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いざ埼玉

新章突入です。Orca様、レビューありがとうございます。


まずお詫びしておこう。埼玉県民の皆さま、ごめんなさい。埼玉なめてました。


東京駅から在来線に乗り継ぎ、大宮駅に降り立った私は、その都会っぷりに驚いたのだ。

それまでの埼玉県の印象って、“ダンダンダン、ダダンダン、ダサイ〇マ~~♪”のみだった私は、その洗練された美しい街並みに、心の底からびっくりしたのだ。すっかり衣替えも終えた街ゆく人たちの明るい服装も、とてもお洒落だ。大阪のだみ声ヒョウ柄おばさん達の方が圧倒的にダサい。客観的にみて。

それと、こんなこと言ったら美波さんに投げられそうだけど、『TEAM-MINAMI』のティーシャツの色彩感覚も・・・ダサい。なぜ文字の色を紫にしてしまったのだろう。いまとなっては悔やまれる。


時刻は18時40分。東京駅に着いた頃は、まだ西の空に朱色を落としていたお日様も、すっかり沈んでしまっていた。

今日の15時に行われた検量を、溝田さんは無事パスし、今は美波さんと2人で私の到着を待っているはずだ。相当にお腹が空いているはずなので、お待たせする訳にはいかない。

本日の夕食は、老舗の鰻専門店で食べることが決まっている。もちろん溝田さんの希望だ。鰻専門店のあの香ばしい香りを想像すると、私も急にお腹が空いてきた。


明日、私がセコンドに付く・・・と言うより溝田さんが戦う会場は、“さいたまうんちゃらアリーナ”とかいう会場。どんな処なんだろうってググって見ると、ビックリ仰天の大会場。去年の冬にはフィギュアスケートの何とか大陸大会が行われた会場らしい。

収容人数約4万人。総工費用は700億円。この事実を知ったとき、私のおつむは停止しかけた。

溝田紀子の練習風景の一部としてちらりとテレビに映ったのとは訳が違う。こんな大会場で行われる格闘技イベントのリングサイドに私は立つのだ。ほんとに立つだけだけど。

という訳で、みっともなく膨れた丸い顔をお茶の間に晒す訳にはいかないと、この2週間で少しだけ溝田さんに習って減量した。たった1.5キロだけど。それでも高校時代の体重55キロに、一時的とはいえ戻った。煌々とした灯りの下でも、不自然にテカらないメイクセットも準備した。準備万全・・・って、そんなことより急がないと。

あの~~すいません。この鰻屋さん、場所分かりますか?



「お菊ちゃん、こっちこっち」


香ばしい白い煙が充満している室内の奥の方から、美波さんの声が聞こえた。

店内を埋めている他のお客さんをまるで気にすることなく、両手をブンブン振っている美波さん。その向かいに、微笑を浮かべて座っている溝田さん。最後に会った一週間前と比較して、さらに顔の輪郭がシャープになっている。眼光が優しくも鋭い。心はすでに臨戦態勢。自ずと闘志が眼からこぼれ漏れているのだろう。


「私達は特上白焼きうな重セットをもう注文しました。此処ここのうな重は注文を受けてから焼くらしいので、お菊ちゃんも早く注文しましょう」


あっ、はい、じゃあ私も同じものにしよう。

すぐに店員さんと思しき若い女性が、席まで注文を聞きにきてくれた。何だか緊張している面持ち。自然と漏れる溝田さんのオーラに圧倒されているのだろう。その気持ち、よく分かる。

今から約24時間後には、リングの上でその闘志と戦闘力が解放される。そのことを想像するだけで、私もいまから体と心が緊張する。



「溝田選手、明日は頑張って下さい」


注文したうな重が出てくるまでに2回、食べている間に1回、格闘技ファンと思しき人達から声を掛けられた。

やっぱり有名人だ。オリンピックメダリストだ。でもって、柔心会主席師範が同席している。

もしサ〇ヤ人がいまこの場に降り立てば、地球人恐るべしとスカウターの表示する数字に驚愕することだろう。そして、桁違いに数値の低い私が一人。どう考えても、この場に私がいる事が場違いだ。

(お菊ちゃんにもいて貰った方がいい)ってのが、美波さんの言い分なのだが、その根拠は“武術家のただの勘”らしい。よく分からん。


何度かスマホで写真を撮る音も聞こえた。

そんなことに溝田さんは神経を尖らせたりはしない。穏やかにファンに応えている。じつに落ち着いた感じ。頼もしい。試合に向けての調整はバッチリなのだろう。

ああ、ここで美波さんに関しての衝撃の事実を一つ。いちいち美波さんに関しての事で驚くことが少なくなっている私も、これにはたまげた。


(ここの鰻、学生時代から一度食べてみたいと思ってたんだ~)と美波さん。


(えっ、学生時代、美波さんは埼玉に住んでたんですか?)と私。


(うん、学校は東京の大学だったけど、当時はこっちの方が圧倒的に家賃安かったから)と美波さんが続ける。そこに割り込んだのが溝田さん。


「そういう言い方するよね。東京の大学じゃなく、東京大学って言えばいいのに。エリートはエリートであることを隠そうとする。なぜか」


私は箸から鰻を落っことしそうになった。



「一切れだけ、鰻を残しておきましょう。この店のホームページで“美味しい食べ方”を予習してきたのですが、最後にお出汁と山葵わさびとご飯が出てくるようです。締めはさらりとお茶づけにするのが通な食べ方だそうです」


美波さんが、そんなお話をしている最中、そのグループが入店してきた。入ってきたのは4名。全員が白人の外人さん。圧倒的な肉量と迫力。20人は超えているお客さんの会話が、一瞬途絶えた。

4人のうちのひと方は女性。背が高い。170センチはゆうに超えている。とんでもない筋肉の量が、薄手のジャケットの上からでも確認できる。


(さて、この人は何の競技の選手でしょう?)ってクイズが出題されたら、(やり投げの選手!)って私は当てずっぽうで答えるだろう。


「ルナだ。ルナ・ワイズマンだ」


そんな声が周囲から聞こえた。先般、溝田さんに応援の言葉を掛けた二人組の一方だ。

はて、ルナって?


「ルナ・ワイズマン。アメリカのMMAの現役チャンピオンよ。いま世界で一番強いって噂の選手」


溝田さんの短いコメント。えむえむ?なんだ、そりゃ??って思ってたら・・・近づいてくるじゃない、こっちに、怖っ!


「Mizota-San、I’m glad to have the honor of meeting・・・」


うわっ、流暢な英語。当たり前だ。アメリカの選手なのだから。そして何やら溝田さんも返答。さすがメダリスト。溝田さんの英語も淀みない。美波さんのハチャメチャ英語とはレベルが違う。


ごく短い会話のあと、溝田さんに太い右腕を差し出すルナとやら。これを握り返す溝田さん。

そしてルナとやらは席に戻っていった。


「あのルナ・ワイズマンも明日試合に出るのよ。まっ、ルナはルナ。私は私。やるべきことをやるだけ。さっ、お茶漬けを頂きましょう」


嫌でも実感する。いよいよ明日、溝田さんはリングに上がる。




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― 新着の感想 ―
[一言] 未波さん東大生……さすがですね……。英語のスキルはからっきしなのが何だか親近感を覚えますが……。それにしてもさいたまって、みんな馬鹿にしますけどすごく都会なんですよね。大宮駅とかいつもびっく…
2023/03/16 18:48 退会済み
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