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おやっさん(5)

なんかおやっさんの喋り方が江戸っ子風になってしまった。違和感ありますか?


「おう、どんな内容だったい?」


上半身を起こした格好で、男性が渉さんに問う。


「んっ、どんな内容とは?」


「だから電話の内容だよ。仕事の電話だったろう?」


「ああ、それは・・・」


病室に戻っていた渉さんと男性とのやり取りは、やっぱりどこかギクシャクしている・・・ように感じる。たぶん私の思い過ごしだけではない。


じんさんからだったよ。オーダーメイドのスーツ一着の注文が入ったって事だった」


「へぇ、いまどき珍しいな。量産既製品も、昨今さっこん十分に質が高いからな。素人じゃ、まるで見分けがつかないだろうな」


「いや、オーダーメイドの依頼は、特に珍しくない。それ自体は・・・」


あれっ、何だか渉さん、少し戸惑ってる?うん、明らかに病室を出ていく前と後とでは、様子が変わっている。おかしい。変だ。


「何をそんなに動揺してんだい?」


さすがは社長さんと言ったところか。とても鋭い。渉さんの僅かに見え隠れする様子の変化を、ちゃんと見抜いている。


「職人の指名があった。先方さんのご指名だよ」


「へぇ、でっ?」


「俺が指名された」


「それは職人冥利に尽きる話じゃあねぇか。何をそんなに困ることがあるんだい?」


「別に困ってはいない」


渉さんの声が固い。男性の声は、つっけんどんなようで奇妙な温もりがある。そんな矛盾が存在する男性の語り口調は、どこか今を楽しんでいる感じすらする。

不思議だ。死を間近にした人が、どうしてこんな楽しそうで、優しい顔ができるのだろうか。


「着丈、胴回り、肩幅、首回り、それと生地の指定があった。このオーダーを入れてくれた人は、相当に服の仕立てに詳しい人だよ」


「へぇ。まあオーダーメイドしようって人だからな」


ぶっきらぼうに男性が言う。渉さんは真っすぐに男性を見つめる。その真っすぐな視線を、男性は真正面から受け止めている。


「裏地一面に、”ソメイザクラ”の刺繍を入れるように指示もあった」


「ほぉ・・・」


「ソメイザクラ。別名吉野桜。このオーダー、おやっさん、貴方あなたのオーダーですね」


男性は渉さんから視線を逸らさない。真っすぐで、そして温かい眼差しを変えない。

渉さんの真剣な表情と男性の穏やかな眼差しが、静かに交錯している。

5秒、10秒。とっ、そのとき、静かに男性が口を開いた。


「俺のエンディングドレスだ。自分の後継者に、俺自身のエンディングドレスを仕立てて貰う。とびっきり洒落たやつをな。職人の最後ってのは、こうでなくちゃいけねぇ。精々気張ってこしらえてくれや」


その男性の言葉の後、再び訪れた沈黙。壁に掛かっている丸時計の秒針が刻む微かな音すらも聞こえている。とてもとても静かだ。


この膠着を動かしたのは、渉さんの動作だった。ダークグレーのスーツの胸ポケットから、何かを取り出した。それは、くるくると小さく丸められたメジャー。


「腰回りと袖丈そでだけ、それと首回りを再測させて頂きます。以前よりお痩せになっているようですから・・・」


渉さんの声が震え、そして湿っていた。


「おう、いい判断だ」


男性の声は、とてもとても嬉しそうだった。



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