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EARDRUM-MASSAGE(3)

勉強のため耳かき小説を梯子してます。名作が多くてショックを受けてます。


立派なマッサージチェアだ。シートはおそらく革製。アンバーカラーのレザーがつやつやとした新しい光沢を放っている。それはお値段が張りそうだ。


「耳のマッサージ用に購入しました。まだメニューに取り入れるかどうかは決めてませんが」


それにしてもお金あるんですね。実はめっちゃ儲かっているとか。柔心会がですか?それとも整体シバヤマがですか?


「あまり厳格に区別していません。柔心会もこの店も、オーナーは同じ人物ですからね」


あっ、美波さんは柔心会の主席師範様だけど、整体シバヤマの店長だけれど、会長ともオーナーとも、名刺には記載がありませんでした。それじゃあ、どなた様が会長でオーナーなのでしょう。気になります。


「ああ、芝山京子。私の実母です。そんな立場の人がいなきゃ、私なんかが組織の管理とか、店の切り盛りとか、できる訳がないじゃないですか。秒で潰れます。柔心会も、ここのお店も」


はい、その通りだと思います。ごめんなさい。


「そんなことより耳のマッサージです。では、座って下さい」


はい、よろしくお願いします。



私はマッサージチェア、美波さんは木製の小さな椅子に腰かけている。膝枕じゃないんですね。


「当たり前です。膝枕じゃあ、せっかく持ち上げた耳垢を落っことしてしまうじゃないですか。そんなの子供でも分かります。重力に逆らうこと、これが即ち武道において、最もやってはいけないことの一つです」


はぁ?なんか話がごちゃ混ぜになってませんか。いかにも美波さんらしいって感じの発言だとは思いますが。


「では耳にさじを入れていきます。鼓膜を傷づけるほど奥には入れませんので、ご心配なく。」


確かに耳を他人に預けるなんて、ちょっと怖いですよね。緊張してしまいます。


「私も新橋の店で他人に耳を掘られるのは、かなり怖かったです。少しでも耳かき棒を介して、敵の殺気が伝わってきたら、指先で相手の頸動脈を断ち切る備えをしていました」


いや、敵って訳ではないでしょう。それに頸動脈断ち切るって、その発想が怖すぎます。


「膝に頭を乗せた状態で、耳に棒を突っ込まれている。相手がその気になれば、ちょっと力を加えるだけで、鼓膜はおろか、脳までダメージを受ける危険なシチュエーションです。一瞬の油断で命を落としかねません」


いかにも武術家らしいお考えだとは思いますが、そんな心理状態でリラックスできました?人生疲れてしまいませんか?


「終わった頃には、体がガチガチに強張こわばってました」


はい、そうだと思います。んっ?おっ、おぉ~~。

匙が耳の入り口に入ってくるなり、(ゴソッ)という小さな音がなり、耳の産毛うぶげが逆立つような感覚になった。同時に、肩のあたりが緊張し始める。

がっ、匙は耳の奥までは入っては来なかった。入口付近で、実に軽快に皮膚を刺激している。


カリカリカリと乾いた音がする。(ぞわゎ~)と両腕に鳥肌が立つ。気持ち悪い訳ではない。どちらかと言えば心地良い刺激だ。いや、どちらかと言えばという次元ではない。すごく気持ちいい。

まだ匙は奥に入ってこない。あれっ?もう少し奥まで掻いてもらっても大丈夫ですよ。


「いま、私が何をしているか、菊元さん、理解できますか?」


何をしているって、耳穴の入り口あたりを掻いて頂いているのではないでしょうか?


「はい、半分は正解、半分は不正解です」


はて、不正解の半分はなんでしょうか?


「いま私がマッサージしているのは、菊元さんの鼓膜です。耳の皮膚を掻いているのは正解ですが、耳の皮膚と産毛に匙を当てて、小さな音を発生させているんです。その小さな音が鼓膜を振動させているんです。それがこの施術の本当の目的です」


鼓膜のマッサージですか。そんな発想、初めて聞きます。そして気持ちいいです。

背中に弱い電流が走っている様な感じです。


「耳と言うのは、音、すなわち空気の振動を感知する器官です。どのような音で鼓膜を振動させるのが最も心地よいか。それがこの施術の肝の部分です。いま菊元さんの耳をほじっているこの棒も、特注シリコンで作った美波オリジナルです。自分の耳で試した結果、この素材と固さ、そしてこの場所とこの強さが、ベストの組み合わせだったという訳です」


うわ~~凄いこだわりって感じですが、その特注の棒にマッサージチェア、一体いくらお金かかったのって心配になります。

でも、少々お値段が高くてもいいかって思える気持ちよさです。匙が耳穴の奥まで入ってこないって安心感も、とてもリラックスに寄与しています。


「鼓膜のマッサージということで、まあ30分コースですかね。いくら位のお値段が妥当でしょうか?菊元さんの意見が訊きたいですね。500円くらいでしょうか」


500円!ワンコインですか。それって安すぎじゃないでしょうか。2000円くらいは私なら払います。この心地よさに浸れるのなら。さっきから全身に鳥肌立っちゃってます。


「まあ、菊元さんがそう言ってくれるなら、真ん中を取って1000円ってことにしますかね」


いや、500円と2000円の真ん中は1000円じゃないですよ。1250円です。ちょっと半端な数字だけど。安い方に設定しようとするところが、実に美波さんらしくはありますが。


「あと、絶対にお客さんの鼓膜を傷付けないよう気をつけないと。そもそも鼓膜に届かない長さの棒も作ってみたんですが、ちょっと持ちづらいんですよね。人間鼓膜が破れると、これはなかなか難儀なんぎです。私も一度経験してますから」


へぇ、そんなお怪我のご経験があるのですね。誰かさんが下手くそな耳掃除をしたとか?

シチュエーションがまるで見えません。


「いえ、昔の話ですけどね。乱取りの最中に、鼓膜破られたことがあるんですよ。平衡感覚は無くなるわ、距離感は見失うわで、それは、もう大変でした」


このとき、ちょっとだけ、美波さんの声に微かな憂いが含まれた・・・ように感じた。

もしや、世界最強かも知れない柔心会主席師範様の、生涯唯一の敗北の記憶だとか。

それにしても怖い話ですね。そんな話を、なんだか普通に聴けてる自分も、ちょっと怖いです。最近。


「その乱取りの相手が芝山順一しばやま・じゅんいち。私の父です」


小さく息を漏らすように、その名前を美波さんは口にした。



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