美波さん、テレビに出る(1)
明けましておめでとうございます。新章突入です。
「それにしても、柔心会をもっと宣伝して大きくしようって気がないのかぁ~うちの師範様は。宣伝効果抜群だと思うんだけどなぁ~」
トロトロに溶けたチーズがたっぷりと乗っかった特大バンバーグをナイフで刻みながら、渉さんが愚痴る。
ここは某商業ビル9階にあるファミレスの一テーブル。夜景が見える窓際の席で、私と渉さんは向き合って食事している。昨夜の渉さんの電話がきっかけだ。
「〇〇レストランが、いま“秋のハンバーグフェス”ってのやってるんだよ。明日、一緒に晩御飯食べない?」
こんな渉さんの誘いに乗っかった形で、いま“特大ハンバーグとろとろチーズ3種乗せ”を嬉しそうに食べている渉さんの顔を眺めながら、彼の愚痴を聞いている訳だ。因みに私が食べているのは、完熟トマトデミソースハンバーグのレギュラーサイズである。
いまや店舗は小さいながらも、れっきとした一洋服店の社長である渉さんが、そんな立場になっても、私ごときを夕食に誘ってくれることが、本当にうれしい。庶民的な店の選択も、まるで気取ったところがなく、そんなところも好感度大だ。
えっ?いい機会?宣伝効果??なんの話だ、一体??
「ああ、話してなかったっけ。△△テレビのバラエティー番組の企画でね。なんでも“超一流が嫉妬した超一流”って題目らしい。そのコーナーへの出演依頼が、師範のところにあったらしいんだよ」
あっ、その番組知ってる。えぇ~~、美波さんにテレビ出演のオファー?しかも全国放送!!それって、かなり凄くないですか?
「カナちゃんは、溝田紀子って知ってる?柔道のオリンピック銀メダリスト」
いや、知らない。柔道選手で知っているのは“カツグちゃん”だけだ。オリンピックで金メダルを取って引退したらしいけど、今でも偶にテレビに出てるのを見ることがある。確か人気お笑いタレントとの熱愛が報道されてませんでした?瞬く間に破局したって話だったけど。
「まあ、”カツグちゃん”はルックスも良かったし、しかも金メダリストだからね。でも玄人筋が語るには、本当に強かったのは溝田だって言うよ。オリンピックの決勝で負けたのも、全く寝技を知らない三流審判団の誤審が原因で、もう数秒“待て”の合図が遅かったら、間違いなく溝田は相手を押さえ込んでいただろうって噂だよ」
はぁ、その話と美波さんがテレビに出るのと、どう結びついてくるのでしょう?
「それがどうも、溝田紀子と師範は、同じ高校の同級生で、それもクラスメートだったらしいのよ。でっ、その後の銀メダリスト溝田が、高校時代に嫉妬した超一流ってのが師範、つまり芝山美波だったという訳らしい」
へぇ~そうなんですか。でも美波さんが、(テレビに出たい)なんて言う人でないのは分かります。何となくのイメージだけど。
「ホント、師範って掛け値なしに強いのよ。その強さは、普通の人間が想像もつかない化け物か妖怪レベルなんだよね」
そうですよね。渉さんも含め、若い男が12人で挑みかかって、全員ぶちのめされたんですよね。
「うわ、カナちゃんも言うようになったね。確かにそうだよ。でも、フツー誰も信じないでしょ。小柄な女一人の手によって、暴走族12人が全滅させられたって話。でも、それが嘘偽りのない事実であることを、俺は知ってるんだよ。なにせ正真正銘の当事者だから」
(あ~~~、ホント、いい機会なんだけどな~~~)
嬉しそうにハンバーグをほおばり、それでも少し悔しそうにそう呟く。
渉さんのそんなボヤキを、その食事の間に、10回以上も私は聞くこととなったのである。




