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1.魔法少女、クビになる

魔法少女、はじめました

「……除隊、ですか」

「平たく言えばそうなるな」


 地球連邦防衛軍極東管区総司令部、その一部屋として割り当てられた無機質な空間に佇んで、小日向結衣は椅子に腰掛けていた青年へと、放たれた言葉を確かめるように復唱する。

 新星暦78年。かつて地球に訪れた危機は去り、かつての安穏を取り戻しつつある時代において、結衣のような存在は不要だ、という一方的な通告だった。

 かつて、魔法少女と呼ばれる存在がいた。

 豪奢で絢爛なドレスに身を包み、人類が有する通常兵器では太刀打ちできなかった「敵星体」と呼ばれる存在を華麗に、可憐に屠っていく人類の英雄。

 少なくとも、表向きはそう喧伝されている。

 ならばどうして表向きだということを結衣が知っているのかと問われれば、その答えは自明であり、彼女こそが3年前──新星暦75年に勃発した「赫星一号」と呼ばれる敵星体の親玉を撃ち落とした、「原初の七人」と呼ばれる魔法少女の一人であるからに他ならない。

 別に、軍をクビになること自体は結衣にとって何か感慨があるわけでもなかった。

 地球に安穏が戻ってからというもの、大気圏で破砕した「赫星一号」の破片から生み出される敵星体の襲撃は依然として続いていた。

 だが、その規模は本丸が健在だった時、地球へと降下してきた数とは比べものにならず、一時期国土の一割まで生息圏を狭めさせられた人類は、この3年で実に三割以上もの国土を奪還、狭苦しい地下都市ではなく地上で暮らす者も出始めている程に、地球は平和を敵星体の手から取り返しつつある。

 その絡繰がなんであるかについて、結衣は全くといっていいほど知らされていない。

 あの忌まわしき星が撃ち落とされた日から、魔法少女は英雄から実験動物(モルモット)へと身を窶すこととなり、一日の大半を「ラボラトリィ」と呼ばれる区画で過ごしていたのだから、この3年で何があったのか、そしていかなる経緯で自分がクビになったのかなど、想像もつかないのだ。


「まあ、悪いものじゃない。君たちは本当に……本当によく戦ってくれた。だからそういう意味での休暇も兼ねている」


 司令部の一室に腰掛ける、少佐の階級章をその肩と胸に抱く青年、諏訪部進は、曖昧な笑みを浮かべて、結衣へとその理由を説明した。

 少なくとも用済みになったから捨てるだとか、そういう理由でないことは確かであったものの、結衣たちに与えられる休暇に政治的な理由が絡んでいることは確かであったし、それを伏せて伝えることが、諏訪部の口から語れる限界であったこともまた確かなのだ。

 およそ少佐という階級には見合わない年頃──二十代の中頃、といった外見の諏訪部がその椅子に座っているのもまた、ひいては忌まわしき「赫星一号」のせいだということに尽きる。


「休暇、ですか」

「そう、休暇だ。君たちを……振り回してしまったのは本当に悪いと思っている。おれ一人が軍全てを代表できはしないが、せめて一人の軍人として、あの戦いに関わった者として、頭を下げさせてくれ」


 諏訪部は軍帽を脱いで結衣へと頭を下げるが、その行為に結衣が何か関心を持つだとか、感情を露わにするだとかいったリアクションは期待していない。

 魔法少女は、取り分け「原初の七人」の生き残りは擦り切れすぎていた。

 3年前の「赫星戦役」と呼ばれるようになったあの戦いは人から、人間を人間たらしめる心を奪い取るのに十分なものであったし、現に結衣だけではなく、生き残った軍人たちの中にも、消えない心の傷を負ったまま除隊を願い出たものは大勢いる。


「休暇……」


 結衣は与えられた猶予を反芻するようにもう一度その言葉を唇の端に乗せて静かに呟く。

 事実上、クビになること自体はどうでもよかった。少なくとも、ここでモルモット紛いの、魔力放出試験だけで一日を潰すという退屈極まるルーティーンから解き放たれるのならば、それは幸いなことだ。

 ただ困ることといえば、食事のランクが一等落ちることだろうか。

 3年前の悪夢から解き放たれたことで、合成食の質にもようやく人類は気を遣える程度の余力は取り戻していたが、質の高い合成食や旧世紀の遺物として死蔵されていたレーションが優先的に割り当てられるのは今も昔も変わらず軍人の特権のようなものだった。

 結衣は、食べることについては人並み程度の関心がある。

 殺伐としていない、本物の小麦に近い食感を残した揚げパンが食べられなくなるのは名残惜しいものの、国土奪還作戦が自分たちを抜きにしても上手くいくなら、上層部の意向に従うというのも悪い選択ではないように、結衣には思えた。

 それでも懸念があるとすれば、あの日散っていった「原初の七人」──その内四人の死が脳裏をちらつくことだろう。

 衝動的に込み上げてきた吐き気を堪えて、結衣は反射的に口元を押さえる。


「……君たちは本当に、本当に……よく戦ってくれたよ。だからもう、いいんだ。戦わなくて……」


 諏訪部の懺悔は甘言のように優しく結衣の耳朶に触れるが、脳裏に染み付いた幻影までも消し去ることなどできはしない。

 ならば、ここを去れば少しは変わるのだろうか?

 冷静な思考を脳が出力するのに追いつかず、結衣は指の隙間から吐瀉物をぶちまけて、熱病に喘ぐかのように肩で息をしていた。

 誰がどう見ても、小日向結衣という少女は、最早限界が近いということは明白だった。


「……ごめんなさい、部屋を汚してしまって」

「いや……いいんだ。ともかく、除隊届にサインをしてくれれば、それで全ての手続きが終わる」


 必要なことはこちらで処理しておくからな、と諏訪部は付け加えると、まだ顔面を蒼白に染め上げている結衣へ、書類とペンを手渡して除隊届にサインを促す。

 そこに裏はない。そこに打算や妥協はない。ただ、連邦政府の思惑があるという事実に同じような吐き気を覚えながら、震える手で署名欄に「小日向結衣」と記された除隊届を諏訪部は手にすると、やり切れないとばかりに一つ、溜息をついた。

 救国の英雄、救世の乙女だと噂されていたところで、結局のところ小日向結衣も、彼女のお仲間である生き残りも、年端もいかない少女たちであるということに変わりはない。

 それを戦場へと送り出してきて、今も新たに生まれ続ける「魔法少女」を戦術単位に組み込んで、国土の奪還に奔走している連邦軍の何と情けないことだろうか。

 だが──その時代はもうすぐ終わる。

 一つの確信と共に諏訪部は、その瞳に強い意志を宿しながら、結衣が胃の中身を吐き出し終わるまでその背中をそっとさすり続ける。

 あってはならないのだ、こんなことは。

 繰り返されてはならないのだ、こんなことは。

 だからこそ──連邦には、今の地球には、なりふり構わない「力」が必要なのだ。

 例え誰かから後ろ指を差されようと、石を投げつけられようとも、断固として敵星体から地球を奪還できるだけの力が。

 諏訪部の瞳には、最後の実験体である結衣が退去したことで空になったはずの「ラボラトリィ」に轡を並べた「かの兵器」の姿が、闘志の炎と共に爛々と輝いていた。

 かくして、魔法少女小日向結衣は、あっけなく青春を過ごした地球連邦軍極東管区司令部を後にすることが決定された。

 住居も地上に確保され、食料の配給も優先的に受け取れるという特権を手にしても尚、結衣の胸の内にはぽっかりと穴が穿たれたようだったものの、それは時が癒してくれることだろう。

 そう自分に言い聞かせていなければやっていられなかったし、言い聞かせていても、耳鳴りや吐き気が治ってくれる様子はない。

 結衣は、3年前と比べてすっかり厳めしい見た目になった司令部を一瞥し、いつの間にかスーツケースに詰められていた私物を引きずりながら、無感情にその敷地を後にするのだった。

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[良い点] こう言う暗くて何にも希望がなさそうなポストアポカリプスは大好物です [一言] 頑張ってください
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