陰キャの乙女ゲー好きアラサー女子である私がトラックにはねられた話。
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
何気なく挨拶を交わす。
彼は近所のサラリーマンだ。
ストレートの黒髪をひっつめのひとつ縛りにした、スーツ姿で眼鏡の私。
……さぞかし堅い職業に就いている風に見えるだろう。
実際は単なる事務職OLである。
堅いも緩いもないようなモンだが、男性とお付き合いがない、という点に於いては堅いと言えなくもない。
(えへへへへぇ~♪ 今日は挨拶とか交わしちゃったぁ~! 大安吉日!! 私の中で!!)
……等と、思いながら車の中で恋愛ソングを鳴らし、緩んだ顔でそれを鼻ずさんでいるなどとは、きっと思いもよらぬだろう。
ちなみにカレンダーを見たら、今日は仏滅だった。
「話掛けてみりゃいーじゃん」
仕事帰りに飲みに行くと、友人はあろうことかそう宣った。ちなみに私は居酒屋飯に釣られた運転手である。
「……なにを馬鹿な!お主、さてはもう酔ってんのか!!」
「いや、アンタのやってる事の方が馬鹿みたいだからね?」
大体なんだよお主って。……そう言いながら彼女は酒をかっ食らう。豪快だ。
彼女の言うことは正しい。
私はあくまで『何気なく』挨拶を交わす事を目的とし、馬鹿みたいにいつも一時間早く家を出ているのだから。
服のセンスがないので「ダセェこいつ」と思われるのが嫌でのスーツ姿。
不器用な為凝った髪型もできない。
コンタクトは怖くて入れられない。
しかも趣味は漫画とアニメ。
おまけに腐女子。
年齢は30……と○歳。(辛うじてアラサー)
男性経験どころか、付き合ったことすらない。
「挨拶以外で声を掛けるなんて、そんな私には敷居が高すぎるッ!!」
「……そんなだからずっとダメなのでは」
「考えてもみてよ!」
私は一滴もアルコールを摂取していないにも関わらず、さながら酔っ払いのおっさんが社会に憤るかのようにテーブルをどん、と叩いた。
「私好みのイケメン寄りフツメンリーマン、略してイケリーに……ガチな感じでシャラランと不似合いなオサレワンピなんか着た陰キャのアラサーが媚びた様子で『おはようございまぁす♥ 今日はいいお天気ですわね、ウフフ☆ 今度良かったら飲みに行きませんかぁ?』等と話掛ける様子をッ! イタイことこの上ないだけでなく、下手したらストーカー認定……よしんば上手くいったとしても、やっすい居酒屋で一円単位までワリカンにされてヤり捨てられてしまうに違いない!!」
「物凄い被害妄想だな!?」
「だから挨拶を交わす事にのろけるくらいの苦行、耐えなさいよっ! こうしてドライバーとして酒に付き合ってあげてるでしょ?!」
「その分滅茶苦茶食ってるじゃん。大体『イケリー』にフツメン要素はどこ行ったんだ。 そしてアドバイス位させろ。 でないと酒のツマミにもならん。 まず話掛け方おかしいし。 天気はともかく、なんでいきなり飲みに誘うんだ……」
「コミュ障だからだよ!」
「わかりやすい!」
結局ああだこうだとアドバイスをしてくれたが、話すらなんの進展もないまま夜は更けていった。
「今の私の癒しは乙女ゲー『この世の果てまで』の武器商人さん位……」
「誰それ」
「……モブ」
モブこと武器商人さんは、件のイケリーに良く似ている。
彼を二次元化したらこんな感じだ。
残念ながら、攻略はできない。モブなので。
「トラックに跳ねられたら乙女ゲー転生できるかしら……そしたら彼攻略まっしぐらなのに」
「猫まっしぐらみたいに言うけど、死ぬからね?」
「死ぬのは嫌だなぁ……」
「案外話をしてみると、『こんなもんか』って感じだよ?」
少なくとも、トラックに跳ねられるよりはね。……そう言って友人は笑った。
──しかし、話はそれで終わらなかった。
キキィッ!
ドン!!
「オブゥッ!!!!」
「キャー?!!」
駐車場に向かう道中……トラックにはねられた。
飛び出してきた猫を避けて、ハンドル操作を誤ったようだ。
薄れゆく意識の中、友人の声と救急車のサイレンが遠くに聴こえた──
「……理不尽だ」
「なにが?」
「転生してない。 乙女ゲーに」
「アホか」
私は乙女ゲー転生を果たせなかった。
死んでないので当然である。
頭も打ったが幸い軽い打撲と擦り傷だけで、検査入院をしたあと……心配した上司の勧めもあって、暫く実家に帰った。
久し振りに出勤した今日、友人は回復祝にご飯を奢ってくれた。
酒を飲むので、今日は電車だ。
駐車場の関係で、実は電車の方が通勤に時間がかからなかったりする。
酒も理由のひとつだが、実家でのんびりしたせいでダレてしまったのもあって……一時間早くには起きれなかったのだ。
ホロ酔いで電車から降り、水を買うために寄ったコンビニで、私の酔いは一気に冷めた。
「……あ」
──彼だ。
イケリーだ。スウェットにTシャツでサンダルだけど。
しかも気付かれた。
「……こんばんは」
「あ、こんばんは」
「「……」」
ただの挨拶なのに、あんまり何気なくもない。いつもと違って心の準備が全くできていないのだ。
正に準備運動なしで走って、案の定足がつった……みたいな感じで沈黙が流れた。
「──最近お見掛けしないから、引っ越されたのかと」
「あ、いえ……実は、トラックに跳ねられまして」
「えっ?! 大丈夫なんですか?」
「ええ、この通り」
『トラックにはねられた』はそれなりにインパクトがあるネタだった。
異世界転生しなくても。
友人の言った通り、話を始めると案外話せるもんで……私達はまるでたむろす学生のように、コンビニ前で小一時間程喋った。
「おはようございます」
「あっ、おはようございます」
それからは本当に何気なく挨拶を交わせるようになった。
そしてそれから1ヶ月……互いの友人を交え、飲みにいく約束を取りつけた。
生きてて良かったなぁ……
私はそう思った。
我ながら、とても単純である。
そして私は買い物に行った。
飲み会の為の、服を買いに。
……我ながら、とても単純である。
とりあえず、帰り道でのトラックには気を付けるつもりだ。