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カラスを狙う女2

「はい、ここで最終問題です! 初フルトラ3D配信を行ったミズリン先輩ですが、この後機材トラブルにより、一瞬配信が止まってしまいます! 復帰までの間『場を繋いで』とスタッフから無茶振りされ、思わず先輩が返した言葉はなんだったでしょうか!」

私は意気揚々と準備していた問題を読み上げ、皆へ問題を投げかける。今どんな感情で聞いていますか、ミズリン先輩?

「わかんねーよ!」

ピースがツッコむ。

「ヒント無いんですか?」

カイが聞く。

「えーじゃあ大ヒントです! ミズリン先輩は『〇〇してる事しかできないんだよー!』とブチギレました」

「ブチギレw」

「えーなんだっけ? ミズリン覚えてないの?」

マリーがミズホへ聞く。

「……え? あぁー何て言ったっけw」

明らかに何も考えていない。私はニヤけ顔が止まらない。

「誰も分からないですか? じゃあ正解はこちら。“台本に書いてる事しかできないんだよー!”でした」

「そんな事言ったの!?」

マリーがなんとか盛り上げようとする。

「えー全然覚えてないやw」

ミズホも無理やりテンションを上げて答える。

「いやーこの時の言い方がめっちゃ可愛いんですよ〜。ガチ焦りプラス照れっぽい言い方というかですね」

「うわぁー」

「きっもw ユイちゃん引いてるじゃん!」

「仕方ないです。一般オタクなので。はい、以上『ミズリンのここすき!』のコーナーでした」

「何のコーナーだよ! はい、ありがとうございました〜。ミズリンさんどうでした?」

ピースが頑張ってMCっぽい事をして進める。

「あ、愛が伝わって嬉しかったよ!」

「あああああっ、ありがとうございますゥ〜〜〜」

「きめぇw」

コメント欄も『これは名誉ミズホリスナー』『シンプルにキモくて草』と等と盛り上がりを見せた。

こうして、初の1・2期生全員でのコラボ配信は幕を閉じた。勿論、クセが一番すごい人間には私が選ばれた。

 終了後、正直またミズホ先輩からメッセージか通話が来ると思っていた。が、特に何もなかった。先輩がどう思っているかなんてどうだって良い。私は『六聞ミズホ』ちゃんの好きな箇所を正直に伝える事が出来てそれだけで満足だった。だが、意外な人物からDiscodeでメッセージが来た。

『ハルちゃん、大丈夫だった?』

荒巻ユイからだった。

『私先輩の圧で本当死にそうだったw』

「いや、別に……」

『ハルちゃんってやっぱ強いね』

「えぇ……。別にいつもどおりだよ」


「アイツ、ほんと何なの……」

木古内葉子はPCの前で頭を抱える。配信前に七海ハルへ御託を並べたが、彼女という『異物』の存在を認めたく無いというのが自分の本心だ。しかし彼女は、私に真向から立ち向かってきた。しかも、私のファン、推していると公言している子が。そこには正直、潔さと敬意の様な物を感じられずにはいられなかった。悪い事をしたとも思っている。だが私はまだ彼女への接し方が分からない。


 ヤバい。ヤバいヤバイヤバイ。ついにこの日が来てしまった。2期生の初の顔合わせ。1月の活動開始を優先した為、『中の人』同士で、現実世界ではまだ会った事が無い。だがしかし、明らかに荒巻ユイの中の人は……古谷あかりだ。どうしよう。

私はこの日、渋谷にあるV WIND運営会社であるウィンド(株)が入っているビルへ来ていた。初の歌ってみた動画収録の為、会社の録音スタジオへ足を運んでいたのだ。以前来た12階はワンフロアが事務所だが、ひとつ上の13階には録音スタジオと、3Dトラッキング用のグリーンバックスタジオが併設されている。

先ほど奥山さんと会い、今日の収録について説明を受けた後、ポロっと今月下旬に顔合わせをやりたいと聞かされた。私は何食わぬ顔で「いつでも大丈夫ですよ」と二つ返事をしたが、ヤバい。ただでさえ歌収録で緊張しているのに!

 収録が始まり、慣らしで3テイク録った。歌うのは『ロストワンの号哭』。有名なボーカロイド楽曲だ。1期生の三葉ピースも歌っているし、多くのVTuberにもカバーされている。私の声質的にも、こういうスピードのあるロック調な曲の方が合っているし歌い易い。が、私なんてただの素人だ。正直今の私がどんな風に歌えているのかも分からない。スタジオには録音の清水さんという30代後半のおっちゃんと、奥山さんしか居ない。緊張し上手く歌えている気がしない。

『ハルちゃん、一旦休憩しよう。リラーックス!』

「わかりました」

清水さんが気を使ってくれる。

私は録音ブースを離れ、ガラスを隔てて隣接されているモニタールームへ入る。

「すいません、こういうの初めてで緊張してしまって……」

「いーよいーよ! 最初はみんなこうだよ!」

ツンツンした若干色が落ちかかっている金髪を揺らし、清水さんが笑う。

「あの録音したヤツ聴かせてもらっていいですか?」

「お、分かってるねぇ。ちょっと待って」

何を分かっているのか私には分からなかったが、清水さんがPCを操作し、ヘッドホンを差し出してくる。

「じゃあ返すよ〜」

そう言われたと同時に、カラオケ音源と共に私の声が耳に入って来る。気持ち悪い。オーディション時に送ったiPhoneの音質より当然格段に良い音だが、何せ私の声が気持ち悪い。自分の声の気持ち悪るさにうんざりしていると、

「集中して聴いて。サビで一気に声出そうとして力んでるんだけど、声が追いついていない」

今日初めて清水さんの真剣な顔を見た気がする。そんな事より、そう言われても何をどうすれば良いのか分からない。

「僕もボイストレーナーじゃないから理屈っぽい事は言えないけど、単純に緊張で“テンションと歌が合ってない”だけだと思うよ」

「テンションと歌……」

そう困り顔を向けていると部屋のドアが開いた。

「お、七海くんお疲れ様〜」

矢崎さんともう一人女の子。

「お疲れ様です」

「リアルでは初めまして。涼咲カイの相川凛アイカワ リンです」

横に立っていた子が言う。その声で漸く分かった、あの涼咲の中の人だった。

「あ、初めまして、七海ハルの……那賀見優です」

「そっか2人とも初対面か。ちょうどよかったね」

矢崎さんは楽しそうに言う。

「ああ、邪魔してゴメンね! 涼咲くんは書類の記入やらで来てもらってたんだが、七海くんがそういえば収録してたなーっと思って施設の説明がてら連れてきたんだ」

「そうだったんですね……」

「何か問題でも?」

「いえ、どうも緊張して上手く歌えなくて……」

「あーなるほど。あのオーディションで送ってきた“リライト”みたいに爆発させて、なんて言うのは簡単だけど、うーん」

「え、アレ聴いたんですか」

「モチロン」

矢崎さんが笑う。少し緊張が溶けた気がした。

「あ、そうだ。涼咲くんが良いなら、一緒に歌ってみるとか?」

「え?」

「私は構わないですよ」

「そうとなれば早速実行! ものは試し!」

「え? えッ?」

流されるがまま、2人で録音ブースへ戻る。

『涼咲くん、“ロストワン”知ってるんだっけ?』

「あ、はい分かります」

『じゃあ、一回涼咲くんだけで行ってみよっか。ハルちゃんはよく見て、聴いてみて』

「わかりました」

歌詞カードを涼咲へ手渡す。

ギターのリフから始まり歌い出しが来る。スッと彼女が息を吸うのを感じた。最初の静かなパートも、どこか力強さを感じる気持ちの良い声だ。徐々にサビに向け盛り上がり、遂にサビが来る。

「黒板のこの漢字が読めますか! あの子の心象は読めますかッ!――」

両手でマイクを包む様に彼女は腕を伸ばす。身体を揺らしながら眉間に皺を寄せながら哀れむ様な目でマイクを睨み、声を絞り出す。

なんてカッコいいんだ。素直にそう思った。それと同時に、とても楽しかった。


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