わたし、他流試合に出る(6)
下書きが消えてしまいました。書き直したら別の作品に変わりました。
よかったのかどうか・・・
ヘディング、ヘディング、もっかいヘディング!
始めの2発は、ナガサキさんの鼻っ柱を捕えた。面ガード越しだけど。3発目は見事に透かされて私のおでこが畳を打った。ちょっとカッコ悪かった。
私の股の下でナガサキさんが暴れまくっている。やっぱり元気だ。若い。それでも私は振り落とされたりしない。
あれはいつ頃の話だったっけ?お父さんが、みっともなく前に突き出たお腹を引っ込めるだとか何だかの理由で、ロデオマシーンなるダイエット器具を購入したのだ。値段は約8万円。それを知り、母は烈火の如く怒り狂ったが、結局お父さんがこのマシーンに跨っている姿は、数回しか見たことがない。
じゃあという事で、家族でこのマシーンに跨るのは私だけとなったのだが、そんな経験がいま活きてくる事になるとは、人生分からないものだ。
イタタッ・・・私の腕を強引に振りほどいたナガサキさんの左腕が、私の頬を打つ。脱出のチャンスとでも考えたのか、彼女の抵抗がさらに強まった。その抵抗の強さはロデオマシーンの強度4に匹敵するほどだった。ちなみに最高出力強度5にセットすれば、当時10代で、今ほど体もプヨプヨしていなかった私をしても、数秒で振り落とされた。このあと彼女が、さらに若さに任せて出力を上げる可能性も否定できない。なら致し方ない。あまり披露したくはなかったが、柔心会主席師範直伝、秘儀“おっぱいクロー”出動。
私は、利き腕の右手を使い、ナガサキさんの左胸を鷲掴みにする。けっこう強く、というよりほぼ全力で。
面ガード越しに見るナガサキさんの顔に、困惑と苦痛があからさまに表れる。初めて会ったおばさんに押し倒されて、おっぱい鷲掴みにされて、トラウマになったりしないかしら?
少し可哀そうな気もするが、(じゃあ許したげる)って考える程、今時の30女は甘くない。絶好のチャンスをみすみす逃すほど、こっちはもう若くないのだ。
苦痛に顔を歪めながらも、フリーになった左手でパンチを打ち込んでくるナガサキさん。眼光は少しも濁っていない。ほぅ、上等。なかなか見どころのある中坊だ。ならどうだ。加奈オリジナル、捻りを加えた改良版おっぱいクロー、名付けて“ツイスティング・おっぱいクロー”
それでも彼女の反抗は止まない。相当痛いでしょうに、大した根性だ。んっ?
面ガード正面に設けられた空気穴から、彼女の荒い息が(コーコー)と漏れている。
なんだ、そっちも普通に息上がってるじゃん。苦しかったのは私だけじゃなかったんだ。ところでこの空気穴、塞いじゃったらどうなるのかしら。
一旦、改良型おっぱいクローを解いた私は、右手の掌を使い、この空気穴を塞ぐ。同時に左の頬を、また殴られた。
彼女が息を吐く度、面ガードの強化プラスチックが曇っていく。そしてすぐに真っ白になった。なんと彼女の視覚を奪うに成功。性交の経験を活かして成功、なんちゃって。
視界を奪われたナガサキさんが、文字通り目くらめっぽうに腕を振り回してくる。抑えていたはずの彼女の右腕も、いつの間にか引き剥がされていた。彼女の視覚が戻るまで、それほどの猶予もない。私は遠慮の欠片もなく、お菊チョップを振り落とす。こいつがジャストミート。
もちろん殴り合いとなれば、こちらも無傷とはいかない。むやみに振り回しているはずの彼女のパンチを数発もらった。それでも視覚を活用できる私の方が圧倒的に有利。ヘディングとお菊チョップを、交互に彼女にぶちかましていく。
ここで苦し紛れにナガサキさんが繰り出した技は・・・なんと掟破りの逆おっぱいクロー。
自分が喰らって分かる。これは相当に恥ずかしい。肉体よりもむしろ精神にダメージを受ける技だ。でも残念でした。熟れに熟れた30女には、おっぱいクローはそれほど効果的な技じゃないのさ。
ぶるんとおっぱいを震わせて逆おっぱいクローを解いた私は、さらに勢いづいてヘディングとチョップを振り落とす。気分は“オラオラ~”って感じだ。私の中に、こんな野獣が潜んでいたとは、自分でもびっくりだ。
その時、強く後方に襟を引っ張られた。まだそんな余力が残っていたとは、敵ながら天晴だ。ここで引き剥がされる訳にはいかない。全力おっぱいクローアゲイン、しかもツイスト付き。
調子こいてると、マジで片乳もぐぞ、こら~~
“ブチンッ”という感触が、私の右手の中で発生した。同時に私は後方に弾け飛んで、畳にお尻を付いた。えっ、ホントに片乳もぎ取っちゃった?でも逃す訳にはいかない。またあのパンチやキックを見舞われると思うと、気がおかしくなる。美波さんのアドバイスを信じて、自分の打たれ強さを信じて、神経をすり減らして、やっと持ち込んだ寝転んでの攻防だったのだ。手放すわけにいかない。お尻を上げて、もう一度ナガサキさんに絡みつこうとするが、お尻が床から上がらない。道着の襟が電信柱に引っ掛かったみたいに、まるで動かない。
電信柱だろうが鉄柱だろうが構わない。何なら襟が千切れてもいい。みっともなく這ってでも、私はナガサキさんに組みつかないといけない。ありったけの余力を振り絞る。
“ブンッ”と体がブレるような衝撃を感じて、自分の意図とは反対の後方にすっ飛んだ。
「そこまでです。お菊ちゃん」
私の襟を掴んだ美波さんが立っていた。
んっ、そこまでって?なんで美波さんが私の後ろに?
「両者、開始線に戻って」
赤シャツリーダーの透き通った声。
ナガサキさんが立ち上がる。思わず身構えた私だが、美波さんが襟を掴んでいるため、立ち上がれない。
「さぁ、立って下さい」
そう言いながら、やっと美波さんが私の襟を開放する。
わんわんと歓声の様な音が耳に届いてくる。相当に大きな音だ。
私は立ちあがる。そしてナガサキさんと再び向き合う。立った状態で。戦いが始まった時と、まるで一緒の間合いと姿勢。ガタガタと足が震える。
「マウントからの打撃、取ります。勝者、柔心会、菊元選手」
赤シャツリーダーが私の方に手を挙げる。
耳に届く波の様な音がさらに大きくなる。
あの、マウントって何ですか?どうして美波さんが私の横に?どうして戦いが止められたのですか?
「さぁ、お菊ちゃん、戻りましょう。グッジョブでした。お疲れ様」
美波さんの声が、いつにも増して優しかった。
あの~マウントって何ですか?




