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乙女のピンチ(お見合い編3)

目標はエタらないことです。


「はい、それではうつ伏せになって下さ~い」


差し当たった問題は顔の浮腫むくみなのだ。それでもうつ伏せなのだ。全く疑う気持ちが起こらない。全幅の信頼を、私はこの店長さんの施術に抱いている。全幅過ぎて何だか馴れ馴れしいとすら、自分で思う。なにせまだ2回目の来店なのだ。


言われるがままうつ伏せになった私の背中を、前回と同じように首筋から背骨に沿って、店長さんの指が下りてくる。鳥肌が立つような絶妙な力加減とリズム。


「ごめんなさい、汗まみれで・・・」


「いいですよ~」


このやり取りも前回とまるで一緒。心地よい。何だか実家に帰ってきたかのような安心感と言うと、少し言い過ぎだろうか。

店長さんの指が首筋からお尻の下まで2往復する。これも前回と同じルーティーン。


「ふ~~ん」


(如何な感じでしょう、29年モノの私の体は?)


心の中で、店長さんに話かける。


「前回と比べると、左右のアンバランスは改善されてますね。肩こりも以前ほど辛くないでしょう?」


「あ、はい、肩こりは全く問題ないです。それはもう以前の悩みが嘘のように・・・」


うつ伏せのまま、くぐもった声で感謝を込めた返答をする。


「それは良かった。でっ、問題は・・・」


そう言いながら店長さんの指が押さえた箇所、それは、何と表現すればいいのだろう、尾てい骨のだいぶん上で、少し体の中心からは右側。右のお尻の膨らみの上っ側とでも言えばいいのか。


「じゃあ、今度は仰向けになって下さ~い」


そう言い残すと、何故か店長さんは一旦施術室を出て行った。と、戻ってきた。はやっ!


「枕・・・まくら」


そう言ってベッドの下から清潔そうな白いカバーに包まれた枕を取り出した。

仰向けに寝転がろうとしていた私の後頭部の下に差し込み、(しばしお待ちを)と口にして、再びドアの向こうに出て行ってしまった。

仰向けに転がり低い天井を見つめる。染みかデザインかも分からない天井の縞模様をぼんやり眺めながら、ふと夕方からの事を考える。一気に気が滅入ってしまいそうになる。

意識して爽やかな香の匂いを胸一杯に吸って、ゆっくり目を閉じると、気休め程度には気が落ち着いた。


すぐに店長さんが戻ってきた。薄く目を開き確認すると、手にしているのはたぶん蒸したタオルだ。両手の上で、空にタオルを遊ばせて熱を拡散させている。ちょうどいい温度になるのを待っているのだろう。

すぐに温度はいい塩梅あんばいに下がったようだ。2枚のタオルを鼻の上と下に被せられた。鼻の部分がしっかりと出ているので、呼吸が苦しくなったりはしない。ようやっと、問題のお顔の処理に取り掛かるらしい。期待できる。


「熱くないですか~」


(はい、大丈夫です)


それを伝えたいが、口はタオルで塞がれている。

軽くあごを引いて、問題ないことを伝えた。

そうしている間に、店長さんの手が、私の下腹部右側辺りを押さえた。

ついさっき、(問題は・・・)と言ったその箇所の、ちょうど裏側だ。


(くいっ、くぃっ)と強めの圧力を掛けられた。おっと、危ない。オナラが出そうになったが、何とか耐えた。


「これですねぇ~問題は・・・」


そう言ってしきりに店長さんは私の下腹部右側を押さえる。圧迫感はあるが、それは店長さんの指がそこを押さえているからであって、別に痛みだとか懲りだとかは感じない。

一体なにが問題なのだろう。


「最近、ウンウンさんのではどうですか?」


(ウンウンさんので?)


蒸しタオルが口の上に乗ってるので喋りづらいが、よく分からないのでくぐもった声で質問する。


「ウンウンさんのでとは?」


カラカラといつも以上に笑った後、店長さんが言う。


「ウンチですよ、ウンチ。ここにずいぶん溜まっているようです。ウンウンさん」


(くぃっ)と圧がその部分に加わる。またまたオナラが出そうになった。というか、軽く出た。音がしない程度に辛うじてスカした。

でっ、ウンウンさんの話ですね。えっと、昨日は二日酔い覚ましの意味もあり、大量の水分を取った。よってお小水しょうすいの方がいつも以上に排出したが、固形物の方は出していないはずだ。今朝も全くももよおさなかった。それじゃあ、二日前、金曜日はどうだっただろう。もしかして出してないかも。


「ここ2~3日くらいは、もしかしたら出してないかも知れません」


少し女として恥ずかしいカミングアウトをした。


「でしょう。それがお顔の浮腫みの原因の一つですね。菊元さんの体重が55キロくらいでしょ。だとしたら毎朝最低でも250グラムのウンウンさんは出しときたいですねぇ」


こら、女の体重を誤差なく当てるなよ。とは言え、さすがは整体師だ。さすがはプロだ。でもそれが浮腫みの原因だとしたら、こいつは難敵だ。便秘・・・こいつも肩こりと並んで私にとっての永年の宿敵なのだから。これは不安になる。


「大丈夫ですよ、いいお薬がありますから」


えっ、薬ですか?でも今晩はお見合いだし、和歌山までの移動もあるし、薬でお腹がゆるいってのは、かなりマズい気がするのですけど。

そんな私の不安顔がタオル越しに伝わったのだろうか。


「心配要りません。これがよく出来たお薬でね、熱いシャワーを浴びるといっぺんにお腹の調子が普通にも戻るんですよ。外国の薬ですけど。ちょっと持ってきますね」


またまた店長さんは部屋を出て行ってしまった。今日の店長さんは何時いつになく動きがせわしない。まだ今日が二回目だけど。数分後に戻ってくる店長さん。


「はい、じゃあちょっとだけ上体起こしてお薬しましょうか?」


顔に乗っかっていた蒸しタオルをどけられた私は、ゆっくり上体を起こす。

言われるまで全く自覚がなかったが、確かにお腹が少し張っている感じがする。でもこれはよくあることだ。決して私的には珍しく症状ではない。


「はい、お薬」


笑顔の店長さんの掌にあるのは2錠の丸い錠剤。その色は、なんとバルト海のような青色。バルト海なんて見たことないけど。どこの国の海かも知らないけど。

しかし、普段服用する薬でこんな色の薬なんて見たことない。奇抜な色が毒々しさを感じさせる。この薬を開発した人の色彩感覚を疑わずにはいられない。やはり外国の人の色彩感覚は、日本人のそれとは違うのだろうか。本当に飲むの、これ?って感じだ。


「あれ、ちょっと待って下さい。この薬、色と言い形と言い、バイアグラとそっくりなんですよね。ちょっと確認してきます。間違えてたらエライことなので」


またまたスキップするようなリズムで部屋を出て行ってしまった。とても楽しそうだ。

絶対、店長さんは今のこの状況を楽しんでいる。同性の不幸なのだ。楽しくない訳がない。

えっ、バイアグラって、あのバイアグラ?男性機能を充実させるという?


全幅の信頼を抱いている。しかし、この嬉々とした店長の様子、ちょっとだけ私はこの時不安になった。

不安にはなったが、出来ることも言えることもない。一度起こした上体を倒し、またまた仰向け状態で低い天井を眺める。

ふと、入口で見た写真に写る老人の顔と、(12人を相手に・・・)という店長さんの意味深な言葉が脳裏に復活する。

何かが古い記憶に触れそうになる。いや、それほど古くないかも知れない。何だろう、12人・・・古武道・・・かすり傷・・・何かが記憶の側線をむずむずと刺激する。


(あっ!)


あれはまだ私が実家にいた頃の、ある週末の夕方の一コマだ。実家にいた頃だから、最低3年以上前の話となる。ニュース番組を母と二人で何とはなしに見ていた時の記憶だ。夕食中だったか、夕食前だったかは記憶が定かでない。

番組のアナウンサーが口にした内容は、何だか回りくどくてよく分らなかった。


(バイクを運転していた男性グループと男女二人組が・・・言い争いとなり・・・この際、男性グループ12人が鼻や肋骨を折るなどの重傷・・・一人が顔などに軽傷を・・・)


そんな女性アナウンサーのオブラートに包み過ぎて、全く本質を覆い隠した語りよりも、たまたま付近を通りかかり、その一部始終を見たという顔にモザイク処理が施されていた年配と思しき目撃者のコメントの方が、遥かに状況を露骨に表現していた。


(暴走族がね、たぶん公園でデートしてたカップルの女の子の方にチョッカイ出しよったんですよ。ここらでよく見かける達の悪い奴らですわ。でっ、それであっという間に乱闘になってね。いや、凄かったねぇ、バッタバッタと暴走族の方が倒されていきよるんですわ。何人かは、そら、飛びましたよ、ほんま、ぼ~~んって)


(その男性は、何か武道でもやってたんでしょかね?)


そんなインタビュアの問いの後、再びマイクを向けられた目撃者がさらに興奮した口調で語る。


「ちゃうちゃう、暴走族をバタバタ投げ飛ばしたのは、女の子の方ですよ。男の方は、その時にはとっとと一人で逃げてましたわ。男の側は情けないけど、これからの時代の女子は、ああじゃないといかんと思いましたわ。ええもん見ましたわ、ホンマ」



(な~~んだか、ちょっとスカッとする話ね。基本、暴力は反対だけど)


そんなセリフを母は口にしたように思う。

確か現場は神戸市内の花時計公園だったはずだ。そこはこの整体店からごく近い場所。これはただの偶然なのだろうか。何だか少し気になり始めた。

その時、バタンと、少し乱暴にドアが開けられた。


「大丈夫、大丈夫。そのお薬で正解です。あれっ、どうかしました?」


意図せず少し丸くなった目で店長さんの笑顔を見つめていた私に、店長さんはそう言った。


「あっ、いえ、何でもありません」


思わずそう口にしたものの・・・でも・・・まさかね。



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