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乙女のピンチ(お見合編7)

明けましておめでとうございます。


♪でた~でた~~ん~ふふ~~♪♪


でた。大量に出た。腹時計の感覚では約10分の間、途切れることなく、ひたすらに出まくった。んっ?腹時計という表現は正しいのか?ここは体内時計と表するべきだろう。

いずれにせよ、2日分か3日分か、腹の底に溜まっていた燃料の残りかすが一気に出て行った。店長のアドバイス通り3回に分けて流した。3回目に流す時には、さすがに少し恥ずかしくなった。シュッと下っ腹が凹んだことが自覚できる。

私のお腹って、こんなに平らだったんだ~と、少し感動する。気分爽快だ。


もはやこの空間に用はない。何に気を使っているのかよく自分でも理解できないが、それでもできるだけ音を立てずおトイレのドアを開く。

施術室までたった数メートルの廊下をそろそろと歩む。歩みながら考える。さて、なんと店長さんに報告しようか。


(い~っぱい、出ました~~)


ちょっと下品な感じだ。


ツンと澄まして、


(お待たせしました)


カッコつけるところじゃない。


(すっきりしました)


うん、気品さと下品さのバランスが丁度なあんばいだ。これでいこう。

店長~、お陰様ですっきりと・・・って、えっ、それ何?


施術室に戻るや、私の目に飛び込んできたのは、ベッドの上に所狭しと並べられた超派手な色調のランジェリーの山。

紫、赤、黒、オレンジ、ミントグリーン、そしてさっき飲んだお薬のようなコバルトブルー。

店長が腕を組んで、それらを眺め、首をかしげている。


「あら、お帰りなさい。ウンウンさんはしっかり出ましたか」


「はい、すっきりしました。お陰様で」


準備していた応答をする。でっ、それ何ですか、ベッドに並んでるもの?


「バナナにすれば、何本くらい出ました?」


まだそっちの話が続きますか?ええっと・・・バナナで例えます、それ?どうだろう、2本か3本か、バナナの大きさにもよるけど、一般的なドー○のバナナで換算すればいいですか?


「え~っと、2、3本くらいは出たと思います」


「えっ、そんなもんですか?だって3回も流してたじゃないですか。2、3本ということはないかと・・・最低でも・・・」


「あ、大きめのドー○バナナにしてです。後半は少し水っぽい感じだったので、分かり辛かったです」


「じゃあ、バナナジュースにしたら何杯分?」


バナナジュースにすれば?余計分からん。てか、何なんだ、このやり取りは。

視点と焦点を変えよう。そんなことよりも遥かに気になってることが私にはあるのだ。


「ところで何ですか、そのアンダーウェアの山は?」


普段アンダーウェアなんてワードは使わないし全く馴染みがないのだけれど、下着とかって言い方は少しあからさま感がすると思ったのだ。


「何って、今晩の菊元さんの勝負パンツを選んでるんですよ。さてどれにしましょうか?」


どれにしましょうかって言われても、それ以前に勝負ってなんですか?それより何でそんなものが都合よくいっぱい出てくるかなぁ。


「この赤いのなんてどうでしょう?結構スケスケでアダルトな感じですけど。テンション上がりません?」


むかし赤いパンツは冷え性に効果があるって今は亡きおばあちゃんから聞いたことがある。だから毛糸のパンツは赤が多いんだとか。私は一回も履いたことないけど、そんな色のパンツ。いや、そこじゃない。でっ、その楽しそうな店長の顔は一体なんだ?


「大丈夫ですよ、全部新品だし、私のお古じゃありません。新品は少しゴワゴワしたりしますから、一度ちゃんと洗濯しましょう。なんせマッサージ屋ですからね。洗濯機も乾燥機も備え付けがあります。一日で多い日はシーツ30枚くらい洗いますから。抜かりはありません」


いや、抜かりがどうとかじゃなくて、何で私の履くパンツを店長が選ぶのでしょう。伺いたいのは正にそこなのです。そもそもですね・・・


「色々とお気遣いは有難いんですが、そもそもパンツを披露する機会が、今晩あるとは到底考えられません。階段かどこかで、ステ~ンとド派手に転ぶようなことがなければ。だからおパンツは、その~~問題ないというか考えすぎというか・・・」


ここではっきりと(ありがた迷惑です)って言えないのも約30年の歳月がはぐくんだ私の特性の一つなのだ。でも少しは通じたでしょ、云わんとするところ。


「披露する機会が有るから無いからと云う考え方には、少々賛同しかねます。例えば・・・そう、武術。武術なんて詰まるところ人をあやめるための技術と知識です。披露する機会なんて生涯一度もないに越したことはない。それでも、時として理不尽な暴力に対抗するため、或いは愛する者を守るため、致し方なく強固なさやから抜く研ぎ澄まされた伝家の宝刀・・・そんな感じが、まあ武術の理想です。で、あるからして、私が思うに・・・」


何だか触れてはいけない店長さんのスイッチを押してしまったようだ。

当たり触ることなく、この難儀な局面を切り抜ける手段と言葉を、頭の中で私は模索する。


「大丈夫です。ちゃんと家に帰れば、お洒落なパンツ、いくつかありますから。それに履き替えます。大丈夫です。」


「お洒落なパンツって、それは一体どんなパンツでしょう?」


このパンツに纏わる螺旋らせんループから抜け出す手段はないものだろうか。

ほとほと弱ってしまっている私なのだが、考えてみると・・・

あれ、お洒落なパンツって私持ってたっけ?ここ数年、まるでそんな事には無頓着だった私なのだ。

少しばかりレースの部分が破れてたって気にしなかった。でもって、そんな履き古したやつの方が、腰のゴムが丁度なあんばいに緩くなっていて、履き心地としてはよいものなのだ。しかしである。

店長さんの(披露する機会が有るから無いから云々)って表現がいくぶん独創的過ぎるものの、見えないから手を抜くという考え方は、確かに女として少し問題があったような気もしてきた。自分に厳しくあれば、女として緩んでいた感が否定できない。下着を買い行くのって結構面倒だし。選んでる姿見られるのって、今でも少し嫌だし。

しかし、入店二回目でおパンツを頂戴するって、そんな厚かましくていいものなのかしら。

この店長さんのことだ。おパンツ代を請求なんてことも、全く考えていないのだろう。


そんな思考の循環を経て、私は少し店長に歩み寄ることに決める。かなり親身に私の今夜について考えてくれている様だし、別にパンツなんていくつ持ってたって困るものでもないし。


「私個人の趣味としては、その真っ赤よりも、落ち着いた感じの黒かパープルか、そんな感じが好みなんですが」


「う~~ん、暑苦しくないですか、夏なのに。ああ、ところで今日は、どんな服装でお見合いに臨まれるのでしょう?」


(えっ?うわ~~~!!!)


頭の中が真っ白になる。今晩の洋服、当日の今日まで、全くそのことを考えてなかった。階段ですっころぶ事がなければ披露の機会がないおパンツとは全く訳が違う。


私の顔色が無くなる様子が、手に取るように伝わったのだろう。店長さんの表情も、ここで一気に強張った。強張った顔はやけに小さく見えて、これはこれでなかなかにキュートだ。いや、そんな場合ではない。


「もしかして、いや、まさかですけど・・・何も考えてなかったってことは・・・」


「・・・はい・・・」


肌寒いほどに空調の効いていた部屋が、さらに数度ばかり温度を下げたように感じた。



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