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乙女のピンチ(お見合い編6)

今事務の女性社員とお話してます。

まさか本作のモデルとは知っておるまい。


「今のは・・・一体なんですか?」


自分の声が震えている。それを実感しながら、私は言った。

一体、いつ以来だろう。声が震えるなんて。

伸二しんじに別れ話を切り出した、あの雪の夜以来だろうか。

いや、そうじゃないな。あの別れは、ずっと前から、とうに判り切っていた決別だった訳で、むしろさっぱりとしたお互いへの感謝とエールの交換だった記憶がある。

あれから少し時が過ぎたもので、私の中でちょっとだけ美化された記憶かも知れないが。


会社の人達との人間関係で悩んだり、声を震わせて言い争ったりということも、過去には何度もあったが、2年前に百合子先輩が、突然の寿ことぶき退社を発表し、周囲を驚かせて以来、お局予備軍筆頭の地位を確固たるものにした私には、最近ではそんな悩みや周囲との摩擦すら、私を避けて通る。


「技ですよ、技。合気道の人達なんかは、<合気>だなんて殊更ことさらに神秘的な言葉を使うけど、要は相手の体勢を崩す技術です」


ほう、技術ですか。おみそれしました。いや、訊いているのはそこじゃなくて、スカートの中を覗いたり、いきなりおっぱい触ったりって挙動の方なんですけど。でも、なんて質問すればいいのだろう。


(なんで私のおっぱい触ったんですか?)


(だって加奈ちゃんが、と~ても可愛いから・・・うふふ)


なんて会話に、もしなったら・・・怖すぎる。怖すぎて訊けない。


「ところで菊元さん、まさかそのパンツでお見合いに臨もうなんて思ってませんよね」


えっ、パンツですか?いまどんなパンツ履いてましたっけ??私。もしかして汚れてました???


ニコリとした店長さんの顔は、本当に涼やかなのだが、先般せんぱんの挙行が挙行だけに、何だかとても怖い。そろそろ逃避行動の準備に取り掛からねば、本当に男性とお見合いする資格すらない体になってしまいかねない。なにせ相手は古流武術とやらの、それも主席師範なのだ。もしかしたら暴走族12人を投げ飛ばした怪物なのかも知れないのだ。

私なんぞは、小指の先でかされる・・・イカされる?なんか卑猥ひわいな響き。てか、ヤバ~~い。


「あっ、家に帰ってから、もちろん着替えます。パンツも履き替えます。全く問題ありません。あっ、お代はちゃんと払います。今日のお代はいくらでしょう?あっ、財布はバッグの中です。一応バッグは本革製です。大丈夫です。お代は払います。あっ、バイアグラ・・・じゃなかった、外国のお薬代もありましたね。えっと、いくらでしょう、お代・・・いくらでしょう?」


一刻も早くこの場から逃避せんとする一心で、脳の活動を遥かにリードして勝手に口が言葉を矢継ぎ早に吐き出す。本当にかなり怖いのだ。


「あれ~、もしかして菊元さん、もう帰ろうとしてません?」


してます!直ちに退散しようと考えてます!!だってイカされそうだもの。ちょっと興奮してるもの、私。


「お見合いは夜ですよね。まだ十分時間ありますよね。何より、今から帰ると、途中で出てしまいますよ、ウンウンさん。もうお薬が効き始めちゃってますから。さっきのオナラの音と匂いから判断すると・・・そうですね~、執行猶予は時間にして・・・」


イヤ~~、音だけならまだしも匂いって言わないで。もしかしてウンウンさんの匂いがしましたでしょうか?動揺してます。完全に私はいま、動揺しています。


何か言葉を発したくて口がパクパクするが、全く言葉が出てこない。口の動きと呼吸が噛み合わず、なんだか息苦しくなってきた。


(ぶぶっ)オナラ出た。いいわねぇ、あんたは気楽で。匂いは・・・確認できず。どうやら完全に中枢神経に異常をきたしている。てか、一気に効いてきたかも、お薬。あの毒々しい青いお薬。


「まずはゆっくりおトイレ行ってきなさいな。あとの話はそれからという事で。あっ、このビル、古いもんだから、よくおトイレ詰まります。大量に出そうなら数回に分けて流すことをお勧めします」


後の話ってなんですか?でもお聞きしている余裕はありません。まずは行ってきます。お手洗い。数回に分けて流します。留意します。


「ああ、それから」


はい、何でしょう?次のオナラは匂い付き、さらに液体付きになるかもしれません。

それほど限界が近いのですけれでも。それでもまだ何か?


「アンダーは70でもいけますか?」


アンダー?70??何のことでしょう?単刀直入に質問してくれないと、ほんと具付きのオナラがこぼれますけれども。


膝を擦り合わせ、モジモジと落ち着きのない動きで、店長さんの追加説明を促す。


「おっぱいですよ、おっぱい。70のCでいいですかって質問です」


えっ?おっぱいですか??ああ、先般のはその確認だった訳ですか。じゃあ初めから聞けばいいじゃないですか。何もいきなり鷲掴みにしなくても。

“C”はぴったしカンカン、てか何で当てる?それ??70は一番外側のホックを利用すればギリギリって感じ。でっ、答えないといけないのか?その質問に、ワタシ。


「たぶん大丈夫だと思います。あの~、お手洗いお借りして構いませんでしょうか?」


「どうぞどうぞ、突き当り右です。ごゆっくり」


ごゆっくりと言われても、ゆっくりしてたら洩れます、具が。

では、はばかって参ります。お言葉に甘えまして。


やや駆け足で手洗いに向かう私の背中に確認の一声。


「Cの70で大丈夫ですよね~」


「はい、大丈夫です」


「了解!では、よいお通じを・・・」


(よいお通じを・・・)って変な言い方。

んっ、大丈夫って・・・何が?何が大丈夫なの??私。

自分で口にして、よく分らん。


私は急ぎ足で、しかし決して腸を刺激しない動きで、突き当り右にあるというお手洗いを目指した。数回に分けて流すことに留意して。




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