美波店長とタイを旅行する(19)
ホント終わるのかなって思ってます。
「イカの丸焼き、アロイ、アロ~イ!」
「テン・モーパン、アロ~~~イ!!」
(アロイ)とは、日本語の(美味しい)を表すタイ語であるらしい。
(アロイ)を連呼し、串に刺さったイカの丸焼きにかぶりつき、スイカジュースを喉に流し込んで、仲の良い姉妹がはしゃいでいる・・・ように周囲は見ることだろう。
仲の良い姉妹とは、もちろん美波さんとアーリアさんのことだ。ホント、美波さんって若く見えるよな。顔小さいし、体型スマートだし。これを機会に私も少しダイエットしようかな、なんて考えてしまう。どうせすぐに忘れる決意だけど。
「菊元さん、しっかり食べてますか?」
はい、食べてます。イカの丸焼きはもう2匹目を頂いてます。
「それ食べ終わったら、今度はイカにタイ米を詰めたイカご飯も頂きましょう。やっぱり日本人はお米をお腹に入れとかないと」
またイカですか。確かに美味しいことは、とても美味しいですが。それにしてもイカとスイカジュースがこれほど相性いいなんて、相当にビックリしてます。私。
レストランなんかで食べているのではない。恐ろしくダダ広い公園に広げられた屋台形式の出店の一つ。テーブルなんて上品な物は無い。皆が立ち食い。
右手にイカ焼き、左手にスイカジュース。何とも行儀の悪い態で、私たちは食事をしている。それにしてもこの出店の数。ざっと数えて50店は超えているだろう。
衛生面は、あまり深く考えないことにしよう。野良犬とかいっぱいうろついてるし、巨大なゴキブリ5匹は見たし。でも美波さんに言わせると、(生水さえ飲まなければ、大抵は大丈夫)なのだそうだ。大抵ってところが少し怖い感じするけど。ところで・・・
「ここでプロレスの興行か何かが、今日あるんですか?」
私が気になっていたのは、広場の中央付近に作られている2つのリング。プロレスかボクシングをやるあの四角い形のやつ。
「ムエタイですよ、ムエタイ。タイ式ボクシング。まあ、超マイナー興行だけど。タイ人の娯楽の一つです。実はそれも今日の目当ての一つなんです」
ムエタイ?ああ、アーリアさんが美波さんを蹴飛ばそうとしたキックを、ヤナギさんが(ムエタイの蹴り)って表現してたっけ。キック有りのボクシングって感じが、格闘技素人の私の勝手な想像であります。
「ヤナギさん、例のモノ、持って来てくれた?」
おや?例のモノとは一体?たまに二人は自分達だけのよく分らん会話をする。説明されてもたぶん私には皆目分からんだろうけれど。
「はいはい、持ってきてますよ。でもそんなに食べたり飲んだりした後で、本当にリングに上がるつもり?」
リングに上がるって誰が?おや、ヤナギさんが右手にぶら下げていた紺色のボストンバッグをごそごそしている。取り出したるは・・・んんっ、短パンですか、それ?シルバーに輝くえらく派手な色調の物。お尻の部分に何か文字が入っている。これもド派手なピンク色の丸文字。あっ、日本語だ。漢字も混じっている。なになに、(西宮格闘技サークル)?
ひったくるようにして派手な短パンをヤナギさんから受け取った美波さんが、それを広げてまたまた無邪気な笑顔になる。
「うん、完璧!気分上がってきた。よし、予定変更。まずはリングに上がりましょう。そのあと、ゆっくりとイカご飯を頂きましょう。それでは、ちょっくら着替えてきます。え~~っと、おトイレはあっちか。ではでは、後ほど・・・」
美波さんが駆け足でトイレ方向に消えていった。スキップするかのような躍動感。あの~、ヤナギさん、解説をお願いします。
「まあ草野球のムエタイ版です。誰でもリングに上がれるんですよ。でっ、毎回タイに来た時には、この草ムエタイのリングに上がってるんです。美波さん」
ああ、なるほど・・・って訳にはいきません。さっき、柔心会の道場でアーリアさんとアーリアさんの彼氏と2回も美波さん、戦ってますけれど。まだあの人は戦うのでしょうか。ムエタイですよね。でもって、西宮格闘技って何?
何から聞いていいのか疑問が多すぎてなんとも・・・
「西宮格闘技サークルってのは、僕が昔、日本にいた頃に通ってた格闘技サークルで、美波さんとの付き合いも、実はそこがきっかけです」
はあ、その西宮うんちゃらのパンツを着けて、今から美波さんはリングに上がると。お話自体は繋がった感ありますが、何故に美波さんは、そこまで戦うのでしょう。自らの身を暴力の危険に晒すのでしょう。私には理解できかねます。
「まあ、危険ってものに対する捉え方の問題ですね。大きなグローブを着けて、ほぼ同じ体格の人間と殴り合うムエタイのリングよりも、飲み屋街で肩が軽くぶつかって起こるいざこざの方が、ある意味はるかに危険です。相手は一人とは限らないし、刃物が出てくるかも知れないし・・・多少、リングの上では、相手が普通の人よりは強いというだけで」
まあ確かにそれはそうかも知れませんが、何もわざわざって私なんかは思っちゃいます。
「武術とは所詮人を傷付けるための技術と知識。それを発揮する機会なんて無いに越したことは無い。それでも、時に理不尽な暴力に対抗するため、時に愛する者を守るため、致し方なく強固な鞘から抜く、研ぎ澄まされた伝家の宝刀・・・」
あっ、そのお言葉、聞いたことあります。確か美波さんのお店で、美波さん本人から。
「何度も美波さんから聞いたんで覚えちゃいました。まあ、そんな刀を磨いてるんでしょう。今日リングに上がるのも、彼女にとっては、そんな自己鍛錬の一環なんでしょう」
でも心配じゃないですか。私なんかよりヤナギさんは美波さんとの付き合い古いんですから。
「まあ、それが芝山美波ってことなんでしょう。僕なんかがあれこれ口出しすることじゃない」
「お待たせ~~~」
声の方向に振り替えれば、長い黒髪を一か所で束ね、黒いタンクトップ姿の美波さんが立っていた。そこまでは整体シバヤマで動き回る美波さんのいつもの姿そのままだったのだ。その細い腰に輝く派手なシルバーの短パンの存在を除いては。




