美波店長とタイを旅行する(28)
次章でタイ編終了です。長々と失礼しました。
茶色く濁った海の水は、けっして綺麗とは言い難い。砂浜も白くはない。それでも人が捨てたゴミのようなものは、この浜辺にはまるで確認できなかった。
観光客それぞれの意識の高さに因るところなのだろう。
だだっ広い砂浜の所々に、太い樹木が点在している。その一本の陰の下で、私達3人は、無料でレンタルできたビニールシートを広げ、そしてビキニ姿で座っている。
ビキニ姿でホテルのビュッフェから持ち出した数品のタイ料理を食べているのだ。浜に打ち寄せて、そして沖に戻る茶色い波を、無言で見つめながら。
今朝のこと、ホテル2階のレストランで、アーリアさんと私は、バイキング形式の朝食を食べた。時間にして15分ほど経過し、ちょうどいい具合にお腹が膨らみ始めた頃、アーリアさんが言ったのだ。
(シハンノアサゴハン・・・アサゴハンタベナイ、カラダニヨクナイデス)
アーリアさんが、何やらレストランの若い女性従業員さんに話しかけ、そして数品のタイ料理を、プラスチック製の容器に包んでもらったのだ。
これって有りなの?と、少し心配になったが、考えると、昨晩アーリアさんが無承認で私達の部屋に宿泊した事についても、まるでホテルから咎められなかった。単にホテル側が気付いていないだけかも知れないが。
料理を包んでくれている従業員さんにも、嫌がるような素振りはなかった。もしかしたらタイのホテルでは、こんなのが実は普通なのかも知れない。
そして、美波さん一人の朝食には、あまりにも多すぎる量のタイ料理を、このビーチに持ち込み、私達3人は、いまシートの上で食べている訳である。飲み物は、これもホテルの部屋に備え付けられていた冷蔵庫から、勝手に持ち出した缶ジュース。都合6本。
私達は3人とも水着姿である。
美波さんが生地の小さい黒いビキニ。アーリアさんのビキニも黒色ではあるが、美波さんのそれよりは、少し生地の面積が大きい。彼女の水着は、ホテルからこの海岸までの道中で見つけた小さな店で、つい先程に購入したものだ。
そして私が、やや艶を抑えたオレンジ色のビキニ。これが私にとって人生初のビキニ姿である。海外だからこそ、可能な所業だ。
美波さんとアーリアさんの体は、それはもう鍛えられた筋肉質で、対照的にたっぷりと脂の付いた自分の体が、ビキニを着けること以上に、とても恥ずかしかった。
肌の色も様々な海外からの観光客と思しき人達が、海に入って泳いでいたり、ビーチボールで遊んでいたりする。そして驚いたのは、女性の何割かは、これがなんとトップレス姿なのだ。異国の地にいるという解放感が、彼女達を大胆にしているのだろうか。
そんな皆の表情は底抜けに明るい。この世に憂いなど、まるで存在しないかのような朗らかさだ。
そんな彼ら彼女らのバケーションが、一週間なのか一か月なのか知る由もない。
それでも母国に戻れば、相応の悩みや苦しみを、また抱え始めるのだろう。
「菊元さん、私はある傾向を発見しました」
私と同じように、無邪気にはしゃぐ観光客を静かに見ていた美波さんが言った。
「えっ、傾向とは?」
私は問い返す。
「はい、私の発見した傾向とは、トップレスで泳いでいる人が、必ずしも皆が立派なバストの持ち主ではないということです。むしろ貧乳さんの方が、おっぱい丸出しで泳いでいる率が高いです」
はぁ?なんの分析なのでしょう??今まで黙りこくって、そんな目でビーチを眺めていたのですか?
「どうしてなのでしょう?菊元さん、どう思いますか?」
いや、どう思うと問われても。そうですねぇ・・・
「プチバストの方が、抑えなくても泳ぎの邪魔にならないというか・・・そんなところが理由なのではないでしょうか」
(ああ、なるほど)と、美波さんが納得顔をする。
「プチバストって素晴らしい表現ですね。全く卑屈さが感じられません。それでしたら、私なんかもトップは不要ですかね?」
いえ、ごめんなさい。そんなつもりで言った訳では。それに決して大きくはないですが、美波さんの持ち物は、それなりって言うか、プチバスト以上標準サイズ未満と呼びますか、え~~っと・・・これは困った。
「別の考え方もあるかも知れません。グローバルな観点では、むしろプチバストの方が世の需要として大きいのかも知れません」
じゅっ、需要って何ですか?でも言われてみますと、トップレスの女性、プチバスト率が高いように思えます。確かに。
「それでは私達も、ここは郷に従えってことで、トップレスになるとしましょうか」
(えっ、ええぇ~~!!)って動揺する私を尻目に、美波さんはあっさりと上を脱ぎ去ってしまった。綺麗なおわん型の丸み二つが露わになる。
ちょっ、ちょっと、止めましょうよ。アーリアさんも黙ってないで何か言ってやって下さい、って、アーリアさん、アンタまで・・・
何の躊躇もなく、アーリアさんまでトップを投げ捨ててしまった。うわっ、若者のバスト。ツヤツヤで張りがある。
何人かの男性観光客の視線がこちらに向けられる。
ほら、みんな見てますよ。上、着けましょうよ、って提案する間もなく、もう2人が海に向かって走っている。走った際の腰と太もも回りの筋肉の躍動が、2人ともえげつない。
前世はたぶん、ネコ科の猛獣だったのだろう。二人とも。だとすれば、私は・・・牛かオランウータン?
海水に膝まで浸かった状態の二人が私を手招きする。
「ちょうどいいお湯加減ですよ~~。菊元さんも泳ぎましょう~~~」
美波さんの大声。お湯加減ってのは、さすがにおかしくないですか。でもよかった。朝の段階の美波さんの声は、ちょっとこちらが心配になってくるほどに暗く沈んでいた。いまは少し声に張りが感じられる。これも朝ごはん効果なのだろうか。
それはまあ、よかったとして、でも私、泳ぐのはいいですけど、トップレスにはなりませんからね。絶対に。
心でそう誓いながら、美波さんが今朝買ってきてくれたベージュ色のヒールを脱ぐ。
あっ、包帯どうしよう。元々包帯を巻くほどひどい怪我じゃないし。えい、もうとっちゃえ。
「菊元さ~~ん、すごく気持ちいいですよ~~~」
はいはい、分かりました。ちょっと待って下さい。いま包帯をとってますので、よし。
準備が整い、二人のところに駆け寄ろうとした私の足が、なぜか止まった。
なんで私は立ち止まった?
私の中の誰かが、何かを囁いている。私に向かって。アンタ誰?そして何を言ってるの?
「菊元さ~~~ん!!」
腰上まで海水に浸かった状態の美波さんが、飛び跳ねながら、私を呼ぶ。
プチバスト以上標準未満が、その度水面近くで上下する。
そんな日本ではあり得ない光景が、私の常識の何かを麻痺させたのかも知れない。
気付けば私は、自分で水着の上を脱ぎ、2人のところに向けて駆け出していた。
標準サイズが上下に揺れて、少し痛かった。でも、右足の裏は、もうまるで痛まなかった。




