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美形の皇子様がタイヘンなんです!②

※誤字報告ありがとうございます! タイヘン助かります!><ノ


「心構え、か」


「当たり前でしょう? いくら自分から『正式な宣誓』とやらを発したとしても相手は魔神。なにを企んでいるのかわかったものじゃないわ。そういう心構えは絶対に必要よ」


 その呟きにルナルラーサが呆れたように言った。ただし、小声で。

 リクドウも別にルナルラーサのその考えを否定つもりはない。

 だが、どんな目論見があるにせよ、『正式な宣誓』をしてまでしたいという話し合いの内容――否、その重要度にこそリクドウは興味を覚えていた。

 リクドウたちにその背を晒して歩く魔神スールトにこそ『心構え』を感じていたのだ。


「一応、わたしも物理的にも魔術的も周囲の気配を探ってるけど、少なくとも待ち伏せみたいなのはなさそうだね。それどころか、感知魔法を阻害するような結界すら張られてる気配がない。迷宮自体にはなにかの魔力を感じるけどね」


 迷宮自体に魔力を感じること自体は、決して珍しいことではない。

 それは侵入者に対する罠のためであることも多いが、迷宮自体がなにかの儀式や術式のために作られたものであることも多いからだ。

 そして、レイアーナは魔王討伐後も一人で冒険者稼業を続けたプロ中のプロ。

 不満げではあったがルナルラーサもレイアーナの言葉に小さくうなずく。

 だが、その気配にいち早く気がついたのはリクドウだった。


「この先に他の魔神もいるんだな?」


「肯定する。アタナシア、ハイアーキス、ヘルマイネ。貴公らをここに招く際に協力した者たちだ。尚、貴公らとの話し合いの席を持つため、彼らにも宣誓をさせる。それを応じさせるのに、多少時間を費やしてしまった。それがしの遅参はそれ故のこと。今一度、謝罪しよう」


 公明正大と言っていいほどのスールトの返答にリクドウは舌を巻く。


「そこに時間がかかったってことはさ、意志の統一できてないんじゃないの? ちゃんと話し合いになるのかにゃー?」


 魔神相手にもレイアーナはいつも通りの口調で尋ねた。


「理解する。貴公らの不信は当然のこと。それ故にこの宣誓が必要と判断した。だが、この宣誓は一方的に我らが貴公らへ害をなすことを禁ずるもの。その逆はない。宣誓に危惧を抱く者がいるのも無理からぬこととご理解願いたい」


「魔神が危惧を抱く、ねぇ」


 と、ルナルラーサ。


「貴公らは、我ら八柱の魔神将を現界より放逐し、魔王陛下を屠りし者。その力を侮るつもりはない」


「……魔神にもそういう感情があるのねって意味で言ったのよ」


「得心する。それに関わる話もすることになる。さあ、あれに見える扉だ」


 スールトの厳つい手甲が示す先には、シンプルだが精緻さを感じさせる意匠が施された扉があった。

 その奥からは確かに三つの魔神の気配があったが、それは不思議なほど落ちついたもので、敵意や殺気といったものはまったく感じられなかった。

 リクドウたちは視線を合わせ小さくうなずき合う。

 そして、重苦しく開かれていくその扉を潜り抜けた。

 部屋というには広すぎるその空間には、黒曜石で作られたと思われる黒光りする長テーブルが設えられていた。

 長テーブルの向こう側の席には気配通り三柱の魔神が座している。

 正面にいる青い魔神が『激流公』ハイアーキス。一見してスールトのように甲冑を着こんでいる様に思えるが、よく見るとその青は常に流動的に動いており、甲冑に見えていたものは大河の激流を封じこめるためのガラスの容器のようなものであることがわかる。

 その右にいるのが『死なずの王』アタナシア。足まで届く鈍色の長く豊かな髪に煌びやかな金色の王冠と、巨大なルビーが填めこまれた王笏、そして、真紅の外套。だが、それらを身に纏っているのは身の毛もよだつほどの禍々しさを放つ骸骨だ。

 ハイアーキスの左にいるのは『妖艶なる獄吏』ヘルマイネ。こちらは豊満で艶やかな褐色の肌を持つ女性のエルフといった容姿をしており、並ぶ二柱の異形と比べると安堵を覚えるほどだが、実際に戦ったリクドウたちは、ガビーロールに負けず劣らずの厄介な魔神であることをよく知っていた。

 スールトは魔神たちの正面に座るよう促し、自分はヘルマイネの左側の席に腰を落ち着ける。

 首座に着かないのは、話し合いをするが故の配慮か、それとも別の思惑があるのか。

 そんなことを考えつつ、リクドウは促された通りに席に着いた。

 リクドウの右手にレイアーナが、左手にルナルラーサがそれぞれ座る。


「……なんだかヘンな気分ね。魔神と同じテーブルに着くなんて」


 ルナルラーサのそのぼやきには、リクドウもレイアーナも同意する他なかった。


「許可を得たい。茶の用意をしてもいいだろうか」


「好きにするといい」


 即座に許可を出すリクドウにルナルラーサはギョッと目を剥く。


「ちょっと――」


「毒を食らわば皿まで、だ。今さら小細工もないだろ?」


「……ったく。リクドウがそう決めたならそれでいいわよ。レイアーナもそれでいいわけね?」


「にゃはは。ま、それっきゃないっしょ」


 リクドウたちの話をしっかり待ってから、スールトはうなずき、その手甲の手を打ち鳴らした。


「痛み入る。――スールトが命じる。茶の用意をせよ」


 その命令に従って、二人の女性がティーセットを運んでくる。

 人の気配など感じていなかったリクドウとルナルラーサがピクリと反応するが、それはレイアーナが制した。


「よく見て。人型だけど人じゃない。あれはルーンサーバント。昔の魔法使いがよく使ってたゴーレムの一種だね」


「然り。これらは固有の意志を持たず、複雑な命令も受けつけぬ。我ら魔神が手ずから茶を淹れるよりはよかろうとの配慮だ」


「はいはい、ご配慮どうもありがとうございます」


 ルナルラーサが、もう折れたとばかりにそう言いながら、しっしっと手を振る。

 そうしている間にも、二体のルーン・サーバントが、カップを用意し、そこに温かな湯気を立てる液体を注いでいった。


「ルーンサーバントにも、ちゃんと服を着せてるんだねぇ。しかも女の子のヤツ。これはどうしたの?」


 レイアーナが興味深そうに聞く。


「私が作ったのよ」


『妖艶なる獄吏』ヘルマイネが口を開いた。


「スールト大元帥閣下ったら、その子たちを裸のまま使おうとするんですもの。無機質なデクの姿で給仕されても、人間にとっては不気味なだけでしょうに。服のセンスが今風じゃないかもしれないけれど、そこは大目に見てもらえると嬉しいわ」


「んにゃ、かわいいよん♪」


「それはどうもありがとう。そう言ってもらえて本当に嬉しいわ、レイアーナ・ヴェルデ。貴女もとても素敵よ。冒険者然とした恰好していても、所々にお洒落のセンスを感じるわ」


 ヘルマイネの妖艶な笑みとともにそんなことを言われて、レイアーナは背筋をくすぐられるような感覚を味わう。

 危ない危ない。気を引きしめなきゃ。

 別にヘルマイネが、レイアーナになにか危害を加えようとしたわけではない。

 だが、害意の有無にかかわらず薔薇の棘は時に触れた者を傷つける。

 ヘルマイネの場合、害意や敵意どころか、愛すら感じる棘だから尚タチが悪い。

 ヘルマイネの別名は『束縛の魔神』。

 この魔神の前では誰もが物理的にも精神的にも束縛されるのだ。


「魔神らに告げる。我らが客人、勇者一行に対し不戦の誓いを宣べよ」


「あら、閣下を怒らせるつもりはありませんでしたのよ? むしろ、閣下のお茶目なところを知ってもらおうと――」


「再び告げる。ヘルマイネ、宣誓を」


 再度の通告にもヘルマイネはたおやかに笑って、そしてこうべを垂れた。


「ヘルマイネの名においてお約束いたします。話し合いの内容、それに対する双方の態度に拘わらず、お互いが敵として別れる時まで、決して害を為すことはありません」


 次いでハイアーキスが男女二人の声が重なりあったような声で宣誓する。


「ハイアーキスの名において誓ウ。話し合いの内容、それに対する双方の態度に拘わらズ、お互いが敵として別れる時まで、決して害を為すことはなイ」


 そして、アタナシアも白骨化した歯をカチカチと鳴らしながら宣誓した。


「アタナシアの名において宣誓するのである。話し合いの内容、それに対する双方の態度に拘わらず、お互いが敵として別れる時まで、決して害は為さぬのである。たとえ、余が害を被ろうとも、である」


 その最後の宣誓で、リクドウたちが一方的に攻撃しようとも、魔神たちは反撃すらしないということが明確化される。

 厳密には、それを宣誓したアタナシアのみがそこを明確にしたことになるが、そこに詐術があるようにはリクドウたちには思えなかった。


「俺も誓おう。この話し合いが終わるまで、俺もおまえたちに危害を加えたりしない」


 リクドウの言葉をスールトが右手を差し出して制する。


「その気持ちには感謝する。しかしながら、その誓いは無用。制約に縛られし存在である我らと違い、貴公らはそれに縛られぬ」


「……人間の宣誓では信じられないと?」


 誓いを無用と言われて、さすがのリクドウも少しムッとして返すと、スールトは数瞬考えるように黒い手甲で兜の面貌を撫でた。


「謝罪する。信用、信頼の有無を断じたわけではなかった。しかしながら――」


 なおもなにか言おうとしたスールトをヘルマイネが遮る。


「大元帥閣下。一方的に信用してくれ信用してくれでは誰も信用などしないわ。相手の言うことを受け入れ、尊重する寛容さこそが、お互いの信用と信頼を築くのよ」


 ルナルラーサが酷く微妙な表情をした。

 魔王討伐のために旅していた頃にも、その後傭兵となって大陸諸国を旅していた頃にも、これほどまともな台詞を何回耳にしたというのだろうか。


「得心する。ヘルマイネ、やはり卿がもっとも人間を理解しておるな。賞賛と助言への感謝を贈ろう」


「もったいないお言葉、恐悦至極に存じますわ。ふふふ」


 そして、部下の助言を素直に聞き入れ、賞賛する上官の姿を見たことも稀だった。


「今一度謝罪する。貴公の宣誓、ありがたく頂戴する」


「そうしてもらえると助かる。ルナルラーサ、レイアーナ。二人は好きにしてくれ。俺は俺の矜恃に従ってやっただけだから」


「ふぅ……。いいわよ、アタシにだってアタシの矜恃がある。この話し合いが終わるまで、アタシもアンタたちに一切の危害を加えないことを誓うわ」


 この状況に一番不服そうだったルナルラーサのその宣誓に、リクドウが目を丸くする。


「んじゃわたしもそういうことで。この話し合いが終わるまで、危害を加えるようなことは一切いたしません」


「付き合わせちまって悪いな」


「フン……。魔神の方が人間よりマシだなんてことにはしたくないもの」


「にゅふふ。なんやかんや言ってもリクドウはわたしらのリーダーだもん。従うよ、わたしは」


 リクドウはそんな二人の態度に小さく笑った。


「貴公らの宣誓に感謝する。さあ飲まれよ。茶が冷めてしまう。この茶は、魔王陛下が愛飲されていたもの。陛下の好物を穢すような真似は決してせぬゆえ」


「ああ、信じよう。この話し合いが終わるまではな」


 スールトに促されてカップを口に近づけると、温かな湯気からどこか懐かしい深く甘い香りがした。

 どんな茶かと思って恐る恐る口につけ、そして口の中にその熱い液体を啜り入れる。


「ん……。ずいぶんと濃いお茶ね……。あ、でも、なんだか甘みがあって、渋みもあんまりなくて……結構好きかも」


「んふ、ルナって結構舌肥えてるねぇ。これはなかなか高級なお茶だよ。まさかここでお目にかかるとは思ってなかったけど。でも、さっきの話が正解なら、宜なるかなってところ?」


「さっきの話?」


 ルナルラーサは首を傾げたが、リクドウはその言葉の意味がよく理解できていた。

 その茶はスメラの茶だったのだ。

 ここまで濃厚で深い味わいのものはリクドウも飲んだことはなかったが、自分が子供の頃に飲んでいたものの遥か延長線上にあることは疑いようがなかった。


「おそらくだけど、これはギョクロってヤツだろうな。たぶん」


「お、リクドウ飲んだことあったんだ?」


「ないよ。庶民の出だって言ったろ? でもスメラの茶は飲んでたし、話にくらい聞いたことはある。俺にはじめて剣の握り方を教えてくれた近所の爺さんが飲みたがってたのを思い出したよ」


「へぇ、スメラのお茶なんだ。リクドウの故郷の……ん?」


 ルナルラーサは、そんなリクドウの昔話に耳を傾けていたが、ふと気がついて目をパチクリさせる。


「さっきの話って、そういう!?」


 リクドウは手をかざしてそれを押し止めた。


「その話は後だ、ルナルラーサ。スールト、美味しいお茶をありがとう。さて、話し合いとやらをはじめてもらおうか」


「安堵する。気に入っていただけたようでよかった。では、本題に入らせていただこう。まずは説明する。我らが置かれている状況をだ」


 そう言って、スールトは一度座り直す。


「十二年前、我らは貴公らに現界から放逐された。だが、我ら魔神はそれで本質的に消滅するわけではない。ここまでは貴公らも承知していることと判断してよろしいか」


「『現界』というのは、今俺たちが存在しているこの世界、ということでいいな? それならわかってる。問題はなぜまたおまえたちが現れたのかだ」


「然り。その理由はひとえに、『魔王陛下との召喚契約が未だ途切れてはいないが故』ということになる」


 リクドウたちはその理由を聞いて目を見開いた。


「まさか……魔王がまだ生きている……?」


 その呟きにスールトの兜が左右に振られる。


「否定する。そうであれば、それがしも貴公らとこの席を設けようなどとは考えなかったであろう。そしてまた皮肉にも、貴公らが我らを放逐し、魔王陛下を殺せし者故に、それがしは貴公らに敬意を抱き、対等以上の者としてこの話し合いの席を持とうという発想に至ったのだ」


「なんの話し合いをしようってのよ。召喚主がいないなら、契約もなにもないでしょうが」


 ルナルラーサの言葉にもスールトはまたその兜を左右に振った。


「契約が継続している以上、我らはそれに基づいた界に縛られる。十二年前のように一時的に放逐されたとしても、時が経てばこうしてその世界に『再構築』される。そのような存在なのだ」


 そこには召喚魔法も使うレイアーナが疑念の声をあげる。


「おかしいよ、それ。悪魔だろうが精霊だろうが力の強い存在を召喚するのは膨大な魔力が必要なはずでしょ? 契約で現界に留めておくことにだって魔力は必要なはず。あなたたちのような魔神を召喚できたのも、魔王の膨大な魔力があったからなんじゃないの? その魔王が死んでるのに、あなたたちはどうやって現界に留まるだけの魔力を得てるわけよ?」


「魔王陛下の真に恐ろしきは、それである」


『死なずの王』アタナシアが白骨化した歯をカチカチと鳴り合わせながら言った。


「陛下は個体としても我ら魔神を軽く凌駕する魔力を持っておられたが、それ以上に、世界に漂う魔力をかき集め自らの魔力として使うことに長けておられたのである」


 リクドウはうなずく。

 魔王討伐時にも、それが最大の問題点として立ちはだかっていた。

 結局、古代の魔導具の力を借りて魔王の居城を包みこむ、魔力無効化の結界を作り出すことで対処したのだが、その結界も魔力を無制限に無効化できるようなものではなかった。

 結果として、それで防げたのは魔王が扱う広域攻撃魔法くらいで、直接の対決時にはリクドウが聞いたこともないような上級魔法に何度も襲われることになったのだ。


「どのような方法かは陛下しか知らぬことであるが、陛下はそれら自然魔力に契約やその維持で消費される魔力を肩代わりさせる方法を編み出していたようなのである。そして、おそらくそれは、契約主であるはずの魔王陛下が亡くなられても契約が継続していることと無関係ではないのである」


 リクドウも多少の魔法の心得はあるが、そんな半端な知識では到底及ばぬレベルの話だ。

 自分よりは詳しいだろうとレイアーナの方を見るが、小さく肩をすくめられてしまう。

 サイオウがここにいればなにかわかるだろうに。

 リクドウは十二年もの間顔を見ていない幼なじみの魔法使いを脳裏に浮かべた。


「それで」


 焦れたようにルナルラーサが言う。


「アンタたちが復活してきたのはわかったわ。でもどうしてこんなに同時に? アンタたちに加えてガビーロール。残りの三匹だって復活してるんじゃないの? そこになんの思惑もないとは思えないんだけど?」


「その通りダ、『銀の月』ヨ」


 男女重ねられた声が応えた。ハイアーキスだ。


「八柱の魔神すべてが現界に復活していル。だが、それも魔王陛下による術式の効果のようなのダ」


「……どういうこと?」


「ワタシたち八柱の魔神同士を繋ぐ魔術的なリンクが形成されていル」


「一柱の魔神が復活すれば、それを基点に順次他の魔神も復活する仕組みよ。ルナルラーサ・ファレス」


 ヘルマイネが補足する。


「厄介な……」


 ルナルラーサは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「他の魔神はどうしたんだ? ガビーロールとは袂を別ったなんて言っていたが」


 とリクドウ。


「返答する。最初に復活したのがガビーロールだ。彼奴はなんらかの目論見を持って、我らの復活をコントロールした疑いがある」


「コントロール?」


 スールトの兜が下に傾けられた。


「補足する。復活の地点は最初に召喚された魔法陣が存在すればそこになり、なければ放逐された地点になる。貴公らもそこに封印を施したことと思う」


「ロミリアが念入りにやってたねぇ」


 レイアーナが苦笑する。


「追補する。もう一つ手段があるのだ。それは復活のための新たな魔法陣の形成。ガビーロール、もしくは彼奴の息がかかったものが、それを大陸の各地に施行したと判断している」


「私たちを集めるためだとか、魔王陛下の遺志によるものならば話はわかるのだけれどね……。ガビーロールはそれらの魔法陣を用意するだけ用意して、放置したの。復活した直後の私たちは状況がわからずに混乱したわ。どれだけの時間が経っているかもわからずに、放逐された直前の意識のまま、憎い敵であるあなたたちを捜し求めたりもしたのよ?」


 そう言ってうっすらと笑うヘルマイネ。

 だが、アタナシアの方は苛立った様子で歯をカチカチと鳴らした。


「余も、かの聖女との死闘の最中のつもりであったのである。オライデンといったであるか。彼の地の民はさぞや驚いたことと思うのである」


 アタナシアがそう言うと、ハイアーキスもそれに続く。


「ワタシが復活したのはチャウチェスターという国ダ。アタナシアと同じく、ワタシも錯乱していタ。ワレに返った時にはすでに大洪水を引き起こしてしまった後だっタ。状況に気がついて、すぐに身を潜めはしたガ」


「被害を出したのか!?」


 さすがのリクドウも気色ばんだが、レイアーナが軽く手を出してそれを制した。


「ごめんなさいね。私が謝ったところで意味はないでしょうけれど。それとスールト閣下が先ほどおっしゃったように、そんな状況で復活することになったのはガビーロールの“いたずら”のせいなのよ。私たちの本意じゃないのはわかってほしいわ、リクドウ・ランドバルド」


 ヘルマイネがそんなリクドウに釈明し、たおやかに頭を下げる。


「“いたずら”ねぇ……。ガビーロールは一体どういうつもりなのよ?」


 気に食わなそうにフンと鼻をならしてルナルラーサが聞いた。

 小さく首を傾げてヘルマイネはスールトに視線を投げかける。


「推測する。彼奴の本質は『遊興』。今の大陸では平穏に過ぎると感じたのであろう」


「平穏じゃ面白くないから大陸を混乱に陥れたいってわけ? ガビーロールらしいっちゃらしいけど、アンタたちはどうなのよ? アンタたちだって、その本質とやらは大して変わらないんじゃないの?」


「いい加減にしなよ、ルナルラーサ」


 レイアーナはその言いっぷりを窘めたが、スールトがそれを認めた。


「許容し、返答する。魔王陛下は、自らがいずれ勇者によって倒されるであろうことを予見しておられた。そして、それがしにのみその後のことを託されたのだ。よってそれがしはそのご遺志に沿って行動している。ここにいる三柱はそれに従うことを選んだ者。だがそれは、契約外のことであり、それに従うか否かは、それぞれの意志に基づくということだ」


「魔王の遺志?」


 その言葉にはルナルラーサのみならず、リクドウもレイアーナも眉を顰める。


「その危惧は理解する。だがそれは現界及び人間たちを害するようなことではない。むしろ、我ら魔神が魔界へ帰還する方法が得られるかもしれぬことなのだ。推測する。これは貴公らの目的にも合致するものではないか」


 リクドウたちは顔を見合わせ、そしてうなずいた。


「だが、魔王がどういう術式を用いて死んだ後も契約を継続しているのかはわかっていないんだよな? そんな遺言を聞いていたとしたら、話が食い違うんじゃないか?」


「合致している。そも、そのご遺志は魔王陛下ご自身に関わること。だが、それが為される際には、我らを如何なる方法で召喚せしめたのかをも知れる可能性がある」


「その場合、他の魔神はどうなるのよ? ガビーロールだけじゃないわ。プロシオン、ロウサー、フェルミリア。そいつらが残るんじゃ意味ないじゃない」


 ルナルラーサのその疑問にはハイアーキスが男女重ねあわせられた声をあげた。


「ワレら八柱の魔神将は同時に召喚されタ。ワレらを繋ぐ魔術的なリンクの都合と思われル。すなわち、召喚契約の破棄が為されるならバ、八柱すべてが魔界への帰還に至るはずダ」


「……そういうもんなの?」


「まあ、理屈は通ってるんじゃない?」


 ルナルラーサはリクドウ越しにレイアーナと話したが、リクドウは別のことを考えているようだった。


「魔王の遺言そのものは教えてはもらえないのか?」


「リクドウ・ランドバルド。貴方は故人の遺言をおいそれと人に教えるというのかしら? それも閣下は魔王陛下ご自身に関わることだと明言されているのに」


「それは……」


 ヘルマイネの言葉にリクドウは視線を落とす。


「ごめんなさいね。意地悪で言ったつもりではないの。なにしろ、それを知っているのはスールト大元帥閣下のみ。私たちもその内容は聞かされてはいないのよ」


「それ故にロウサーとフェルミリアは余らの元を去ったのである。ガビーロールはその性向故に余らの不興を買い、ガビーロールと同質の性向を持つプロシオンは彼奴についたのである」


 アタナシアの補足を受けてルナルラーサがさらに質問した。


「なるほどね……。まあ、アンタたちが一枚岩だなんて思ってはいなかったけど。それで、ガビーロールたちとロウサーたちが合流するってことはないわけ?」


「あるやもしれヌ、ないやもしれヌ。だが合流したとしても一時的なものと思われル。彼奴らの性向は真逆。特にロウサーは以前からガビーロールを毛嫌いしていタ」


「逆にロウサーはフェルミリアのことが大好きだったみたいだし、フェルミリアも満更でもなさそうだったから、あの二柱はきっと一緒にいるわ。かわいらしいわよね。とても素敵なことだと思うわ」


 からめ手を使う魔神として同じカテゴリーに入れていたガビーロールとロウサーが仲が悪く、ロウサーとフェルミリアはまるで初心な恋人同士のようなことを言われ、リクドウたちは軽いパニックに襲われる。


「アンタたち魔神でしょう!? なんでそんな人間みたいな考え方してんのよ!」


 ルナルラーサに至っては限界に至ってしまったようだ。


「同意する。それがしも以前より疑問に思っていた。なにゆえ我らの精神は人間のそれに酷似しているのか、と」


「アタシはそういうことを言うのをやめてって言ってるの!」


「その嫌悪は理解する。だが、耳を塞いだところで眼前に横たわる事実は変わらぬ。それがしは――否、我ら魔神は人間と酷似した精神性を持っている」


「相手を嫌悪することもあれば、好意を抱くこともあるわ。侮蔑することもあれば、敬意を抱くこともあるの。今度は私から聞きたいのだけれど、レイアーナ・ヴェルデ。どうかしら? エルフの血が流れている貴女ならもう少し客観的な見方ができるのではなくて?」


「いやぁ、まいったね。にゃはは……」


 ヘルマイネからのご指名を受けてレイアーナは照れくさそうにポリポリと鼻の頭を掻く。


「ここまで話した感じだと、そうだね。個性的な話し方ってこと以外は、あんたたちの話し方、考え方はエルフよりも人間に近いと思うよ。まあ、十二年前に比べたら、だいぶ人間寄りのエルフも増えたけどね」


「ありがとう、レイアーナ・ヴェルデ。貴女はやっぱりとてもかわいらしくて、聡明で、その上素敵だわ。本気で好きになってしまいそうよ。貴女と四六時中一緒にいられたらとても楽しいでしょうね」


「ご、ご遠慮しておきます……ごめんなさいっ」


「あら、残念ね。やっぱりリクドウ・ランドバルドのことを愛しているのかしら? それとも、ルナルラーサ・ファレスのことを? いえ、もしかして、三人で愛を育んでいるのかしら? だとしたら、それはとても困難で、それ故にとても素晴らしいことだと思うわ」


「違うから! この二人のことはそりゃあ大好きだけど、そういうんじゃないから!」


 ヘルマイネは尚も愛しげな微笑みをレイアーナに投げかけた。


「レイアーナ・ヴェルデ。貴女の本当に素敵なところはそこよ。大好きという言葉を包み隠さずに言えること。後はまだ押し殺している気持ちを解放して、思い切って行動してみるともっと素敵な未来が開けるかも知れないわ。がんばってね」


「な、なにをがんばれと……」


 レイアーナはそう呟いてから、ヘルマイネの術中である可能性に思い当たりブンブンと左右に頭を振って正気を取り戻そうとした。


「警告する。ヘルマイネ、無関係な話は謹め」


「そう無関係でもないと思いますわ、大元帥閣下。私の考え方が人間に近いのかどうか、私も思ったことを包み隠さずに話しましたの。あえて人間に近づけたつもりもありませんから、常識や倫理観といった違いはあるでしょうね」


 日頃レイアーナに弄られまくっているルナルラーサは、はじめこそは痛快に思っていたが、滅多に見ないレイアーナのげっそりとした表情に、自分がヘルマイネの標的になったら一溜まりもないと気づき、なにも言わずに気配を潜めた。


「それでスールト。その疑問に答えは出たのか?」


 リクドウがスールトに問いかける。


「おそらくは。そも、それは我ら魔神とはどういった存在なのかという問題にも起因する」


「聞かせてくれ。魔王討伐以降、俺もできる範囲で調べていたんだが、結局よくはわからなかったんだ。『神々の敵対者』『魔属の神々の眷属』そうした説も根強いみたいだったが、反証の方が多いようでもあった。おまえたちはいったいなんなんだ? そして、おまえたちを統べていた『魔王』とは、いったい?」


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