第3話 ぼうけんのしょ(後編)
不定期掲載ですが、1週間に1話ペースであげていきたいです。
虹のふもとには宝物が眠っている。
遠い昔に祖母から聞かされた夢物語を信じて、私は虹を探しに出たことがあった。
冒険譚は数多くあるけれど、虹のふもとを探したという話を、私は知らない。それもそのはずだった。虹は光の屈折現象に過ぎないから、ふもとなどあるはずがない。でも、あるはずのないものを探しに行くことが冒険というのであれば、現実に起こり得ない空想を夢物語というのであれば、私は夢の世界の住人となって、あるはずのない虹を探しに行きたかった。
本番中ではあったけど、子どもの頃のことを、なぜか思い出していた。
「演劇部の皆さんでしたー! ちょっと最初抜けちゃっていたみたいだけど、とても面白いストーリー展開でしたね! それでは、もう一度温かい拍手を!」
司会の実行委員のアナウンスが聞こえてくる。
舞台裏では、そそくさと立ち去った先輩方を他所に、1・2年生の部員たちで集まっていた。
「ちょっと、どうしたの? 本番だよ? 集中してよ!」
「ご・・・ごめん。」
「先輩らしくないですよ? 何かあったんですか?」
「だ、大丈夫だよ! なんともないから。ごめんね、本番なのに、台無しにしちゃって・・・。」
「気にすんなよ! ちょっとやそっとじゃミスしたって気づきやしないって! どうせほら、台本の中身なんてわからないんだからさ。あぁ・・・まぁ、でも・・・純恋先輩には、一応謝っておいたほうがいいよ。ほら、あの人・・・気難しいじゃん?」
「そうだね・・・私、謝ってくる!」
謝るのは当然だと思う。けれど、この時は、この場をすぐにでも立ち去りたい気持ちの方が強かった。みんなに迷惑をかけた。もちろん、失敗したのは私だけではないけれど、最初の重要なシーンでの失態の痛手は大きい。
私は、失敗することに敏感だ。
特に、自分だけではなく、周りに迷惑をかけるような失敗は、後を引く。
人が失敗した時は、「大丈夫、大丈夫!」とか、気楽に声をかける私なのに、いざ自分がミスをすれば、そんな気楽な気持ちではいられない。
確かに、絢愛に言われた通り、悲劇のヒロイン気質なのかもしれない。
・・・うわ、そう思うと、なんだか自分がうざったく感じてくる。
私は、屋上・・・に行きたかったけど、屋上への扉は施錠されているので、北棟最上階の渡り廊下の窓から、空を眺めていた。
北棟は特別教室しかないので、文化祭とはいえ、あまり人気はない。しかも、今は軽音楽部のライブ中。たいていの生徒は体育館で釘付けだ。
久しぶりに、ゆっくりと空を見上げていた。
見上げた空は、曇天に見舞われていた。予報によると、昼頃に雨は止むらしい。
次第に曇り空から光が差し込んできた。
「もうすぐ虹が出るよ。」
「せ、先輩!?」
いつの間にか、隣に芽柳先輩がいた。テンパっている私を他所に、芽柳先輩は、「ほら、あそこ」と指を向けた。虹だ。
「虹か・・・。そういえば、ちゃんと虹なんて見たの、何年前だったかな。」
「私もです・・・その時は、おばあちゃんも一緒で・・・不思議な話をしてくれました。」
「・・・不思議な話?」
「・・・ま、まぁ、子ども騙しな話なんですけどね! ははは・・・。」
先輩は、虹から視線を離すと、私の方を向いた。
興味深そうに、窓の縁で頬杖をついて、「どんな話?」と聞いてきた。
「えっと・・・。虹のふもとに、宝物が眠っているって言う話なんですけど・・・。」
昔、昔。あるところに、一冊の本がありました。その本には、なんでも不思議な話が書かれています。何が不思議なのかと言うと・・・。
***
私が手に取った一冊の本。
それは、あの時、祖母が私にしてくれた、虹を探しに冒険に出かける少女の物語が書かれているものだった。
不思議な世界を冒険する少女と数人の仲間たち。
この話を聞いて、私はどうしても虹を探したくなった。
けれど、どこを探しても虹は見つからなくて・・・散々探した挙句、どこか見知らぬ土地に迷い込んで、泣きじゃくって、母と祖母が迎えに来てくれるまで、私はここで死んじゃうんだって思っていた。
私を見つけてくれたのは、若いお巡りさんだった。
母と祖母が深々と頭を下げているのを見て、私はいたたまれない気持ちになった。
私が失敗することで、周りに迷惑をかけるんだって思った。
懐かしい気持ちと、少し複雑な気持ちとが入り混じった心境ではあったけれど・・・。
1ページ目。
「なになに・・・。
『ここは・・・どこだろう・・・どこか、不思議な・・・世界に迷い込んでしまったみたい。』・・・? うろうろしながら、辺りを見渡して・・・『誰かいないのかしら・・・あ、あそこに光が見える。』えーっと・・・ある一点を指差しながら数歩移動して・・・『ここは・・・街かしら・・・?』そこを通りすがる人がいるので、ちょっと見送りながら・・・『あ、あの・・・すみません、ちょっと迷ってしまったみたいで・・・ここは・・・一体どこなのでしょうか?』聞かれた町人らしき人は、首を傾げながら答える・・・っと。うーん、イマイチな入りな気がするけども、まぁ昔の台本だしなぁ。まぁ、ちょっとやってみるかな。」
誰もいないとはいえ、演技をするとなると、ちょっと勇気がいる。
両肩を上げ下げしながら、首を軽く回す。その後、目を瞑って、口に手を添えながら咳払いをする。・・・これが、いわば私のルーティーン。
ちょっと一呼吸、整えて、セリフを発する。
「ここは・・・どこだ・・・ろう・・・どこか・・・えーっと・・・不思議な世界に迷い込んだみたい・・・? あ、迷い込んでしまったみたい。」
だめだ、噛み噛みな上に台本を覚えきれていない。
もう一度、と、再び例のルーティーンをする・・・。
「ここは・・・どこだろう・・・どこか、不思議な世界に迷い込んでしまったみたい。」
部室をうろうろしながら、辺りを見渡す。まるで、この世界で一人ぼっちになってしまったかのようなイメージで、表情に心細さを出した。
「誰か・・・いないのかしら・・・。あ・・・」何もないが、壁に指をさしながら、「あそこに光が見える。」
そう言いながら、指を向けた方向に進んでいった。
目を瞑りながら、その光景をイメージした。
暗い世界に、たった一人自分だけが存在している。
まるで、迷子にでもなった時のような心細さで、心の中で泣いている。
そこへ、一筋の光が差し込んでくる。あの時、迷子になった時に警察官の方が現れた時のような、温かな光が。その光に吸い込まれるように、自然と足が向いていった。
光の先に、街がある。
見知らぬ土地、見知らぬ人々、活気のある往来に、行商人の行き交う街。
思い描いた地理が、頭の中で具現化されていく。
イメージがあまりにもはっきり浮かぶのが不思議だった。
「ここは・・・街かしら・・・?」
街を行き交う人々。その中で、少しおおらかそうな人が通り過ぎたので、声をかけてみた。
「あ、あの・・・すみません、ちょっと迷ってしまったみたいで・・・ここは・・・一体どこなのでしょうか?」
聞かれた町人らしき人は、首を傾げながら答えた。
「ここは、エリンガーデンの中央通りだけど・・・迷ったって、あんた・・・ここ、首都のど真ん中だぞ? もっと早く気づかんかったんか?」
「あー・・・えっと・・・次のセリフ、なんだったっけ?」
そう言いながら、とある違和感を覚える。
「セリフ・・・? おかしなこと言うねぇあんた・・・旅芸人じゃあるまいし、はっはっは!」
そう言いながら、町人らしき男は立ち去っていった。
「あ、あれ・・・?」
瞬きを何回も繰り返してみた。
目を何度もこすってみた。
首を縦横に振り回してみた。
なのに・・・目の前に広がっていたのは、見知らぬ土地、見知らぬ人々の行き交う街・・・。
「え、えーっと・・・つまりこれはどう言うことなのかな・・・?」
はっとして、手に持っていた本を開いてみた。
私が演じた役のセリフ・・・その後に続くセリフを・・・。
「・・・『ここは、エリンガーデンの中央通りだけど・・・迷ったって、あんた・・・ここ、首都のど真ん中だぞ? もっと早く気づかんかったんか?』・・・って、さっきの人と同じセリフ・・・。」
もしや・・・と思った。
その続きをめくってみた。
不思議な世界に迷い込んでしまったことに困惑する主人公。
言葉にならない様子で戸惑っているうちに、町人は立ち去る。
主人公は、ただ立ちすくむことしかできない様子で、呆然としている。
「何これ・・・どうなってるのーーーー!?」
人混みの中、私はただ、叫ぶしかなかった。