初めてゲームにログインする
やっとゲーム始まります
帰宅後、クロマは母の作ったお昼ご飯を食べ、さっそく例のVRゲームについて調べていた。
とはいえ相変わらず検索結果を眺める程度の行為であったが、いくつかの情報が得られた。
『現実と比較してもほぼ遜色ない五感再現』、『感情豊かな反応を行うNPCや生態どころか内部構造まで練りこまれたモンスター』等、どうやら凄い技術が使われているらしい。
ゲームタイトルは『Dragon's Terror』といい、どうやら沢山のドラゴンとその配下の魔物が出てくるようだ。
(ドラゴンかあ、懐かしいな……よく騎士団のみんなと野営で食べたっけ)
クロマが前世における数少ない楽しい思い出に浸っていると、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。
「はーい、クロマ、ちょっと出てくれる?洗い物で手が離せないから少し待っててもらっていい?」
「ううん、多分、木村さんだから私が出るよ。楓ちゃんから今日受け取る物があって」
「あら、じゃあお願いね」
キッチンの母にそのまま洗い物を続けていいよ、と手を振り玄関へ向かい、ドアを開ける。
そこにいたのは大柄で黒いスーツにサングラスを付けた怪しい風貌の男性である。
「こんにちは、木村さん。お手間を取らせて申し訳ないです」
「いえ、お嬢様の頼みですし、他ならぬクロマさんのためですから」
彼は木村さん。いかにもな風貌で誤解されやすくはあるが、楓のマネージャーだ。
「これ、少し重いですし、部屋まで運びますから、上がっていいですか?」
大柄な彼でも両手で抱える程の段ボールを車から取り出し、木村がクロマに尋ねる。
「あ、大丈夫ですよ、私結構力強いんですよ!」
「ハハハ、それは身に染みて分かってます。でもクロマさんに持たせたら私がお嬢様にどやされますんで」
「あはは、ありがとうございます。じゃあお願いしますね」
クロマは来客用のスリッパを取り出して木村の足元に置く。
以前、木村と楓が一緒にいたところを目撃し、誤解したクロマが『少し』やらかしたことがあったのだが、それ以来すごく良くしてもらっている。
「ところで、なんで木村さんはいつもそんな恰好なんですか?」
「……お嬢様の趣味です」
楓ちゃんの趣味だったかぁ。
「――それじゃ、自分はもう帰りますんで、存分に楽しんでください」
「ありがとうございました!楓ちゃんにもお礼を言っておいてください!」
簡単な設置や設定を済ませた木村を玄関まで見送り、クロマはさっそくゲームをしようと階段を上り部屋へ戻っていた。
「えーっと、ゲーム自体はベッドの上で専用のゴーグルをつけて、リラックスした姿勢……寝転んで電源をオンにするだけでいいんだよね」
小学三年生のクロマでも分かるように分かりやすい漢字とひらがなだけで書かれた楓の手書きのメモを見ながらテキパキと準備を進めていく。
「で、こっちの箱型のは録画のための機械で、この『服飾データ』?って書いてあるディスクをゲーム開始前に必ずここに入れる……良く分かんないけど一杯あるし、絶対毎回別のディスクを入れるようにメモにあるから忘れないようにしなきゃ」
実際のところ、木村さんが持ってきた段ボールの半分ほどがこの服飾データと書いてあるディスクだった。
「トイレも済ませた、勉強も終わらせた、晩御飯まで時間もある!よし!」
クロマは早速ゴーグルをつけ、ベッドに横たわり電源スイッチを入れる。
――視界が白くなっていき、そして突如目の前が開けた。
※※※※
(嘘でしょ、楓ちゃん……!?)
ゲームにログインしたクロマは思わず叫びそうになった。
中世の街並みに、見渡す限りの人、人、人。
その誰もが日本で見る事がない、一般的な冒険者の服装、つまりはローブや革鎧を着こみ、剣や杖等の武器を身に着けており、また獣人やリザードマン等もちらほらと見かける事ができた。
その光景に、一瞬、クロマは自分が元の世界、リガルドに戻ってきたとさえ錯覚した程だった。
クロマは確かに驚いた。
でも本当に驚いたのは自分の恰好にであった。
クロマが驚くのも無理はない。それはファンタジー世界にそぐわない、カラフルでおへそが見えていて、それでいて大分ミニスカートな感じの衣装であった。
「な、なんで私だけひらひらのアイドルっぽい衣装なのー!?」
結局耐えられずに叫んでしまった。
「はっ!?」
ただでさえ目立つ格好の上、大声を上げてしまったクロマは、気が付けば周囲から凄く注目されている事に気づく。
「おい、アレ見ろよ……あの子、めっちゃ気合入った装備だがなんで始まりの街に?」
「うわぁ、完全に浮いちゃってるな……つか可愛いなあの子。へそ見えてるぞ」
「おい、さすがに犯罪だぞ……というかあんな装備あったっけ?」
通りがかった革鎧の剣士っぽいお兄さんと斧使いっぽいお兄さんがこちらを見てひそひそ。
「あの装備、もしかして持ち込みの服飾データ?見た目だけの装備に一体いくら掛けてるの……・?」
「やだ、可愛い……持ち帰りたい、顔真っ赤だけど恥ずかしいのかな?うふふふふふ」
「ちょっと、通報されるわよ、……でも気持ちは分かる。おへそ可愛い」
魔術師っぽいローブを着たお姉さんとエルフっぽい弓使いのお姉さんもひそひそ。
クロマの外見は小学三年生相当であるため、どちらかといえば微笑ましい感じの視線ではあったのだが、精神年齢30歳のクロマにとってはこの注目は拷問に等しかった。
「う、うわああああああん!」
周囲の冒険者の目は優しかったが、クロマはおへそを隠しながら走って逃げだしたのであった。
注釈
服飾データは別途、プロのグラフィックデザイナーによる作成が必要な衣装データです。
本来はゲーム内の装備品のグラフィックを元に見た目が決定されますが、一部のプレイヤー向けに課金コンテンツとして開放されています。
そのうち掲示板回もやりたいです。