不審者二人(1)
新章突入です。はい。
ここのところ私には気になっている不審者がいる。しかも2人。
1人はどうも高木と言う名らしい。美波さんから聞いた。
もう1人の名前は分からない。
高木という方の男、近頃よく柔心会本部道場に現れる。今もぐるりと道場を囲むほどの見学者が毎日のようにやってくるので、おかしな人が現れること自体は、別に不思議なことではない。
解せないのは、この高木という男と美波さんとの関係だ。その風貌はかなり怪しい。
いつも高級そうな黒いスーツ姿で現れて、最後まで道場生の稽古を見学していく。そして道場の外で、美波さんを待ち構えている。年齢は40代半ばから後半と言ったところだろうか。髪は短く、すらりと背が高い。そして笑わない。その筋の人間だと言う人がいたなら、私は容易く、それを信じるだろう。
他にも美波さんを待ち構えているファンはたくさんいる。ほとんどが美波さんの追っかけを目的としている輩だ。ある時、若い女性が美波さんに握手を求め、美波さんがこれに応えた時、喜びのあまり、なんと彼女が卒倒してしまったのだ。
救急車を呼ぶ羽目になるわ、一度は消灯して施錠していた本部道場に彼女を運び込むわで、それは大変なことになった訳であるが、それ以来、美波さんはファンの握手には、一切応じなくなった。
しかし、この高木という男、そんなファンとはまた違うようだ。
毎回、静かに美波さんに話しかける高木に対しての美波さんの態度に、やたらと愛想がない。それでも私が道場に通った日には、ほぼ間違いなく彼を見る。そして稽古の終了を待って、美波さんに話しかける。
ある日、あまりにも美波さんの態度が、ファンをあしらうには冷た過ぎると感じたので、その理由を聞いてみた。その時、このスーツ姿の男の名を、私は初めて聞いたのだ。
(高木という名前らしいが、よく分らん)
ここでも美波さんはつっけんどんだった。何やら怪しい名刺を以前に手渡されているらしい。
(何かのスカウトだったような気もする)
今も頻繁に本部道場に現れる高木という男に関して、美波さんが語った事は、これが全てである。
もう一人、私が気になっている不審者は、あの(中身はダブルチーズバーガーですか?)と山下ビルの下で私に声かけてきた年配の男性だ。
(なぜ中身がダブチーだと知っているのか?)
犬並みに鼻が利くわけではあるまい。考えられるのは一つ。私がマ○ドでダブチを買ったところを見られていたことだ。
初めはミーハー美波ファンの一人だと思っていたが、実は付きまとわれているのは私だったのではないか。
長い思考ではない。コンマ数秒でそんな憶測に至った私は、一気に恐怖に襲われた。逃げるように山下ビルに駆け込み、1階に待機していたエレベータに乗り込んだのである。
整体シバヤマに入店し、ダブチ3つを美波さんに手渡し、私もダブチ一つを頂き、簡単に昇格試験に関しての報告をした。
(いい経験ができましたね)
それが美波さんの反応だった。
(結果はいつ出る?)とか、(受かってたらいいね)とか、普通の人が口にしそうな質問や発言は一切なかった。そのことを私は、とても美波さんらしいと感じた。
この日、私はビルの下で声を掛けてきた年配の不審者に関して、美波さんに話すことはなかった。それでも妙にこの男性の存在が気になっているのである。
高木という男の方の素性は、意外なところから判明した。格闘技通のワタルさん情報である。
今も続いているおよそ2週間に一度ペースのディナーの場で、この高木と言う男についての会話となったのだ。
何でも若い頃は、空手の選手として、それなりに有名だったらしく、現在はある格闘技団体の興行に携わっているらしい。
「去年の年末、あの溝田紀子を総合のリングに上げた第一功労者が高木だよ」
ここで初めて、(何かのスカウトらしい)と言った美波さんの言葉の意味が、私には分かったという訳だ。
年末から数えてすでに半年の時が経過していたが、それでも美波フィーバーは、今も収まる気配がない。その理由については、同じ本部道場生の牧野さんから聞いた。
『芝山美波、実物メチャ綺麗!』
『100キロはある大男の道場破りを瞬殺KO』
『マジ世界最強かも・・・』
多少の鰭が付いている感は否めないが、SNSを中心に広まったそんな噂が、美波さん人気が今も冷めない理由であるらしい。おそらく本部道場の見学者の誰かが世に発信した情報なのだろう。
美波さん本人の望む望まないに関わらず、いや、おそらく望んでいまいが、今や“柔心会の芝山美波”は、格闘技ファンの間で、“時の人”となりつつあるのだ。
一方で(ダブチーですか?)オジサンの方は、その後目にしていない。整体シバヤマに私が通う頻度は、多くて月に1回なので、仮に(ダブチーオジサン)が毎日山下ビルに来ていたとしても、そうそう遭遇するものでもないのだ。
一時は、(私がストーキングされているのか?)と恐々としたものだが、それは杞憂というか、単に私が自意識過剰だっただけらしい。
それでも、何故かこの(ダブチーオジサン)の事が気になっている。
どこかで会ったことがあるような無いような、そんな感覚が微かにあるのだ。
私が(ダブチーオジサン)と再び遭遇するのは、美波さんと出会って、ちょうど2年になろうとする6月の晴れた日の朝だった。




