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EARDRUM-MASSAGE(5)

今回とんでもない間違いに気が付きました。

菊元加奈と芝山美波が出会ったのが20〇〇年6月。菊元加奈が29才の時。

タイ旅行が翌年の1月。おやじさんが他界したのが同3月。

芝山美波がテレビに出たのが同年の秋。

ってことは、菊元加奈はすでに30才になっています。


まあいいですよね。



「師範代になって、人を指導する立場になり、分かったことが一つあります。私が教えられてすぐにできたことが、教えられてもすぐにできない人がいるということです」


30才にもなると、世の中そんな不平等もあるでしょうって感じですが、当時の天才女子高生の立場を想像すると、分からなくても仕方がないかなって思います。


「師範代になりたての頃は、(どうしてこの人は教えたことがすぐにできないのかな?)なんてイライラもしたし、指導中に声を荒げたりすることもありました。私がそんなだから、特に青年部の方たちとは、なかなか打ち解ける事ができませんでした」


ふ~~ん、天才ゆえの葛藤かっとうなのでしょうね。これと言った才能が何一つない私なんかにとっては、羨ましくもありますが。


「今なら分かります。自分より遥かに年下の高校生に偉そうに指導されたんじゃあ、教えられる方も気分が良くないでしょう。もちろん、厳しく指導した方が伸びる人だっています。そんなさじ加減が、当時の私には分からなかったんです」


受け身専門で牧野さんに投げられることしか経験のない私ですが、武道がとても厳しい世界だろうと想像はできます。なにせ“道”ですからね。高校生には重すぎる荷だったと想像できます。ご自分を責めてはいけません。


「私と青年部の生徒さんとの関係が、かなりギクシャクしていることを、母、ああ、当時は本部の指導員だった芝山京子は、敏感に察したんでしょう。その後、私は少年部を指導することになりました」


はいはい、ちょうどその頃に、あの溝田紀子と出会ったんでしたね。


「そうです。そのとき母に言われた言葉が、(柔気道の技を教えるのではなく、柔気道の楽しさを教えなさい)と言うものでした。いまも私が生徒を指導する際に、常に心に留めている言葉です。あれっ、なにか最近そんなことを、誰かに言ったような気がしますね」


ああ、タイに行った時ですよ。あのアーリアさんをバンコク支部の師範に任命した後で、そんな事をアーリアさんに仰ってました。すごくいい言葉だなって感じました。お母さまのお言葉だったんですね。


「イライラしたり、悩んだりと言うことはありましたが、自分が教えて貰っている時代も、自分が教える立場になってからも、柔気道の練習は本当に楽しかった。ただの一度も飽きるということがありませんでした」


はい、(好きこそものの上手なれ)って言葉もありますからね。いくら美波さんに神が授けた才能があったとしても、それが楽しくなければ、いまの美波さんは無かったかも知れません。ごめんなさい、凡人が偉そうなこと言ってます。


「でも一時いっとき、道場にいることが苦痛である時期がありました」


ほう、天才芝山美波をしてですか。それはいつ頃で、どんな状況だったのでしょう?


「芝山順一、つまり父を、私の祖父、芝山正家しばやま・まさやが指導している時です」


え~と、登場人物が増えてきました。いったん整理します。

美波さんの曽祖父が、柔気道開祖の、何だかいかつい名前の・・・忘れました。

で、お父様が順一様で整体師の方。お母さまが京子様で本部の指導員。さらにお父様の順一様は養子でいらっしゃるので、芝山という苗字ということは、正家まさや様はお母さまの実のお父様ということでしょうか?


「はい、そう言うことです。さすが、菊元さんは頭の回転が速いですね。で、このおじいちゃんが父を指導している様子を見るのが、同じ空間に居るのが本当に嫌だった」


嫌だった?どのような指導だったのでしょう?


「昔の言葉で言えばスパルタ。今の時代ならパワハラという言葉になるのでしょうかねぇ。それはそれは厳しい稽古でした。怒鳴り声が響くのは当たり前。ときに二人とも頭がおかしくなったのではと思うときもありました」


たぶん、今の時代ならあり得ない稽古だったのでしょうね。でもどうしてお父様、芝山順一様は、そんな厳しい稽古に耐えれたのでしょうか。


「もちろん芝山宗家の養子になったという自負もあったでしょうが、きっと本当に柔気道が好きだったんでしょう。好きだったというより愛してたんだと思います。そんな言葉の方が、何だかしっくりする気がします。でも・・・」


でも・・・何でしょう?それに美波さん、さっきから匙の動きが完全に止まっちゃってますよ。


「菊元さんの言葉をお借りするなら、柔気道を愛していたけれど、武術の神には愛されなかった・・・ってところでしょうか」


もう私には言葉がありません。匙が止まっていることも指摘できません。だって美波さん、悲しそうなんだもの。とてもとても。


「20代前半で、私は父に追いつきました。段位も実力も。実力に関しては、それ以前に追いついていたかも知れません。私なんかより何倍も柔気道を愛し、何倍も努力をしてきた父にです」


・・・最後まで聴かせて頂きます。


「武術の神様は一体なにを見ていたのでしょうねぇ。私なんかより、あの人こそ神に愛されるべき人でした」


美波さんの仰ることも分かりますが、(私なんか)って自分を卑下する必要もないと思いますが。


「父の夢を自分の手で砕き、一家をバラバラにしたのは私です。私の才能です。そんな家族を不幸にする才能なんて、私は欲しくなかった」


ついに美波さんの手が、私の耳から離れた

私には掛けてあげるべき言葉が、まるで見つからなくなっていた。



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