか? しかし……」

「何を言っているのだね、諏訪部大佐!」


 先ほどまで目を見開いて押し黙っていたはずの軍務局長が、諏訪部のやろうとしていることを察してか、突如として椅子の肘掛を拳で叩きながら立ち上がる。

 あれ、とはある種、地球連邦防衛軍が抱えている切り札のようなものだ。

 本来であれば佐渡ヶ島奪還戦でその華々しい戦果を飾る予定だったそれらの調整はまだ半ばであり、加えて敵地となっている佐渡ヶ島ならばともかく、市民がいる東京に投入するとなればその制約は大きくかかることになるだろう。

 しかし、それを承知で諏訪部は軍務局長──更科鉄雄中将へと、臆することなく進言した。


「あれを出さなければ、市民の犠牲は大きくなります。加えてタイプ・クッキーも従来の反応を逸脱しているとなれば尚更です。軍人たちの命を守るためにも、出撃許可を」

「うむ、しかし……」

「へっ、その言葉を待ってましたぜ、大佐殿!」


 軍務局長の沈黙を肯定と捉えたかの如く突如として通信ウィンドウが開いたかと思えば、そこには筋骨隆々とした体躯の大男が映し出されており、諏訪部の手筈通りに整備が急ピッチで進められていた「それ」へと、彼は、内藤勲曹長は今にも乗り込まんとしていた。


「何をしておる! 許可はまだ降りて……」

「市民を見殺しにするおつもりですか、局長殿」

「……ぐ、ぬぬ……わかった、許可しよう! ただし敗北は許されん、必ず戦果を挙げて戻ってくるのだぞ!」

「了解いたしました、中将閣下ァ! 野郎共出撃だ! 甲冑に乗り込んで池袋まですっ飛ぶぞ!」


 内藤が意気揚々と乗り込んだそれを一言で評するのであれば、「人型兵器」の四文字が適切になるのだろう。

 およそ五メートル前後の体躯をしたそれは、正確には「乗る」というより「着込む」のに近いため、呪術甲冑という名が与えられている。

 新しく再編された連邦防衛軍の切り札として、兵士たちが敵星体に対抗するために呪術回路を搭載して作られたそれは、敵星体との戦いにおいて、魔法少女頼みだった戦術ドクトリンを大転換するための、いわば更科軍務局長たち、タカ派の切り札であるといってもよかった。

 その切り札、「78式呪術甲冑」に身を包んだ内藤たちは道路に偽装されていた地下カタパルトから意気揚々と出撃していくが、現状での完成度は良くて七割、贔屓目抜きに見積もって五割が精々といったところだ。

 それでも、いたずらに歩兵を出撃させて無駄に戦死させたり、貴重な存在である魔法少女を失うよりは遥かにマシな選択ではあった。

 戦後に誕生した魔法少女は、「星の悲鳴」が弱まっていることもあって、基本的には「原初の七人」から引くこと四人──赫星戦役を生き残ることができた三名に及ぶ実力者は極めて少ない。

 だからこそ、数でそれをカバーしなければならないのだが、魔法少女の発生がランダムで、訓練期間のことも考えれば現状の歩兵隊に戦える装備を支給して戦力になってもらうのは、連邦防衛軍にとって急務だったのだ。

 そんな軍部の淡い期待を一身に背負って出撃した呪術甲冑陸戦隊であったが、地下カタパルトから地上へと飛び出した内藤がまず見たものは、従来のタイプ・クッキーを遥かに上回り、タイプ・ショコラータに匹敵するほどの体躯を持った存在だった。

 そして、無数のタイプ・キャンディがアステロイドリングのようにその周囲を泳ぎ回りながら、逃げ惑う市民を喰い殺していく凄惨な光景に、内藤の怒りは、そのボルテージは急速に跳ね上がっていく。


「てめぇらァ! 人様の庭に入ってきて、好き勝手やってんじゃねえぞ! 野郎共、いいか! 都市に被害を出すんじゃねえぞ!」

『了解!』


 この星から一匹残らず敵星体という名の害虫を叩き出す。そんな強い意志を瞳に爛々と滾らせて、内藤は呪術礼装として再定義されたアサルトライフルを呪術甲冑の両手に構え、タイプ・クッキーを取り巻くタイプ・キャンディにへと、その銃口を向けるのだった。

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