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201X年大晦日

新章はじまります。よろしくお願いします。


「菊元さ~~~ん、いまご自宅ですか~?お忙しくないですか~?晩御飯はもう食べちゃいましたか~?よかったら、お店の方にいらっしゃいませんか~?豪華絢爛ごうかけんらんお鍋パーティーですよ~~!!」


とっても声が明るい。今日は大晦日12月31日。今年も残り6時間弱というところの午後6時20分。美波さんからの突然の着信だ。

いちいち答えるとしよう。いま自宅です。お忙しくないです。圧倒的に暇です。晩御飯はまだです。


はぁ~、答えるのが切ない。密かに(今年の年末こそは、素敵なボーイフレンドと過ごせるかも)って期待していたのに。

素敵なボーイフレンドとは、すなわちわたるさんのことだ。しかるに彼は洋服屋の仕事が超忙しいらしい。渉さん曰く、洋服屋には年に3回忙しい時期があり、最繁忙期は3月と4月の新入学・新入社の季節。3番目に忙しいのが秋の衣替えの時期。でっ、年末年始が2番目なのだそうだ。そしてその繁忙は、成人式が終わるまで続くという。たぶん嘘ではない。そう信じたい。


「菊元さんに会いたいってスペシャルゲストがお二方いらっしゃってますよ~ではお待ちしてま~す」


私に会いたい?スペシャルゲスト?渉さんじゃないよね。もしそうなら彼が忙しいってのは嘘になります。あり得ない。あり得ないと思いたい。じゃあ一体誰だ? って、もう電話切れてるし・・・



山下ビルの裏口から建屋に入る。この秋、美波さんがテレビに出演して以来、裏口からこっそり入るのが私の習慣となった。あの頃ほど、美波さん目当てのミーハーファンの姿は見かけなくなったけど。

3階の最奥の部屋。“整体シバヤマ”の木目調の扉に掛かっているのは、『準備中』の白く慎ましい看板。まあ大晦日ですからね。お客さんもほとんど来ないことでしょう。

ドアを押すと、(ガチッ)・・・あれ、鍵掛かってる?場所を間違えたかしら?いや、(お店の方に)と美波さんは間違いなく言ったはずだ。

みんなで鍋の材料でも買いに行ったのかしら?みんなって誰のことか、いまだ分かってないけど。とっ、その時、カバンの中でスマホが震えた。あっ、美波さんからだ。


「先ほど伝え忘れました。場所は4階の私のトレーニングルームです。お待ちしてま~す(ブチッ)」


もう切れた。何だかやけに後ろが騒がしかった。もう人が集まってる模様。でっ、その中にスペシャルゲストがいらっしゃる訳ですね。えっと・・・4階のトレーニングルーム?ああ、私が8級の昇級試験を受けたあの日本刀の置いてある部屋か。はいはい。



「サワディー・カ~~~~」


うわっ、ビビった!ドアを開けるなり、いきなり抱き着かれた。貴方あなた、誰?サワディ??いや、誰ですか?えっ、もしかしてタイのアーリアさん??あまりにも意外な登場人物なので驚きました。あ、挨拶せねば・・・え~~と、


「アイ・ハブント・シーン・ユー、え~~と、ロング・・・」


「オヒサシブリデス、キクモトサン」


ああ、そうでした。アーリアさんは日本語が話せるのでした。おじいさんが日本人なのでした。ところで、なにゆえ日本に?


「毎年1月4日に柔心会の会合があるんですよ。各支部長や師範連中が集まるんですが、まあ海外から来てくれる人なんて普通はいません。でもアーリアさんにとってはおじいさんの母国ですしね。一度は来たいと思ってくれてたらしく、(日本に来る?)って誘ったら、二つ返事でした。でっ、けさ関西空港着の飛行機で、バンコクからはるばる来てくれた訳です」


「ニホンノタベモノ、オイシイトキイテマス」


ご飯食べに日本に来たのか、この娘は。凄い行動力だ。若さとは素晴らしい。

でっ、スペシャルゲストの一人がアーリアさんだとすると、もうお一方は?えっ、テーブルの上で男性がお魚捌さばいてる?あっ!


「お無沙汰です。菊元さん」


落ち着いたオジサン声の主は、ピシッとした白いワイシャツ姿。タイでお会いしたヤナギさんだ。ヤナギさんにはタイに滞在していた3日間、とてもお世話になったのだ。たった3日だけど、共に銃弾の下をかい潜った仲なのだ。文字通り戦友みたいなものなのだ。戦ったのは美波さんとヤナギさんと、そしてアーリアさんだけど。私はわ~きゃ~騒いでただけだけど。


さて、つまりスペシャルゲストとは、タイからお越し頂いたお二方ということですね。でっ、なんで魚捌いてるんですか、ヤナギさん。


「ヤナギさんがですね、いっぱいお魚釣ってきてくれたんですよ。スズキとかクロダイとか。じゃあ、お鍋でもしますかって感じになりまして・・・私はまったく料理できませんしね」


美波さん、それ、自慢げに言うことじゃないです。

それにしても見事な包丁捌きだ。料理のできるオジサンって何だか格好いい。


「ヤナギさん、魚釣りの腕は一級品だそうです。自称だけど。あまり信じてなかったのですが、どうやら本当のようです」


そんな美波さんの言葉に、ヤナギさんが苦笑する。


「そんなことより美波さん、そろそろ始まるんじゃない?テレビ」


テレビ?あっ、私が8級の試験を受けた時にはなかった大型の薄型液晶テレビが部屋の奥に置かれている。デカい。もしかして、それも柔心会の経費で買ったんですか?


「あっ、ホントだ。それじゃあ皆で応援しましょうか」


応援?応援って誰を??


「キコちゃんですよ。溝田紀子。年末に総合の試合に出るって言ってたじゃないですか。テレビでやるんです。いまから生中継で」


はいはい、覚えてます。では、今日はスペシャルゲストを招いてのお鍋&溝田紀子の応援パーティーってことですね。了解しました。


美波さんがテレビのスイッチを入れると、数舜遅れて液晶画面が明るく灯った。



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