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おきのどくですが ぼうけんのしょは だいほんです  作者: 青我
とある演劇部員に起きた気の毒な話
2/4

第2話 ぼうけんのしょ

「・・・。」

「ねぇ・・・ちょっと、次!セリフ!」

「・・・え?・・・あ!」


 文化祭は高校生活の華だ。

 高校生活を一冊の台本に例えるならば、文化祭はいわば、クライマックスと言っても過言ではない。いや、人それぞれなんだろうけれども、私はそう思う。

 でも、現実は作られた物語のように、うまくはいかないものだ。


「邪智暴虐の女王よ! あなたの政治は間違っておられます!」

「ちょっと! それ、次のシーンのセリフでしょ!」

「あ、あれ・・・?」


 演劇部たる私、凛堂いずみは、作られた物語の中ですら、うまくいかないでいるのだ。


 岩月学園高校文化祭。

 例年11月に行われるこの文化祭では、毎年、文化部の華々しい舞台が繰り広げられる。

 軽音楽部、合唱部、映像研究部、そして、私たち演劇部による公演も。

 昨年、私が1年生の時はタイムキーパーしかやらせてもらえなかったけど、今年は、2年生になって、一生懸命練習をして、ようやく役にこぎつけることができた。

 ・・・と言っても、部員が少なくなったから、やらざるを得ない状況ではあるんだけれども。


「いずみ! 何やってんのよ! 本番でドジ踏むなんて、あたしまで恥かいちゃったじゃないの!」

「す、すみません! 純恋すみれ先輩!」

 深々と頭をさげる。力一杯目を瞑りながら。

 今の私には、こんなことくらいしかできない。


「まぁ、本番初めてなんだし、緊張してたんじゃないのか? 文化祭なんだし、気楽にいこうぜ。ほら、おかげで観客のウケは取れていたしな。」

 芽柳めやなぎ先輩のフォロー。

 全部員の中で、フォローとサポートを任せたら右に出るものはいない、裏方男子部員で・・・我々女子部員の憧れの的。


「芽柳・・・キミが甘やかすから、後輩たちが図に乗るんじゃないの。第一、舞台で失敗癖なんかつけられると、今度の冬のコンクールでも失敗するかもしれないでしょ。全く、ただでさえ部員が減ってるっていうのに・・・。」

 そう呟きながら、純恋先輩は部室を後にした。


「まぁ気を落とすなよ、凛堂。でも、本番中は別のことを考えたらダメだ。観客の反応とか、立ち位置とか、慣れないうちは色々邪念に阻まれるけど、気にせずセリフに集中した方がいいよ。」

 ぽんっ、と、芽柳先輩は私の肩を軽く叩いた。


「まぁ、慣れてきたらそういうことも気にしながらセリフを言えるようになるといいんだけどねぇ・・・ま、その頃には卒業してるかもな。」

 そう言うと、妙な寂しさを背中に残しながら、芽柳先輩は部室を後にした。

 入れ違いに、同級生の絢愛あやめが入ってきた。


「いずみー! 本番お疲れさま! どうだった? 私の作った小道具は?」

「絢愛・・・それがさぁ・・・」

 絢愛とは演劇部に入部した時に知り合った。と言うか、私が演劇部に入るきっかけになったのが、この絢愛だ。高校に入学後、帰宅部まっしぐらだった私に、「仮入部に一緒に行かない?」と声をかけてきたことが発端で、そのまま演劇部に入部することになった。

 もとより、私は前に出ることが好きではあったもののそんな機会に恵まれず、今日に至った。

 仮入部でも、台本の読み合わせとか、発声練習とか、いろいろな体験をさせてもらったのだが・・・人一倍声を出していたものの、演技といえばからっきしだった。

 絢愛はと言うと・・・元々手先が器用だったらしく、すぐさま裏方にスカウトされていた。


 私は・・・まぁ、多分、だけども、減っている部員の確保のために勧誘されたようなものだ。


「なるほどねぇ・・・。クラスの方が忙しくて、本番見れなかったからなぁ。あ、そういやうちのオトンが撮ってたみたいだから、あとで見てみよっかなぁー。いずみの呆然としたシーンとやらを。」

「やーめーてー!」

「そんな事言って、見てもらいたいんでしょー! このこのー!」

 お決まりの絢愛のいじり。私にとって、このやり取りは心の平穏を保つ傷薬のようなものだ。

 だからこそ、私は絢愛に甘えてしまう。


「・・・どうせ、私なんて・・・演劇に向いてないのよ。」

「はいはい、悲劇のヒロインごっこはそれまでにして、せっかくだから文化祭回ろうよ!」

「・・・うーん。ごめん、今はそんな気分じゃなくて・・・。」

「あらら、本当にブルーなんだね。仕方がない・・・。」

 そう言うと、絢愛は部室の奥から、何やら引っ張り出してきた。


「何これ・・・埃っぽい・・・。」

「前に先輩に聞いたことがあってさ・・・いずみのおばあちゃん、ここの演劇部だったんだってね。その時に使っていた台本が出てきたって、この前芽柳さんから聞いてさー。」

 祖母が演劇部だった・・・?

 そんな話は今まで聞いたことがなかった。


 そして、何やら古めかしく、日焼けして焦げ茶色になった台本の山が、部室のテーブルの上に山積みとなった。


「うわー・・・難しい感じの台本だねぇ・・・。」

「なんか変な匂いがするんだけど、大丈夫なの?」

「まぁ・・・平気でしょ。そんな事より、はい、練習!」

「・・・へ?」

「文化祭いかないんでしょ? だったら、今度も失敗しないように、練習あるのみ! おばあちゃんパワーをもらって、元気出しなさい! じゃあ私はこれでー!」

 そう言うと、絢愛は足早に立ち去ろうとした。


「あっ・・・待っ・・・。」

 そう言いかけて、開いたドアの先にいた、芽柳先輩の姿が真っ先に目に飛び込んできた。

 閉められたドア。その向こうで、絢愛が楽しそうに大声で話をしていた。

 そっか・・・絢愛も先輩も、私に気を使って・・・。


「おばあちゃん・・・か。」

 そう呟きながら、私は台本の山に目を向けた。いざ練習しようとなると、身がすくむ感じがする。しかも、埃まみれで、ところどころ読めないものもある。

 漢字も難しい。

 一つ一つ手に取って、ペラペラとページをめくった。

 この台本を、祖母は青春時代に演じていたのだろうか。演劇部員だっただけで、もしかしたら裏方だったかもしれない。・・・そんな邪念ばかりで、余計なことばかり考えているからダメなんだ、私は。

 顔を二回叩く。気合を注入し、一気に読みふけった。

 何冊目かに手を伸ばした時、キャストの中に、祖母の名前を見つけた。


「そっか・・・やっぱり、おばあちゃんも演劇やってたんだ。」

 祖母の名前が書かれた台本。それを手に取った時、ふと、台本が入っていた箱に視線を落とした。そこには、まだ一冊の、しかもハードカバーで綴じてある本があった。


「なんだろうこれ・・・“ぼうけんのしょ”・・・なんかのゲームで聞いたことがあるけど、いつの本なんだろう?」


 私は、ほんの軽い気持ちでその本を開いてしまった。

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