わたし、他流試合に出る(2)
今回もよろしくお願いします。
なんて表現すればいいんだろう。古くて乾燥してしまった安物のきんつばの皮の部分。それがぺったりと胃の壁に張り付いて取れないような気持ち悪さというか。
その違和感は、なぜか焼き魚や肉まんの皮ではなく、きんつばなのだ。
いずれにせよ、胃の辺りがとても気持ち悪いのである。
いまは日曜日の午後6時47分。もうそろそろ現れるはずだ。西宮格闘技の皆さま方。
そして合同練習の最期に、代表選手による対抗戦があって、何の因果か柔心会の女子代表として戦うのが私なのだ。そのストレスが原因に因るものと思われる胃の気持ち悪さが、今朝からまるで収まらないのである。
「お見えになられたようです」
入口付近で練習していた某道場生の声。私にとっては死刑宣告にも等しい報告。
先頭に立っているのは、意外にも格闘技者としては小柄な中肉中背の男性だった。紅色のシャツに黒い短パン姿。
「失礼します」
張りのある男性の声が、四方の壁に反射してよく響く。同時に道場内の空気がピリリと引き締まる。赤シャツ中肉中背に続くのは、身の丈6尺(183センチくらい)はあろうかと言う大男。でも不思議なことに、遥かに背の低い先頭の男性の方が、何だか不思議な磁気を纏っている。
あっ、あれだ。あれの雰囲気だ。初めて地球に降り立ったベ〇ータとナ〇パ。そんな関係の2人に見える。てことは、やっぱりこの人たちは地球を侵略しにきたサ〇ヤ人?
地上に降り立った宇宙最恐民族は、この2人だけではない。さらに5人、6人。
「柔心会の方たちに対して・・・礼!!」
紅シャツで統一された最恐民族が一列に並び、最恐民族らしからぬ律義な礼をした。おや、一番端っこに立っているのは、一際に小柄な黒髪の少年。160センチはないよな。野球小僧のように、真っ黒に日焼けしている。道場の照明が黒髪に当たってキラキラと輝いている。それだけで、彼がとても若いことが分かる。きっと綺麗なキューティクルしてるんでしょうね。毎朝クセ毛爆発30オーバー女の私には羨ましい限りです。
「はい、柔心会のメンバーも集まって。西宮サークルの方々にご挨拶!」
私の右後方から、美波さんの号令が聞こえた。かなり適当に、それでもきびきびと、私達は5列に並んだ。一列あたり5~6人はいるので、今日も道場生の参加人数は30人近くってことになる。こんだけ人がいるんだから、私以外に代表がいるでしょうって思うのだが、私と牧野さん以外の女子練習生は、第二次美波フィーバー以降に入会してきた中学生、高校生の白帯さんが大半だ。代表で戦わせるには、さすがに荷が勝ち過ぎている。色ボケ牧野欠席の今日、消去法でやっぱり代表は私と言うことになるのだ。
「ツッチー、お久し振り~~」
にこやかにしなやかに、赤シャツサ〇ヤ人リーダーに歩み寄る美波さん。
「芝山先生、お久し振りです。本日は宜しくお願いします」
年齢はどうだろう、2人は同い年くらいか、むしろサ〇ヤ人リーダーの方がやや年上に見える。それでも会話の雰囲気から察するに、美波さんの方が格上?相手は元プロの格闘技選手よね。
「じゃ、道場半分空けるから。私達はいつも通りの稽古をするので、好きに使って下さいな。人の交流はどうぞご自由にって感じで」
ということで、道場半分で私達柔心会のメンバーがいつも通りの練習。もう半分で、合計9人の西宮サークルの人達が、各々(おのおの)思い思いの練習を始めた。
胃の内側にきんつばの皮を貼り付かせたままの私も、柔軟体操、受け身の練習、約束乱取りと、いつもの稽古をこなしていった。
意識して西宮サークルの方々の練習は見ない様にした。だって緊張しちゃうから。
合同練習が始まってから1時間ほど経過した頃だろうか。
「混ぜて頂いていいでしょうか?」
自由乱取りが始まった頃、西宮の男性3名が我々にそう声かけてきた。一気に緊張感が高まる。あまり西宮の方々を意識しないようにしていた私の作戦も、これではまるで台無し。さらに一段階、緊張が高まってしまった。その時、道場の隅から、けたたましい破裂音が道場内に響く。
(バン、バン!パンッ、パパンッ、パパバンッ、ズドン!!)
なんだ、何だ?ってな感じで、破裂音がした方向に視線を向けると、あの日焼け野球少年が別の男性の持つ巨大な黒い羽子板のようなものにパンチとキックをぶち込んでいた。
ものすごくリズムが速い。体を左右に揺する動きが、まるでハツカネズミかリスのようだ。少年野球をやっているなら、たぶん盗塁王候補だろう。彼がキックを出すと、羽子板が発する音が一際大きく、そして重くなる。
「どうやら、あのショートカット日焼け少女が、今日のお菊ちゃんの相手のようですね」
いつの間にか私の横に立っていた美波さんがぼそりと一言。え~、あの野球少年、女の子?めっちゃ動き速いんですけど。
「かなり本格的な打撃ですね。ボクシングのプロテストくらいは、今日にでも受かりそうな実力です」
やっぱり無茶ですよ。私が代表戦に出るなんて。相手はプロテストクラスな訳ですよね。
死んじゃいます。私。死を間近に感じてます、いま。
「まあ、敵情視察ということで、しばらく私が彼女の練習を見ときますので、お菊ちゃんはいつも通り練習しておいて下さい。対策は後で考えましょう。都合よくそんなものが見つかればの話ですが・・・」
またまた頭ん中真っ白の私を残し、美波さんは去っていった。残りの人生を諦めた方がいいのかしら、私。




