ある日、森の中
練習作です。
きっと読みづらいです。
『森の奥に入ってはいけないよ。森の奥にはね・・・』
昔、おばあちゃんが口癖のように言っていた話。
森の奥には何があるんだったかな・・・。もう忘れてしまった。
***
「っ!」
「あんた、生意気なのよ!いつも無表情で気持ち悪い」
「・・・・・」
「あら、だんまりなの?別にいいけど」
「・・・・・・」
「ふーん、そう。そっちがそういう態度をとるなら、仕方がないわね」
「・・・・・?」
「ふふふ、あんたたち、この子をかわいがってあげなさい」
「!!」
「え~、僕この子嫌いだもん。やだなぁ」
「反抗的な目をしていますね。躾をしないといけませんね」
「あれとヤルくらいなら、死んだ方がマシだな」
そんなことを言いながら、にやけ顔どもが近づいてくる。
冗談じゃない!
「っ!」
「なんだぁ?鬼ごっこか?・・・なら付き合ってあげないとだな」
逃げないと。どこか遠くへ。
逃げないと。あいつらに捕まらないために。
速く、速く。
どうして、どうして?どうして私がこんな目に
おばあちゃん、助けて、助けて!!!!
**
今から半年前、おばあちゃんが死んだ。
医者から、もう長くないって聞いていた。
長く持った方だった。
おばあちゃんのお墓は作ることが出来なかった。
私たちは森に住んでいるから。村の住人ではないから。
おばあちゃんを火葬するしかなかった。
遺灰は壺に入れて隠した。あいつらにばれないように。
おばあちゃんが死んでから、あいつらの態度はどんどんひどくなっていった。
村長の娘であるあの子が私のことを嫌っている。あの子は私の居場所をどんどん消していった。
そして、今日。こんな目に遭っている。
**
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
あいつらは・・・追いかけてこない。
逃げ切れたのかな?そうだといいけど・・・。
あいつらも私の家を見つけたことはないからね。
ここまでくれば、あいつらは追ってこれないよね・・・?
それにしても随分と森の奥に来てしまった・・・。
暗くなる前に、早く家に戻らないと・・・。
ドサッ!
「!」
な、何の音?!
そっと音がした方を見てみる。
「う”ぅ・・・」
男が倒れていた。さっきのあいつらじゃない。
なんだ、あいつらに見つかったわけじゃなかったんだ。
なら、早く家に帰らないと。だけど。
ちらっと男を見てみる。怪我をしている。
こんなとこで倒れてたら、森の動物たちに襲われちゃうよね。
・・・・あんまり面倒事に首を突っ込みたくはないけど。
**
「ん・・・」
ガバッ!
あ、そんなに勢いよく起き上がったら・・・
「・・・っ!」
ほら言わんこっちゃない。
一週間も、家に一つしかないベッドを占領してくれた相手をジト目で見る。
男を拾ったのは私だけど、まさかこんなに眠ったままだとは思わなかった・・・・。
「お前・・・は・・?」
「私は・・・あなたが倒れてたから、拾ったの。怪我が治るまでここにいてもいいよ。元気になったら、あなたの好きにしたらいい」
怪我が治らないまま外に出たら、血の匂いに誘われて動物たちが男を襲うだろう。
怪我が治ってないのにそんな状態になったら、助けた意味が無くなってしまう。
「ありがとう」
「・・・・・ん」
久しぶりに言われたその言葉はとても暖かくて、懐かしかった。
**
「薬、ここに置いておくね」
「ああ、ありがとう」
「・・・ん」
私はおばあちゃんに薬の作り方を習っていた。
薬のおかげか、男はどんどん元気になっていった。
良かった。
それにしても、ありがとうって言われたら、なんて返せばいいんだろうか?
そばに人がいるのは、おばあちゃんが亡くなって以来だから、どう接すればいいのか、分からない。
それに、この男のことを私はよく知らないのだ。余計に分からない。
「どうかしたか?」
「・・・何でもないよ」
「?・・・そうか」
この男は私の表情の変化によく気付く。
私はあの子が言うようにいつも無表情なのに。
おばあちゃんだけが気づいていた、私の表情の変化。
何で、分かるんだろう?
**
「ただいま。今日は鳥を狩ってきたんだ」
この男、怪我が治ったのに、まだうちにいる。
怪我が治ったら、好きにしていいって言ったのに。
何で、出て行かないんだろう?
「だって、君が言ったんだろう?好きにしていいって」
心の声に答えないでほしい。
というか、そういったけど、いつでも出て行っていいよって意味だったのに。
「今日の晩御飯は何する?」
話を逸らしたね。
「君が作るご飯は何でもおいしいんだ」
そんなことはない。お店のご飯の方が美味しいに決まってる。
「俺は君が作るご飯が好きなんだ」
そんなこと言ったって・・・・ただのご飯なのに。
でも、男にそう言われると、心が温かくなる。
嬉しいな。
「ふ・・・」
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
何でもないことはないと思う。
だって顔がにやにやしてる。
「そんな顔してないよ」
しれっと心の声に答えられた。
でも、にやにやしてたのは本当だ。
「してる」
「してない」
「してる」
そんなやり取りを暫く続けて、ふと我に返る。
何やってるんだろう。
なんだか、おかしなことしてる。
心が温かくなる。
「ふふ」
「っ!」
「どうしたの?」
「・・・いや、何でもないよ」
こんなに心が温かくなったのはいつ振りかな。
男がこの家に住み始めてから、心が温かくなる。
男は、まるで
「あなたって・・・」
「ん?なんだい?」
男はにこにこしてる。
「あなたって、まるでおばあちゃんみたいね」
「・・・・おばあちゃん?」
「そう。こんなに心が温かくなるのは、おばあちゃんがいたとき以来なの。だから、おばあちゃんみたい」
「・・・・これは長期戦になりそうだなぁ」
「何のこと?」
「こっちの話だよ」
「ふーん」
**
男と住み始めて、半年が過ぎた。
そろそろ冬支度をしないといけない。
二人いると、薪の量とか、保存食の量とかが増えて大変だ。
特に男性は、よく食べる。いつもの何倍用意すればいいのだろうか?
冬支度の量が増えるのは面倒くさいから、出て行ってくれないかなと男を見る。
「俺の分の冬支度は俺がするから」
にっこり笑ってそう言われた。
そうですか。まだ、いるつもりなんですね。
「なんなら、君の分も用意するよ」
「大丈夫」
「遠慮せずに」
「大丈夫だよ」
「男手があると楽だよ」
「大丈夫だってば」
結局、一緒にやることになった。
男がにこにこしているのはなんでだろうか。
**
男手があるとこうも冬支度が楽なのか。
男手のありがたみを初めて知った。
でもね、
「これは何?」
「サフランね。薬にもスパイスにもなるのよ」
「へ~、これは?」
「タイムよ」
「これは?」
「マンドラゴラ」
「こっちは?」
「これは分かるでしょ、ニンニクよ、ニ・ン・ニ・ク。掃除の邪魔をするなら、他のことをしててほしい」
これは、しつこい。
「ごめんごめん」
「・・・・」
「分かったよ、お肉を狩ってくる」
そう言って、男は外に出ていく。
男は時々、私の冬支度の邪魔をする。
全く、もう。
**
冬支度は問題なく終わり、外には雪が積もっている。
朝、ベッドから起きるのがつらい。
ずっと、ぬくぬくしていたい。
そして、男に言いたいことがある。
「なぜ、一緒に寝てるの?」
「だって、向こうの部屋、寒いんだもん」
「だもんって・・・。わざわざ、ベッドを用意したのに」
「こっちで寝たい」
「狭いから、自分のベッドで寝てほしい」
「やだ」
「・・・・・」
いい大人が、我儘を・・・・
まあ、温かいから、いいか。
朝、起きて、暖炉に火を入れる。
ああ、暖かい。幸せ。
朝ごはんは、昨日作った残りのスープ。
温めて、黒パンを浸しながら、食べる。
おいしい。
「やっぱり、君が作ったご飯は美味しいね」
褒めても何もでてこないよ。昨日作ったご飯だし、昨日も言ってたよ。
「ねぇ、また次の冬も一緒にいたいな」
「え・・・。好きにしたら、いいよ」
冬支度のことを考えたら、一緒に過ごしたくない。
でも、嫌っていう選択肢がなかった。
でも、素直にいいよっていうのは照れくさくて。
上手く言えなかった。
それでも男は笑って
「うん、好きにする」
って言った。
そんな男を見て、私は、とてもドキドキした。
**
どうしてドキドキしたのかな。
どうして、嫌って言えなかったのかな。
男と離れたくないから?
心があたたかくなるから?
一緒にいたい。次の冬だけじゃなくて、これからも。
あ、もしかして、この気持ちが恋、なのかな。
**
朝起きると、やっぱり勝手にベッドに入って、隣で寝ている男がいる。
前なら、何とも思わなかった。またかって思うだけだった。
でも、今は違う。
男を見てるとドキドキする。でも、もっと見ていたい。そう思うようになった。
じっと見ていたら、男が目を覚ます。
パチッと目があって固まってしまった。
「かわいいね」
「へ!?」
「かわいい」
顔が熱い。
**
寒い冬が終わると、温かい春が来る。
雪が解け始めている。
そして、春といえば山菜。この森はあまり山菜を採りに来る人がいない。
だから、山菜採り放題!なんてパラダイス!
そんなことを無表情の仮面の下で思いながら、山菜を採る。
男は、狩りに出かけた。大物取ってくるねって言ってた。
楽しみだなぁ。
そんな時、ふと影が差す。
ドカッ!
「うぁ!」
痛い。痛い。何が起きたの?
動物?違う。そんな気配しなかった。
そう。気配がなかった。
人間か。気配を消して、近づいてきたのか。
そんなことを考えている間も、蹴られる。
どうして?! 何のために?!
「あはは、いい様ね」
あの子だ。周りには、取り巻きの男たちがいる。
どうして?どうしてこんなことをするの?
私、何も悪いことをしていないのに。
ひどい、ひどい。
助けて、助けて!
「いやぁーー!」
「あははははっ」
あの子は笑い続ける。男たちに蹴られる私を見て。
助けて、助けて、助けて!
頭に浮かぶのはいつも一緒にいる男だった。
助けて!
「グルルルルルルル・・・・」
「ひっ!」
「助けてくれ!」
「いやぁああああ!」
急に、痛みが無くなる。
何?何が起こったの?
目を開けると、一匹の獣がいた。
獣は私を守るように、唸っていた。
あの子と取り巻きの男達は悲鳴を上げながら、逃げて行った。
獣はあの子たちを追いかけようとする。
獣がいたら、逃げないといけない。食べられてしまう。
でも、逃げる気はしなかった。不思議と怖くなかった。
そんなことを思いながら、目を閉じた。
**
目を開けると、目の下に隈ができた男がいた。
どうしたの?って言いたかったけど、声が出なかった。
けほっと咳き込んだら、男が慌てて水を差しだす。
「ねぇ、どうしたの?その隈」
「どうしたの?じゃないよ!心配したんだよ」
「ごめん」
「君が無事で良かった」
「うん」
それにしても。
突っ込んだ方がいいのかな。
耳と尻尾。
もふもふ。
「ね、それ何?」
「耳と尻尾だね」
「そんなの前まであった?」
「なかったね。まあ、今まで出してなかったからね」
「そうなんだ」
「うん」
「もしかして、獣人?」
「うん、そうだよ」
衝撃の事実がさらっと告げられた。
獣人なんだ。
あ、じゃあ
「あの時、助けてくれた獣って・・・」
「うん。僕だよ」
「あ、ありがとう」
「・・・ねえ、僕のこと怖い?」
「ううん。怖くない。怖くなかったよ」
「そっか」
男は、泣きそうだけど笑っていた。
どっちかにした方がいいと思う。
「ねえ、俺、君のことが好きだよ」
「え?」
「俺の番になってよ。絶対に幸せにするから」
「・・・・」
番。番?番?!
番ってつまり、結婚してくれってこと!?
顔が熱くなる。汗もどんどん出てくる。
「あ・・・えっと・・・その・・・」
言葉が上手く出てこない。
早く答えないとって思うとどんどん焦る。焦って言葉が出てこない。
「ゆっくりでいいよ。君の気持ちが知りたいんだ」
「あ、うん・・・」
男は、待っていてくれる。
そう思ったら、落ち着いた。
「あのね、私。あなたのことが好きなの。あなたと居たら、心が温かくなるの。あなたの傍にいると心が温かくなるの。あなたと話すのも、ご飯を食べるのも・・・あなたと一緒に何かすると心が温かくなるの。ずっと一緒にいたいと思った。次の冬だけじゃなくて、その次も、その次も、これから先ずっと一緒に冬を越したい。不束者ですが、私を、あなたの番にしてください」
言っているうちに、どんどん言葉が溢れてきた。
涙もどんどん零れてきた。
男は、その涙をペロッと舐めて、
「君がいいんだ」
私にそう言った。
**
『森の奥に入ってはいけないよ。森の奥にはね・・・』
『獣人が住んでいるからね』
『獣人は番を探すんだよ』
『もし番に選ばれたら、連れ去れてしまうからね』
**
「準備できた?」
「ええ」
「じゃあ、行こうか」
おばあちゃん。
今日、私はずっと住んできた家を出て、旅に出るよ。
彼とともに。
読んでくださりありがとうございます。