わたし、他流試合に出る(4)
今回は自信作です。よろしくお願いします。
「この勝負、お菊ちゃんに有利な点がいくつかあります」
是非に教えて下さい。知りたいです。一刻の猶予もありません。2試合目、始まっちゃってます。
「まず、単純に体格です。相手はたぶん50キロに足りません。お菊ちゃんより10キロくらいは軽いです」
う~~ん、10キロは差がないでしょう。私いま56キロです。まあいいです。
「加えて、今回の試合では、お互い面ガードを着けます。素面で喰らえば致命的な打撃も、そのことに因って何割かは威力が半減します」
やっぱり私が殴られる前提なのですね。そうでしょうとも。どうぞ、続けて下さい。
「つまり、いい打撃を2,3発もらっても、それでお菊ちゃんが倒されてしまうことはないでしょう。たぶんですが」
たぶん・・・ですか。そして数発いいのを貰えと。もうそれは覚悟します。いいです。それで。でっ?
「数発で倒されてしまうほどの打撃ではないです。それでも心は折られかねません。お菊ちゃんがこれまで経験した事がない程のスピードと手数です」
改めてとんでもない経験をさせて頂く訳ですね。今後の人生に活かしたいと思います。今日を生き延びることができればの話ですけど。
「決して心を折られないで下さい。そして、とにかく逃げて下さい。但し・・・」
逃げて下さいって、そりゃあ今でも逃げ出したい気分なのですが。どういうこと?
「逃げる方向は前です。ひたすらに相手に向かって逃げて下さい」
それって逃げるって言うの?何だか騙されてる感がプンプン漂うのですが?
「前です。ひたすらに前です。一歩でも後ろに逃げた時点で、お菊ちゃんは死にます。さっきも言いましたが、相手のパンチとキックはプロレベルです。それでも唯一付け入る隙があるのが、彼女の膝蹴りです」
はい、さっき見ました。見たくもないものを見てしまいました。えげつない威力でした。相手の男の人が後ろに吹っ飛びかねない程の。
「それです。きっと威力のある膝蹴りを深く押し込もうとする意識が強すぎるのでしょう。膝蹴りの時、体の軸が後方に倒れる傾向にあります。ここが、お菊ちゃんにとって最大にして唯一のチャンスです。だから膝蹴りの間合い、すなわち接近戦に持ち込む必要がある訳です」
はぁ、でっ、運よく命を削る思いで接近戦に持ち込みました。そのあとは?きっと日焼け少女の膝蹴りが飛んでくるわけですね。
「彼女の膝を、愛する彼氏の体だと思って、抱き付きましょう。まさに男をベッドに押し倒すイメージです。ここもショートカット日焼けにはないお菊ちゃんの強み、そして相手の弱みです」
あの~~頭が付いてきてませんが、何故私の強み、相手の弱み?
「敵情視察のとき、ツッチーに聞きました。彼女はまだ中学生です。おそらく彼女にはお菊ちゃんほどの性交渉の経験がありません。押し倒してしまえば経験の差が出ます。そうなれば、もうこっちの土俵です」
あの~どこまで真剣に受け取ればいいのでしょう。それに人を淫乱女みたいに言わないで。けっこうご無沙汰ですよ、そっちの営み。って、何をカミングアウトしてんだ、わたし。
「寝技はこっちの土俵ですが、それでも相手は若いですからね。体力が経験を凌駕してしまう可能性も否定できません」
性交渉、否、寝転んでの攻防になっても油断はできないという事ですね。どうすれば?
「一試合目に負けた杉山君の敗因は、多分に道着を着ている着ていないの差が影響しています」
ああ、相手さんはこちらの道着を掴めても、こっちは掴めないですよね。ティーシャツだし、相手。じゃあ、やっぱり寝ても不利じゃないですか。
「道着を掴めないなら、掴めるところを掴んじゃえばいいんですよ」
簡単に言いますけど、どこですか、その掴めるところとは?
「ずばり、おっぱいです」
・・・はい?・・・
「ガキのくせに結構いい乳してますからね。年齢的にまだまだ青くて固いはずです。この弱点を思いっきり掴んでやりましょう。戦いには無用の産物です。あのデカい乳。ガキのくせに」
あの~~敵情視察って、そんなところ見てたんですか。それに何だか美波さん、羨ましがってません?
「あまりに暴れるようなら、おっぱい鷲掴みにしてやりましょう。名付けて“おっぱいクロー”です。確実に相手の動きが鈍ります」
突っ込みたい所は沢山あるのですが、今はあまり時間がありません。
纏めます。決して心を折られない。ひたすらに前に逃げる。膝蹴りがきたら、彼氏の体だと思ってベッドに押し倒す・・・イメージ。あとは経験に任せる。相手が暴れるようなら、おっぱい鷲掴みにする。う~~ん、嘘でしょ?こんな作戦で、今からプロレベルの選手と戦うのですか?わたし。
「杉山君のリベンジは、お菊ちゃんに任せました」
おや、滅茶苦茶な作戦だと思ってましたが、何だか期待されてます?わたし?
大きな拍手が起こった。どうやら二試合目が終わったようだ。
「お互い有効打無し。引き分け!!」
赤シャツリーダーのよく通る声が、皆の拍手の音をものともせずに響く。
「続いて第三試合。女子代表戦を始めます」
どっと大きな拍手が柔心会メンバーから起こった。そして・・・
「オ~キ~ク、お~~菊!!」
沸き起こった突然のお菊コール。
一体いつ以来だろう。こんな大きな声援を受けて送り出されるのって。
高校受験や大学受験の時は、両親もプレッシャーになるとでも考えたのか、むしろ静かに家を送り出された記憶がある。だとすれば、そんな声援、小学校の運動会くらいまで遡る?
「大丈夫です。お菊ちゃんも、この本部道場で2年近くも稽古を積んだ道場生です。まだ中学生のガキんちょに、あっさりやられるタマじゃありません。自信を持っていってらっしゃいな」
優しくも力強い声の美波さんに、ポンと軽く背中を叩かれた。その反動で、私の足は自然と道場の中央に向けて踏み出された。
「柔心会、菊元選手」
「ハイ!」
自分の声が意外と落ち着いていることに、すごく驚いた。
何だか胸が少し温かかった。きんつばの皮は、いつの間にか無くなっていた。




