わたし、他流試合に出る(3)
今回もよろしくお願いします。
時刻は20時24分。ついに始まってしまった。西宮サークルと柔心会の代表戦。
西宮と柔心会、合わせて約40人が道場の外側をぐるりと囲み、そして道場中央に出現した空間はやけに広かった。
「では対抗戦1試合目、少年の部。柔心会、杉山選手。西宮サークル、藤堂選手」
面ガードと薄手のグローブを装着した若い2人が、奇声を発して道場中央へ現れた。
西宮の藤堂選手とやらは、(オスッ!)と高い声を上げた。同胞の杉山君は、(オッシャー!)とこれまた大声だった。二人とも気合十分。大きな拍手が2人の背中を押す。
柔心会杉山君は白い道着姿に紫の帯。西宮のうんちゃら君は、赤シャツに短パンである。こちらの方がずっと動きやすそうだ。
「第二試合の2人は、アップを始めておいて下さい」
音頭を取っているのはサ〇ヤ人の赤シャツリーダー。中肉中背の体型だが、声の張りと変なオーラは、最怖民族リーダーの威厳を感じさせるに十分だ。
「正面に対して、礼!お互いに礼!始め!!」
まるでもったいぶることなく、実にあっさりと代表戦の1試合目が始まった。
それは凄まじい打撃戦だった。若い無尽蔵のスタミナが、全く2人の動きを止めさせない。
時折、一方の選手の首が後方に弾ける。相手の攻撃がヒットしたことが、結果的に分かる。
つまり結果論でしか分からないほどに、私には2人の打撃技を視覚で捕えることが、まるでできていないのだ。考えたくもないが、あの日焼け少女の打撃のリズムはもっと速かった。やっぱり死ぬな。私。女子の対抗戦は3試合目だ。1試合の時間が2分なので、私の余命はあと5分ってとこか。私なりに一生懸命生きてきたつもりの30年と少しだけど、もう少し甘酸っぱい色恋物語があっても良かった気がする。
“どんっ”と、西宮うんちゃら選手の背中が床を叩いた。我らが代表杉山君の投げが見事に決まったのだ。柔心会の道場生から歓声が沸く。私も応援してあげたいのは山々だけど、あいにくそんな余裕がない。
2人の戦いは、そのまま寝転んでの取っ組み合いに攻防が変化する。
見事な投げを相手に決めたはずの杉山君だが、いつの間にか相手にのしかかられていた。寝転んでからの攻防は、素人目に見ても、やや杉山君が押されている感がある。そしてその劣勢は、時が進むたびに顕著になっているように思える。どうしてだか、私にはよく分らない。
「こっちは道着を着てますからね。相手の着衣を掴めるのと掴めないのとでは、寝技の攻防では大きな差になってしまいます。スタミナを消耗してくる後半になれば、なおさらです」
ひょいと私の横に現れた美波さんが言う。私が疑問に思っていたことの答えそのものだ。
美波さんって、人の思考が読めるのだろうか。そんな人なのに、どうして私なんかを代表に選んだのだろう。ちょっと恨む。かなり恨む。
「そんなことより、お菊ちゃん、あの日焼けショートカットをやっつける作戦を伝授しますので、ちょっと来てください」
予想以上に激しかった眼前で繰り広げられている戦いに、ほとんど放心状態である私を、美波さんが道場の端っこに引っ張っていった。
「開始してすぐは打撃の攻防になります。日焼けショートカットの武器はまさにそれです」
(はい)と答えるところなのだろうが、そんな一言すら、喉がカラカラで声にならない。
どうすればいいのでしょう?眼だけでその答えを求める。
「打撃の攻防ではまるで勝負になりません。お菊パンチやお菊キックでは、レベルが違い過ぎます」
それは認識しています。どうか起死回生のアドバイスをお願いします。
「死なないでください」
・・・あの~~・・・死刑宣告ですか?それ??かなり恨んでますけど、いま。
「早とちりしないで下さい。この試合、お菊ちゃんに有利な点もいくつかあります」
その時、一際大きな歓声が、道場内に沸き起こった。特に西宮の人達から。
視線を移すと、床の上を転がっていた2人の動きが完全に止まっている。
西宮うんちゃら君が上、柔心会杉山君が下という位置関係。
赤シャツリーダーが、うんちゃら君の肩を叩く。そして抱き合うようにしていた2人が離れた。
「腕がらみ、イッポンッ」
よく通る赤シャツリーダーの声が、一試合目の決着を告げる。
「あら~~杉山君、負けちゃいましたね」
美波さんの言葉に、どこか他人事のような無関心であるような、間の抜けた空気感がある。死が迫りつつある私のことも他人事ですか?マジちょっと切れてきた。
「これはなおさら、お菊ちゃんに勝ってもらわないといけませんね。杉山君のリベンジはお菊ちゃんに託します」
えっ、真面目に言ってます?それ?勝てる可能性があるのでしょうか?プロ級の選手が相手ですよね??
「それでは、今から日焼けショートカットをやっつける秘策を授けます」
美波さんの顔は、意外に真剣だった。




