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乙女のピンチ(お見合い編2)

今日も楽しく書いてます。


災害的酷暑とはよく言ったものだと思う。これは下手すりゃ、体の弱い人は死ぬ。


駅から歩くこと20分。まだ時刻は午前9時前なのに、すっかり全身汗まみれだ。頭の天辺が熱い。今朝のテレビが語るには、今日ここらの最高気温は37℃の予報。

そして私は、夜の7時から和歌山市のホテルで、人生二度目のお見合い。

これほどに気の乗らない週末の朝も、実にめずらしい。

唯一の救いは、今からあの店長さんのマッサージを受けられることだ。前回に受けたマッサージの快感が鮮やかに蘇る。あれからすでに3カ月近くも時が経っているというのに、あれほど慢性化していた肩こりの症状が、今ではほとんど自覚症状が出ない。店長さんのアドバイス通り、机の中央付近でキーボードやマウスを使うよう心掛けている効果なのかも知れない。やっぱりプロの一言は違う。


(山下ビルヂング)


そう、ここ、ここ。あの心地よい一時ひとときが、俄然がぜんイメージとして復活してくる。

『↑』ボタンを押すと、すでにエントランスで待機していたエレベータの扉が、一呼吸遅れて両開きにゆっくり開いた。上昇速度もやっぱりゆっくり。何だか懐かしい。

3階最奥の部屋までてくてくと歩み、ダークブラウンのドアをノックする。


「は~い」


涼やかな声がドアの向こうから聞こえた。それだけで何とも気が和む。

そして、あの香の匂い。まだ2回目の来店だというのに、どうしてこうも落ち着くのだろう。


「朝早くにすいません。菊元です」


ドアを押し開き、そう告げる。


「おはようございます。ようこそ、アンパンマンのお姉さま」


本当に爽やかな笑顔とユーモア。年の頃はおそらく三十路半ば。自分もこんな風に年を取りたいものだとすら考える。

黒いタンクトップは前回と一緒。下は淡いベージュ色のデニム生地のショートパンツだ。

そんなラフな格好が、とてもよく似合っている。

伸びた足はすらりとしていて、でも肉が少なすぎない。

輝く黒髪がまっすぐ背中に垂れている。そして同性でも惚れてしまいそうになるすっきりとした小顔。対照的に、私の顔は浮腫んでぱんぱん。これは恥ずかしい。


「前にせっかく小顔にして頂いたのに、こんな有様ありさまになりまして、申し開きのしようがありません」


膨らんだ頬っぺたを両の掌で押さえ、私は頭を下げて謝る。謝ってしまうのだ。


「あら~、これは・・・整体師として、とってもやり甲斐のある仕事になりそうですね」


「やっぱり・・・膨らんじゃってます?」


「それはもう、焼きたてのアンパンのごとく」


からからと笑われると、恥ずかしさのあまり、思わず私は下を向いてしまった。


「じゃあ、早速取り掛かりましょうか、おっと、その前に・・・ハーブティーでした。しばらくそちらに掛けてお待ちを」


店長さんは急ぎ足で奥に行ってしまった。私は3人掛けくらいの大きさの黒いソファーに腰を下ろす。ふと、首を上げた時、私は壁に掛かってあった額縁入り白黒の2枚の写真に気付く。


一つは胸から上、上三分姿の老人の写真。白髪で髭面。もちろんのこと髭も白い。服装はたぶん和服。どちらかと言えば、なで肩体型と思われる。

年齢は60代後半か、あるいはそれ以上。

私の両親がまだ50代なので、これくらいの年代の人物の年齢が、うまく想像できない。

そしてこれが不思議なのだが、年齢がよく分からない割には、この老人が小柄な人物であることがなんとなく想像できるのだ。理由はよく分からない。顔の骨格だとか髪の広がり具合だとかを総合したイメージだ。


そしてもう一つの写真。これが何とも奇妙な写真だ。

中央に移っているのは、間違いなく上三分姿の写真の老人と同一人物。その老人が、何やら制服姿のガタイのいいお兄さん達10人くらいに囲まれているのだ。どこか殺伐とした緊迫感が、古い白黒写真から洩れ漂っている。一体、これってどんなシチュエーションなのだろう。そしてこれも、どことなく雰囲気がとしか言いようがないのだが、大勢に囲まれている老人の方に、全く委縮したような様子が感じられないのだ。むしろ大勢いるお兄ちゃん達の方が、この小柄な老人一人を相手に、やけに警戒している態である。

もちろん、古く解像度の悪い写真一枚だ。私のただの思い込みである可能性の方が高い。



「このシバヤマ・ソウジュウロウを、この程度の人数で取り押さえようとは、われも安く見積もられたものよ!」


そんな喝の利いた大声に振り替えると、漆塗りのお盆にグラスを乗せた店長が、笑顔で立っていた。


(あっ!)


店長の小さな顔をよくよく見る。そして上三分姿写真の老人の顔を、もう一度見返す。

そしてまた店長の顔を眺める。

ある。どこか面影がある。どこがどうって説明しづらいけれど、それでも、やっぱり似ている。うん、間違いない。そのことを口にしようとするや、見事に機先を制された。


「よく言われます。似てるって。私のひいジイジです」


「ひいジイジ?」


「うん、ひいお爺さん。柔気道開祖、芝山惣十郎しばやま・そうじゅうろう


(ソウジュウロウ)、何とも威厳を感じる古風でいかつい名前だ。

それにしても・・・


「あの~、(我も安く見積もられたものよ!)とは一体?」


「ああ、私もよく知らないけど、戦時中かその前か、何でも過激思想の持ち主ってことで、警察に取っ捕まりそうになったらしいですよ。その時のセリフだそうです。でっ、セリフがそれで、その時の写真があれ・・・らしい。結局、無罪放免になったって聞いてるけど」


へぇ、じゃあ写真の制服姿のガタイのいい兄ちゃん達は警察官なのか。

それにしても、小柄と言っていいご老人が、警察官10人余りに囲まれて、(安く見積もられたものよ)とは、どこまでも強気だこと。


「まあ、若輩の私ごときですら、12人相手にしてかすり傷なんだから、ひいジイジならそれくらい普通でしょうね。そんなことより、早く膨らんだお顔を何とかしましょう。はいはい、施術室に行きますよ。乙女のピンチですからね」


ハーブティーの注がれたグラスを手渡し、いそいそと施術室へ先に消えていく店長。その後ろ姿が何だか凛々(りり)しい。長い黒髪が左右に揺れる。とても綺麗だ。

私もこれを機会に少し痩せよっかなって思う。


んっ?私ごときですら12人って、それって一体?



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[一言] 12人? それはすごい……。
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