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美波店長とタイを旅行する(6)

今回は初めての試みとして”食レポ”にチャレンジしてみました。


「菊元さ~~ん、朝ですよ~~~」


優しい涼やかな声に反応し眼を開けると、美波さんの小顔が、それよりは一回り大きい私の顔の目前にあった。


こっち時間の夜中一時半過ぎまで、私はアマゾネスマッサージ師の指圧&ストレッチに十回以上の“ジェ~~”を連呼した。その度にアマゾネスは(ゴメンナサイネ)とカタコト日本語で返信するものの、力を弱めてくれる気配が全くない。しばらくして傾向が分かったのだが、(ゴメンナサイネ)のあと必ず(アリガトゴザマス)と続ける。


私が体を捻じられて(ジェ~~~)。その後、(ゴメンナサイネ)とアマゾネス。(アリガトゴザマス)と口にして、同じように怪力ストレッチ。どうやら、全くそのカタコト日本語は、意味を分かって発している言葉ではなかったようだ。日本人相手だから、取り敢えずそう言っとこうって感じ。

美波さんも同じようにストレッチマッサージを受けているはずなのだが、私のように痛がったりせず、全く無言。どころか穏やかな寝息。もしかして寝てる?いや、絶対寝てる。


マッサージが始まって15分程度経過した頃。ちょうどお湯を使っての足裏のマッサージが終わった頃だ。美波さんが丸顔マッサージさんに声を掛けたのだ。


「アイム・スリーピング。ちょっと寝るけどユー・ドント・サボるな!」


(アイム・スリーピング)は文法的にも正解っぽいけど、(ドント・サボるな!)って・・・(サボるな!)を(ドント)だから、(サボれ!!)って言ってますよ。まあどっちにしろマッサージ師さんには通じていないでしょうが。でっ、このヘンテコ英語&日本語のチャンポンが、今日の夕方、正確には昨日の夕方に関西国際空港で落ち合ってからずっと一緒だった美波さんの、この日最後の言葉だったのである。


きっかりと一時間、アマゾネスの怪腕マッサージを耐え抜き、二人のマッサージ師が特に悪さをすることなく部屋を出ていくのを見届けて、私もあっという間に眠りという名の闇に引き込まれた訳である。そして今の美波さんの声。


「あ、お早うございます」


体を起こそうとするが、美波の顔がすぐそこにあるため、それができない。これはまるで(おはよう)のチュ~の距離だ。そんな日常の朝って、ちょっと憧れる。


「しっかり眠れましたか?」


眠った記憶がない。逆に言えばしっかり眠ったのだろう。いま何時なのかも判然としない。窓から差し込む太陽の角度で早朝って訳ではないと分かる。起き上がって時計を確認しようにも、眼前に美波さんの顔があるので、それができない。でも・・・


「はい、しっかり眠ったみたいです。いま何時なんじ頃でしょうか?」


「8時を少し回ったところです。お疲れが残ってたりしませんか?」


いま8時ということは6時間とちょっとは眠ったことになる。日頃の睡眠時間とそれほど変わらない。そして本場のタイ式マッサージの効果なのか、頭もすっきりとして軽かった。


「あ、頭と体はとても軽いです。移動疲れも全く感じません」


「そうですか。それは良かった。じゃあ、朝のバイキング、食べに行けますね」


ええ~もう朝ごはんですか。昨日の深夜の夕食がまだ消化されていないのですけれど・・・って、あれ?それほどお腹苦しくないかも。そんな私の驚きを美波さんは敏感に察知したようだ。


「慣れていないとタイ式マッサージは少し痛いですけど、胃腸を活性化するという観点では、非常によくできた技術体系です。整体師として学ぶべきところがあります。私の店でもストレッチ系のマッサージを取り入れようかと一度は本気で考えた程です」


はあ、どうして取り入れなかったのでしょうか?


「来店されるお客さんって、皆が菊元さんみたいは綺麗な女性とは限らないですからね。スケベそうな加齢臭漂うおっさんと、体密着させるのって何だか嫌じゃないですか」


そんな理由ですか?昨日、(タイ式マッサージを勉強しておくのも仕事の一環)ってお話を聞いて、何と言うプロ意識の高さなのかと感動したのですが。


「それから今日の予定ですが、午前中にお買い物に出ましょう。以前菊元さんも服用された便秘のお薬ですとか、こちらでしか手に入らないお薬とお香とかを買いに行きます。あと肌着はだぎなんかも日本で買うより遥かに安いです。それからせっかく常夏の国に来たんですから、水着も買いましょう。でっ、明日時間があればビーチで泳ぎましょう」


はあ、泳ぐのは正直抵抗がありますが、一月に泳ぐことができるなんて、ああ、海外に来たんだなって実感できます。いずれにせよ一人では何もできないのでお任せします。


「でっ、お昼を食べて少しゆっくりしたら、夕方からがこの旅行の本来の目的です。菊元さんは退屈かも知れませんが、付き合って下さい」


はい、喜んで。その本来の仕事とは一体?


「柔心会のバンコク支部に顔を出します。たぶん2時間くらい指導することになります」


そうでした。美波さんは整体・マッサージ店の店長という職業以外に、“柔心会”という古流武術の主席師範でもいらっしゃる訳です。すっかり忘れていました。そっちの指導が今回の来タイの本当の目的だったんですね。それにしてもこんな遠い異国まで、お疲れ様って感じです。

美波さんの懸念の通り、全く格闘技とか武道とかとは縁のない私には、かなり退屈な時間になりそうな気がします。それでも(整体シバヤマ店長美波さん)も素敵ですが、(柔心会主席師範の美波さん)のお姿も一度拝見しておきたいと常々思ってました。きっと凛々しいお姿なのでしょうね。


「そして夜は思い切ってパタヤまで遊びに行きましょう。出店が一杯あってスイカジュースとかイカの丸焼きとか、ホント美味しいんですよ。たぶんヤナギさんがまた車出してくれると思います。それじゃあ行きましょう。朝ごはん」



バイキング形式の朝ごはんは、予想を遥かに突き抜けて豪勢だった。日本人の感覚では(朝からこれ食べる?)って感じの揚げ物類が圧倒的に多い。

多分だけどイワシと思われる魚のフライがカリッと揚ってて、すごく美味しかった。やっぱ日本人の朝ごはんは魚に限るわ~なんて思った。そして昨晩も食べたフライドライス、ぶっちゃけ焼き飯は、確認できただけでも7種類あった。真っ赤な唐辛子がいっぱい入っていて見るからに辛そうな焼き飯を、美波さんはいっぱい皿に盛って食べていた。


「これが、私が知る限り、日本の醤油と並んで世界で最高のソースです」


白いクロスのかかったテーブルの上にあったカボチャくらいの大きさの容器を指差して美波さんが言った。ソースを入れる容器としてはえらく大きい。何なのでしょう、中身は?


魚醤ぎょしょうと言って魚から作った醤油です。油ものの料理につけると、その酸味が口の中をさっぱりしてくれます。消化を助けるのか少し食べ過ぎても胃もたれするようなこともありません。とてもよくできたソースです。タイ人はほとんどの料理にこのソースをつけて食べますね」


蓋を取って容器の中身を覗き込むと、液体の色は透明だが、その上面に赤やら青やらの香辛料の粒が浮いている。うわ、これってむちゃくちゃ辛そう。


「青い唐辛子は慣れないうちは避けた方がいいですね。世界ランキング何番目かの激辛香辛料だそうですから。魚醤ってフライドライスはもちろん、意外なところではお刺身にも合うんですよ。もともと原料がどちらも魚ですからね。そんなところの相性がきっといいのでしょう」


私も美波さんが食べてるやつほどは赤くないフライドライスを皿に盛り、恐る恐るその魚醤なるソースを絡めた。スプーン一杯分くらいの量のライスを口に運ぶ。えっ、甘い?

最初口の中に広がったのは熟れた果物の様な甘味。その甘味には、フレッシュなだけではないたっぷりとしたコクがある。あれ、それほど辛くないかも・・・なんて思った矢先、実に刺激的な辛さが舌の上を転げまわった。刃物のように鋭い辛さなのだが、口の中には奥行きのある甘味がたっぷりと残っていて、絶妙な甘さと辛さのハーモニーに変わる。お世辞抜きにこれは美味しい。


「このソース、めちゃくちゃ美味しいです。この舌のピリピリも、ちょっと癖になりそうな快感です」


「ああ、菊元さんもどうやらタイ向きの味覚ですね。タイ料理が食べられない人は一口食べて、はいもうギブって感じになります。そんな人はこの国では生活できません。じゃあ、これはどうです?」


美波さんが差し出したのはやや小さめの皿に盛られた緑色の葉っぱ。それだけ見ればほとんどちょうの幼虫の餌だ。顔を近づけると、何だか珍しい青い香り。青い香りって自分でも変な表現だと思うけど、でも青いのだ。青臭いって言われる匂いと似てるけど、でも全く臭いとは思わない。従って(青臭い)から(臭い)が抜けて(青い)のだ。


「パクチーです。これを香辛料たっぷりのお肉と一緒に食べると濃厚なのにさっぱりって感じの味わいになります。魚醤を美味しいと感じて、パクチーの風味も問題ないようでしたら、あらゆるタイ料理が食べれます」


そうですか。お肉と一緒に食べるのですね。栄養のバランスも何だか良さそう。

美波さんが取ってきてくれていた豚肉をソテーしたものにパクチーなる青い葉っぱを巻く。そして一口、行儀悪くかぶりつく。歯応えしっかり。

う~~ん、これは独特の風味。舌先が感じる渋みと苦みが、甘辛いお肉の味付けを立体感のある大人の味に変える。飲み込んだ後に葉っぱの爽やかな香りが、一呼吸遅れて(すぅ~)と鼻を抜ける。うん、これも美味しい。


「この葉っぱも美味しいです。風味は独特だけど・・・」


「うん、完璧です。それじゃあしっかり腹ごしらえしてお買い物に臨みましょうか」


その後、私と美波さんは小一時間もホテルの朝食バイキングを満喫したのだった。



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