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美波さん、テレビに出る(3)

今回もよろしくお願いします。


「はいはい、これが菊元さんの衣装です。のりパリパリの新品だと、いかにも素人っぽい感じなので、以前に私が着用していたものを、押入れの奥から引っ張り出しました。白帯ってのも少し見栄えがかんばしくないので、せめて水色帯くらいは締めてもらいましょうね。入会金も昇級試験費も不要です。出演料でチャラということで、全く問題ありません」


え~っと・・・これ・・・どういうことでしょう?昇級?出演?一体どういうこと?


状況を簡単に説明しよう。突然の電話で、整体シバヤマに呼び出された私の眼前で、美波さんが今、白い道着を私に手渡そうとしているのだ。そして美波さん自身も白い道着を着用している。この姿がなんとも凛々しく、そして美しい。


「何を言ってるんですか。菊元さんもテレビに出るんですよ。うちの道場にはむさ苦しいおっさんと兄さんばっかりでしょ。ここはテレビ映えする出演者が必要と考えました。少々悩んだ末に、菊元さんにも出演してもらおうと、まあ、そういうことです。もう決めました。主席師範の最終承認済です」


おっさんと兄さんばっかりって、そんなこと存じ上げませんがな。

テレビに出演ですって?えぇ~~~!!無理無理無理無理、ぜ~~ったい無理。


「いまさら何ですか!私をそそのかしたのは、誰あろう菊元さんです。バカの渉とグルになって。その罪は決して軽くないです。あまり時間がありません。テレビ用の撮影は来週です。まずは今から8級、すなわち水色の帯を締めるための審査を行います。では、着替えて下さい」


ちょっ、ちょっと待って下さい。確かに渉さんの片棒は担ぎました。そそのかした記憶もちゃんとございます。でも決定打はジャ〇ーズの△△じゃなかったでした?美波さんだって、どっちかと言えばノリノリだったじゃないですか。それに今から審査って何ですか?えっ、うわっ、マジ、ちょい待ち!


あっという間に私の衣類は剥ぎ取られ、道着姿の白装束と相成ったのである。すなわち死ねってことか・・・この際、左前にしときます?えり

※左前とはすなわち死に装束である。


「では、少し場所を替えます」



ここは整体シバヤマのちょうど真上の4階の一室。入口に表札のようなものは無く、ぱっとみ空き室のように思えたが、時代を感じさせる(たぶん)真鍮製の鍵を使って扉を開くと、そこには8畳ほどの空間が存在した。床は全面たたみ張り。壁や床にしみ込んだ汗のにおいが薄く立ち込めている。

奥には神棚。長短2本の木刀と思しきヤツが祭られている。

そして部屋の右奥に吊るされているのは、え~~っと、何て言うの?サンドバッグ?ボクシングの選手なんかがパカパカ叩いているアレ。


「ここが私専用のトレーニングルームです。ここなら多少ドタバタしても下の住民に迷惑がかかりません。というより下の住民は私ですから。さて、そんなことより時間がありません。まずは受け身からいきましょう」


美波さんが部屋の片隅にあったこれも古びた体重計を引っ張ってきた。そんなものもあったのね。


「はい、では乗って下さい」


えっ、いきなり体重測定ですか?その心は?まさかいきなり試合とかあって、そのための減量とか?あの~、初めに言っておきますと、食欲の秋と言いますか日頃の不摂生といいますか、ここのところ体重が右肩上がりの増加傾向にありましてですね・・・


「どうでもいいです。そんなことは。早くお乗りなさいな」


師範、ちょっと怖~~い。それでははばかりながら乗らせて頂きます。50kgをちょっと超えるくらいで針が止まって欲しいのですけれど、でも50の真ん中過ぎまで針は動くのでしょうね。さて・・・あっさりと細い赤針が、60って数字を通り越した。

人生最高体重をこのたび更新。おめでとうございます、ワタシ。


「はい、61キロ。じゃ、次です」


61キロってあっさり言わないで。この体重計0点調整できてます?長らく使われてなさそうだし。ちゃんと調整してもう一度とかダメでしょうか?最初の桁の数字が変わることって、こんなにもショックなことなんですね。

おや、それは何でしょう?毛布ですか??それにしても色々と備品が出てくるものだ。

どこからか取り出したる茶色の毛布を体重計に乗せる美波さん。


「はい、力いっぱいてのひらで、これを叩いてください。こんな風に・・・」


(バンッ!)


うわっ、ビビった~~ああ、だから手を痛めないための毛布なのですね。でもそれって本来の体重計の使い方ではないですよね。メーカさん、悲しみますよ。


「はい、菊元さんもどうぞ」


はぁ、では叩かせて頂きます。よく意味は理解できませんが。シンジの頬を力いっぱい叩いたのは一体何年前だったかしら。あの時の感覚を思い出してっと。えい!


(バンッ!!)


さきほど憎らしくも60の数字を超えやがった赤い針が、一瞬だけその付近まで跳ね上がって、そして綺麗に0に戻った。やっは、ちゃんと0点調整できてたのね。体重60キロオーバーという現実を、どうやら私は受け入れねばならないようです。


「いま一瞬50キロを超えるところまで針が跳ね上がったの、わかりました?つまり体が地に落ちていくとき、タイミングよく地面を叩けば、61キロある菊元さんの体重も10キロ程度の重さになるということです。これが受け身の意味です」


そう言いながら後方に倒れ込んだ美波さんが、背から畳に落ちた。両手で“バンッ”って畳を叩きながら。そしてすぐに、すくっと立ち上がる。


「では、これから私が菊元さんを投げますんで、しっかり受け身をとって下さい。畳を親の仇だと思って、しっかり叩いて下さい。失敗すれば、あばら骨が折れますよ」


ちょっ、あばら骨が折れるって、そんなちょっと・・・

けっこう美波さんの指導ってスパルタ系?


「では!」


美波さんが私の道着の襟を手にした次の瞬間、私の体は空で真っ逆さまになった。

この時ちょっとだけ、私は死を予感した。



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