美波さん、テレビに出る(2)
自分でも意外に思います。すぐエタると思ったのに。長編になりそう。引き続きよろしくお願いします。
いつも通りの足の指を介したマッサージを受けている。少し心臓を鳴らしながら。
私はいま、リラックスできていない。入店してすぐに温かいハーブティーを頂いたばかりなのに、何だかもう喉がカラカラだ。
すなわち、私は今、とっても緊張しているのである。
「菊元さん、今日はどうしましたか?筋肉が無駄に緊張していますよ」
さすがは美波さんだ。たった数分の施術で、もう私の緊張を見抜いている。
きょう私が、美波さんの店に訪れているのには、ある重大なミッションが関係しているのだ。
「師範にテレビに出るよう、カナちゃんから上手にそそのかせないかな。師範と俺の関係って、所詮は先生と弟子の関係だし。まだ店のお客のカナちゃんが言う事の方が、師範も聞く耳もつと思うんだけど。一緒に海外旅行にも行った仲でしょ・・・」
そんな感じが、あのファミレスでの渉さんの言い分。
さすがにそれは無理あるでしょう。だって私なんて、まるで柔心会のほうとは関わりがないんですもの。これが愛する(?)渉さんのお願いでなければ即却下。それぐらい高い難易度のミッションだと思う。
意識して体の力を抜こうとするのだけれど、何だか不自然に体が強張る。人の体とは本当にままならないものだ。
美波さんが、私の右足薬指をぐりぐりしている。この施術を受けると決まって左のこめかみあたりに血が流れ込む感覚がいつもはするのだが、今日に限っては血の流れが右腰近辺で止まってしまう。とっ、その時、薬指を握っていた美波さんの手が離れた。
「菊元さん、そろそろ白状しなさいな。私に何か隠してることがあるんでしょう。異常に体が緊張しています。これではまるで整体に来て頂いた意味がありません」
うわ、やっぱり美波さんは鋭い。何と切り出すか迷っていたのだけれど、その執行猶予すら奪われてしまった。
ここは正直に話すこととしよう。てか、それしか私には思いつかない。他の作戦・戦術はない。何より早くこの緊張から解放されたい。楽になりたい。あの~~実はですね・・・
「ほうほう、柔心会の宣伝のために、私にテレビに出演しろと。あの渉のバカタレが」
バカタレって、一応私の彼氏、否、言い過ぎた。それでも彼氏候補なのですけれど。それをバカ呼ばわりってどうでしょう。それに曲がりなりにも社長さんですよ。渉さん、いま。
「バカはバカです。柔気道を宣伝したい?武術の技なんてものは、世に知れ渡ってない方がいいに決まってます。敵を制するには、まず相手を知ること。そして己を相手に知られない事。武術の技を宣伝したいという発想自体が、そもそも武術家の発想から大きく逸脱しています」
うわっ、ヤバい美波スイッチ押しちゃった。
でも、いま自分で口にして思ったのだが、もし美波さんが公の電波で、渉さん曰く(化け物系妖怪レベル)の柔気道の技を披露すれば、そりゃあ人気でちゃうと思う。なにせ綺麗だし、スタイル抜群だし。やっぱルックスって、色んな局面で重要だと思う。不公平な事この上ないとは思うけど。実に世は理不尽だ。そのことを否定する程、私はもう乙女ではない。
「それが原因で、菊元さん、今日ガチガチに緊張していたと。つまりそういう事ですね」
はい、仰せの通りです。私はバカタレの片棒です。ふぅ、一応伝えましたよ。今宵はこれでお役御免ということでよろしいでしょうか。
「その何とかっていうバラエティー番組、菊元さんはご存じなんですか?」
ああ、ゴールデンタイムの放送で、けっこう視聴率は高い番組だったかと。決してテレビっ子ではない私でも知ってるくらいですから。確かジャ〇ーズの△△さんが、メインパーソナリティだったかと存じます。
「えっ、マジ?あの△△がメイン??あら、私ファンなんです。あのクールでありながら、頭の回転が速くてジョークも冴える。二枚目とはこの顔の事をいうんだって感じだし。まさかとは思いますが、もし出演したら、△△と会えてしまったりするのでしょうか?」
さあ、それはどうでしょう。でも少なくとも柔心会主席師範芝山美波の顔と名前は、△△氏の知るところとなるのは間違いないでしょうね。なにせメイン司会ですから。私はあのひょろっとした縦長の体型があまり好きではないですが。
「まあ、そういう事でしたら、柔心会のためにひと肌脱ぐのも、主席師範たる私の使命の一つかも知れませんね。ちょっと真剣に考えようかしら」
おや、そう転がりますか。
限りなく難易度が高いと思っていたミッションは、思いのほか軽々とコンプリートされたのである。




