美波さん、テレビに出る(11)
やっとテレビ編終わりました。長々とすいませんでした。次は(芝山順一編)です。
「その後のことは、美波も知ってるよね。コーチは体調不良を理由にコーチを辞任。辞めるって言ってた1年生たちも、美波のお陰で全員柔道部に残って、1年後に私たちは団体戦で全国大会にいった。私は個人戦で優勝できた」
「うん、知ってる」
この超一流の2人が会話するのは、いつ以来なのか私には判らない。それでもそんな空白がまるで存在しないような親しさを感じさせるやり取りだ。溝田が続ける。
「あの日から、ちょっとだけ、私の目標が変わっちゃったかな」
「んっ?どう変わっちゃた?あたしのせい?」
「ん~~なんて言うんだろ。柔道で日本一を目指してたんだけど、それは達成できたんだけど、そこがゴールでなくなったって言うのかな。飽くまでも通過点になったって感じ?」
「じゃあ、オリンピックでメダルを取るのがゴールとか?」
「う~~ん、全然違う」
溝田紀子が笑う。そして、悪戯っ子のようなお茶目な表情を作る。このお茶目な顔、美波さんが得意としている顔だ。溝田紀子って、決して美人って訳じゃないけど、こんなお茶目な顔をしたとき、何とも表現の難しい魅力的な顔になる。
「じゃあ、何よ?」
オリンピック銀メダリストを相手に、美波さんの口調は、飽くまでため口フレンドリーだ。
こんなところが、さすがは我らが主席師範様だ。
「つまり、芝山美波に勝ちたくなったのよ。たぶん、その事の方が、柔道日本一になるより難しい事だろうって、あの時、私は感じたの」
無言で二人が見つめ合う。愛し合うカップルのように、どちらの表情も柔らかい。でも、溝田紀子の言葉の意味するところは、取り様によっては、けっこう殺伐感あるぞ。どうなってしまうの、この顛末。
「オリンピックでメダル取ったんだから、十分あたしなんかには勝ってるでしょ」
おおっ、見事ないなし方だ。さすが主席師範様だ。
「それはどうだろ。オリンピックの決勝で、当時の世界チャンピオンと戦った。国別対応戦では、中国の無差別級の選手とも組み合った。でも、相手が怖いなんて思ったことは、これまで一度もない。もちろん負ける事は、多少怖かったよ。だって国の代表だからね。私には背負っているものがあった。でも、純粋に、戦うのが怖いって感じたのは、後にも先にも、芝山美波だけ。私にとって、美波とはそんな存在。それは今でも変わらない」
美波さんは、なんとも言葉を発しない。涼しい顔で、それでも柔らかい微笑を浮かべたままだ。次の言葉を発したのは、溝田の方だった。
「私ね、総合の試合に出るの。今年の年末に。この齢になっても、闘志衰えずってやつかな」
「総合?」
「うん、総合。何でも有りってやつ。殴ってもいいし、蹴ってもいい。もちろん投げてもいい。ある意味、芝山美波が一番得意なルールって事になるかな」
美波さんが黙り込む。微笑みを携えたままで。今やただのギャラリーと化している柔心会本部の皆さまから、小さなどよめきが起こった。”総合“って言葉も、いま起こったどよめきの意味も、私なんかにぁ、まるで理解できない。
「でっ、ここからが今日私が美波に会いに来た本当の理由。ちょっとしたお願い」
「はぁ、何でございましょう?メダリスト様」
「もし、私が負けたら、敵討ちをお願いできないかしら?日本武道を代表して。もちろん、負けるつもりはないし、日本武道を背負うなんて気負いも、まるでないけどね」
「はぁ、慎ましく小さな店で整体師をやっております私ですが、メダリスト様のお願いは、覚えておきます」
柔心会の方々のどよめきが、さっきよりも大きく、深くなって広がった。
「はいはい、小さなお店の整体師さん。世界最強かも知れない整体師さん。その時にはよろしくね。会えてよかった。何だか私の原点を思い出せた気がする。ありがとう、美波」
たっぷりとたっぷりと、超一流同士が見つめ合っていた。




