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EARDRUM-MASSAGE

新章です。


「ああ、菊元さん、ちょうど良かった。お店に来てくれるなら、申し訳ないんですが、途中でダブチーを3つ、買ってきて頂けないでしょうか」


だぶちぃ?何だ、そりゃ??


「ダブチーですよ。ダブル〇ーズバーガー。マ〇ドの。どうしてもダブチが食べたくなって、買いに行こうとしたんですが、ちょっと今、おもてが大変な事になってまして。とても外出できる状況にありません」


説明しよう。美波さん金魚の糞になった形で、テレビカメラの前に立った、いや、座ったあの撮影の日から数えて3週間後、その場面がテレビで放映された。時間にして10分程度だったが、それでもゴールデンタイムの放送。メインパーソナリティはあのジャ〇ニーズの△△。ちらりちらりと画面に登場した道着姿の自分が、あまりにもさまになってないというか、恰好悪かったので、会社の人達にも、テレビに出たなんざぁ、一言も話していない。会社の人達からの突っ込みも、今のところない。一応、録画はしたけど。


なんの因果が柔心会8級水色帯の私は、あの日以来、5級紫帯の牧野さんとちょっと仲良くなり、週一くらいの頻度で、柔心会本部道場に顔を出しているのだ。

(他に女性がいないんで、菊元さんも道場に来て下さいよ~~)って牧野さんに泣きつかれた格好なのだ。そして受け身専門の私は、週に一度、1時間程度、牧野さんにひたすら投げられまくっている訳である。不思議な事に、そんな頻度で投げられているだけで、タルンとしていたお腹が何だか少しへこみ、太もも辺りも、少し筋肉が浮き出て、細くなっていったのだ。まさに瓢箪ひょうたんから駒だ。


「あの~~入会金とか、お月謝とかは、どうすればいいのでしょう?」


本部道場で、厳しくも温かい、否、実に退屈そうに、眠たそうな顔で指導をしている美波さんに、そう問うと、


「いいですよ。無理やりに私が菊元さんを巻き込んだ形ですからね。3カ月に一度くらい、お店に来て頂いて、お金を落としてくれたら、それでチャラということで構いません」


と美波さん。主席師範様がこんな金銭感覚で大丈夫なのかしら、柔心会?ちょっと不安になったりする。でっ、そういう事ならばと、まだ3カ月は経っていないけれど、ちょっと整体シバヤマにお金を落とそうかしらって感じで予約の電話をするや、いきなりダブチーの話となった訳である。


「あっ、はい。じゃあ途中マ〇ドに寄って買っていきます。3つですか?聞き間違いじゃないですよね」


「はい、3つです。よろしくお願いします。菊元さんも食べるんでしたら、その分は追加で。お金は私が払いますんでご心配なく。ああ、それからビルの裏口から入られる事をお勧めします。店の看板は下ろしてますけど、気にせず入って来てください。鍵は開けてますから」


裏口から?看板下ろしてる?一体、整体シバヤマで何が起こっているというのだ。


「何を言ってるんですか。テレビですよ、テレビ。あの放送のあとから、何で調べたのかは知りませんが、(サインしてくれ)だの、(弟子にしてくれ)だの、挙句に(投げ飛ばしてくれ)だの、訳わかんない客がいっぱい来るようになっちゃって、とても仕事どころではありません。今もビルの前には、たぶん雑誌の人か追っかけの人かが、カメラ構えて居座ってます」


あっ、そう言えば、柔心会本部道場の方も、最近白帯を締めた初心者と思しき道場生の姿がやたらと目立つ様になってきた。テレビ撮影の日には、白帯の人なんて一人もいなかったのだ。これもテレビ効果なのだろうか。何だか美波さんは不服そうだけど。


「では、お待ちしております。ダブチ3つ、待ってます」


はいはい。



山下ビルの下は、美波さんの言った通り、カメラを構えたお兄さんや、若い女性の姿が複数確認できた。裏口からビルに入り、エレベータで3Fに上がるや、整体シバヤマの前にも数人が並んでいる。いずれも比較的若い女性。たぶん私より年下だ。高校生と思しき若者も確認できる。(準備中)の看板を、恨めしそうに見つめている彼女ら。このまま中に入っていいのかしら、私。


「あっ、お店の人ですか?芝山先生はいらっしゃるのでしょうか?(準備中)となってますけど」


整体シバヤマのドアを開こうとするや、黄色い声の若い女性が、私に声を掛ける。

さて、なんて答えたものだろう。お店の人かと問われると、私はお店の人ではない。でも、アイドルタレントの出待ちをしているような彼女達とは、ちょっと立場が違うはずだ。


「え~~と・・・失礼します」


少し頭を下げ、彼女たちの問いに答えることはせず、私は整体シバヤマのドアを開く。無愛想な奴だって思われただろうけど、だって、答えようがないんだもの。

彼女達から逃げるように、というより、実際に逃げて、私はいそいそと整体シバヤマに入店したのだった。


(いらっしゃいませ~)


そんないつもの美波さんの涼やかな声は聞こえず、受付の長椅子の隅っこの方で、小さく丸まって座っている美波さんの姿があった。


「あれ以降、こんな有様ありさまでございます」


元気のない美波さんの声が、辛うじて私の耳まで届いた。

やっぱり責任感じないといけないのかしら、私?



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