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おきのどくですが ぼうけんのしょは だいほんです  作者: 青我
とある演劇部員に起きた気の毒な話
4/4

第4話 夜伽さん――①

 家の中で、私はベッドの上をゴロゴロと転がっている。

 ベッドの上だけが私の癒しだった。うつ伏せたり、仰向けになったりを繰り返しているうちに、昔のことを思い出していた。


 今日みたいな雨の日だったか・・・。

 い草の匂い・・・床を擦る音・・・。

「・・・いずみちゃん。」

 記憶の中で、私を呼ぶ声が聞こえる。

「・・・雨がすごいね、おばあちゃん。お空が真っ暗で怖い。」

「そうだねぇ。でもね、いずみちゃん・・・」

 祖母の声が、蘇る。


「雨がやんだら、お空に大きな橋がかかるのよ。」

「橋?」

「そうなの。大きくて、綺麗な橋でね。見たら、幸せになれるのよ。」

「そうなんだ! あたし、見れるかなぁ?」

「大丈夫よ、もうすぐ、もうすぐ見れるからね。」

「ねぇ、ねぇ。おばあちゃん。」

「なあに? いずみちゃん」


「その橋の向こう側には何があるの・・・?」


 橋の・・・向こう側・・・。



 ***



 私は、橋の向こう側に来てしまったのだろうか。

 思考が停止してしまっている。

 そんな頭でも、考えなければならないことがいくつかあることはわかっていた。

 まず、ここはどこなのだろう。

 先ほど尋ねたは良いものの、あれでは答えにはなっていない。

 私が求めている答えは、「一体、この世界はなんなのか」と言うことだ。


 次に、なぜここに来てしまったのかということだ。


 そして、何よりも最優先の懸案事項である。

 ・・・私はこれからどうすれば良いのだろうか。

 路頭に迷う、という言葉ほど、今の私に似合う言葉はない。

 エリンガーデンの中央通り。今は路地裏でへたり込んでいる。

 そーっと路地から大通りを覗き込みながら、現状を整理している姿は不審者極まりないだろう。

 そんな私から見て、この中央通りというのは、ちょっとした小高い場所に位置していることがわかる。大通りになっているこの場所の真ん中には大きな噴水がある。噴水の周りには行商が露店を開いている。売る人、買う人、街の活気はとても良い。

 ・・・ということしか、今の私にはわからなかった。

 世界観も何もかもがわからないまま、時間だけが闇雲に過ぎていった。

 ぼんやりとしながら、私は手に持っていた本のページを無心に繰っていた。

 この本の主人公は、この状況をどうやって乗り越えていったのだろう。物語のように、様々な人物と出会い、様々な体験や波乱万丈な出来事をくぐり抜け、見事元の世界に帰るのだろうか。・・・私には、そんなことできっこない。


「あーーもう! 考えてるだけじゃどうしようもないじゃない! とにかく、行動しないと・・・!」

 恐る恐る、路地裏から再び中央通りを覗き込む。

 日も暮れ、人通りは減っている。


「と、とにかく・・・どこか寝泊まりできるようなところを探さないと・・・」

 人通りが減っているのだが、イマイチ表通りに出る自信がない。

 なかなか一歩を踏み出せないでいた。


「あ、あの人が通り過ぎたら・・・行こう・・・。あ・・・曲がっちゃった・・・今度はあの女の人が・・・って、え・・・会話が始まっちゃった・・・もう、そんなところで立ち話されたら出られないじゃん・・・!」


「えっとー・・・あの、何をしてるんですか?」

「・・・へ?」


 振り向くと、少女が立っていた。


「あ、えっと・・・。お姉さん、あれですよね? なんでしたっけ、あのー・・・夜伽よとぎさんってやつですよね?」

「よ、夜伽?」

「え、えぇ・・・夜伽さんかなと思いまして・・・。」

「そ、そうなんですか・・・。」

「えぇ・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


 ・・・気まずい。


「えっと、あの・・・私、多分・・・多分、ですよ? その夜伽さんってやつじゃないですね・・・。」

「あ、そ、そうだったんですか・・・。」

「私も、何でここにいるかわからないんだけどねぇ・・・。」

「・・・そうですかぁ。うちのオトンが夜伽さんだったらうちに泊まってもらえって言ってたので声をかけたのですが・・・あ、突然話しかけてすみませんでした。」

「・・・ちょーっと待った!」

 どうやら、ここはその宿屋の裏口だったらしい。裏口から戻ろうとした少女の手を思わず掴んでしまった。

 この見知らぬ世界で、ちょっとだけでも会話ができた存在は心強い。

 背に腹は変えられない。

 その時、私はふと、手に持った本のことを思い出した。


「私ね・・・もしかしたらー・・・なんだけど・・・。その、夜伽さんってやつ・・・だったらどうする?」



 *



「いやはや、こんな若い娘さんが夜伽さんとはね! はっはっはっは!」

 宿屋の主人は、思ったよりも豪快な性格だった。

 椀飯振舞いとはこのことか・・・というほど、見たことのない料理がたくさん出てきた。


「しかし・・・いいタイミングで来てくれましたな! ただでさえ、今夜伽は減っているのに大したもんだ!」

「い、いえいえ! まぁ、このご時世・・・? ですからね・・・ははは・・・。」


 膝上に置き、テーブルクロスにしまっていた本をこっそりと開いた。


 呆然としていた主人公の元に、少女が現れ、声をかけた。

 どうしようもなくなった主人公は、その少女の言葉に導かれるままに、建物へと入っていく。

 建物はどうやら宿屋のようだった。

 宿屋の主人はとても良い人である。宿屋の主人の条件と引き換えに、主人公は宿屋に泊まることができたのである。


 いわゆる、ナレーションの部分ではあるけれども、この内容にある程度従えば、その通りになるようだ。

 どうやら、この世界とこの本はリンクしているらしい。

 まだ疑心暗鬼ではあるけれども、もう少し読み込んで、試してみないことにはなんとも言えない。


「ささ、夜伽さん、こちらを飲んでくださいな!」

「これは?」

「当店自慢の特別サービスさ!」

「あ、じゃあいただきます!」


 ゴクッ・・・ゴクッ・・・?

 あれ・・・これってもしかして・・・。


「あ、あの、これって・・・お酒じゃ・・・?」

「もちろん! 夜伽さんが来たら振る舞うのがしきたりだからな!」

「そんな事言って・・・本当はお母さんに内緒で隠してた安酒でしょ?」

「ば・・・馬鹿野郎! お客様にそんなこと言ったらダメだろうが!」


 意識がぼんやりとしていった。

 心臓の鼓動が早くなっていく。顔も熱い。

 なんだろう・・・なんだか・・・ものすごくテンションが上がって来ているような・・・。


 夕食が終わり、調子に乗って大量のお酒を飲んだ宿屋の主人は大いびきをかきながら眠ってしまっていた。

「ごめんなさい、うちのオトン・・・久しぶりのお客様で楽しくなってしまったみたいで。」

「私も、久しぶりに誰かと食卓を囲めて楽しかったよ! 本当にありがとう。ごちそうさま!」

「い、いやぁ・・・お姉さん、いい飲みっぷりでしたね・・・。」

「もっちろーん! 飲めるときに飲んでおかないとね!」

「あはは・・・でも、オトンがこんなに楽しそうにしているの、久しぶりに見ました。」


 ちょっとしんみりした空気になって、高ぶっていた気持ちが少しずつ落ち着いて来た。


「そうだったんだぁ。私もすっごく楽しかったよ! こんなの初めて・・・!」

「それは良かったです。でも、夜伽さんが来てもらえるなんて、本当に良かった。しかも、こんなに楽しくお話しできるなんて・・・思ってもみなかったから。」

「そっかそっか! ところでさ・・・」

「はい、なんでしょう?」


「夜伽さんって・・・何?」


「・・・え?」

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