72話 釣り勝負と被害者
「──これで九匹目!」
「ちぃ、先行されたか! だが、まだだぁ!」
「っ!? 嘘、二匹同時!?」
「ははははは! 運が我に味方をしたようだな、タマモぉ!」
「まだまだ、ここからだ!」
「はははは、その減らず口がどこまで」
「来た!」
「なにぃ!?」
タマモとアオイが激しく争っていた。
お互いに鬼気迫る表情で、手に汗を握りしめながら一心不乱に前を見据えていた。
ふたりの攻防はまさに一進一退の繰り返しだった。
片方が先行をしたと思ったら、すぐさまもう片方が追いつき、そのまま追い抜くを何度も繰り返していた。
お互いを見やる目はひどく真剣だった。
「こいつには絶対に負けない」という意思をありありと感じさせている。
まさに真剣勝負と言ってもいい様相を示しているのだが、その実態は釣果を争っているだけである。
傍から見れば、「おまえら仲がいいな」としか思えない光景であった。
だが、当のふたりにしてみれば、相手を負かすことしか考えていない。
最初は遊び感覚の釣り勝負であったのだが、途中からふたり揃ってガチになったのだ。
実際、タマモは「七尾」を解禁し、アオイはアオイで「事象の攪拌」を用いている。
お互いにお互いが持つチート能力をフル活用しながら、「こいつには絶対に負けない」と意地の張り合いを行っていた。
とはいえ、ふたりがいるの東の第三都市「ガスト」近郊の危険地帯である樹海の内部。
危険地帯の樹海ではあるが、ふたりがいるのは樹海内でも比較的安全地域である浅層付近。
しかし、比較的安全地域とはいえ、こうも騒ぎ立てては周辺のモンスターを呼び込んでしまうことになる。
現にいまものっそりとした足取りで、巨体を誇る一頭のモンスターがふたりの元へと訪れていた。
ふたりの前に現れたのは、一頭の巨大な牛型モンスターだった。
全身を青い毛で覆われた姿は、同じ牛でも牧場で飼育されている家畜の牛ではない。家畜の牛よりも全体的に筋肉質であり、まるでバイソンのようだった。
そのモンスターの名はセルリアンブル。その肉は最高級として流通することもあるほど。
ただ、なかなか市場で流通することがない。
その理由はセルリアンブルの強さにあった。
セルリアンブルはその筋肉質の体格を活かした突進を以て敵対者を葬り去る。
突進の威力は、タンク系プレイヤーでも容易に弾き飛ばされるほどである。
相対すれば、顔面が蒼白となるほどの強者。体毛の色だけではなく、その圧倒的な強さからなる相対する被害者の反応から付けられたのがセルリアンブルという名前の由来であった。
そのセルリアンブルが、のっしのっしとふたりの元へと近づいてくる。
ふたりを見る目は明らかに興奮している。興奮のあまり狂気染みていると感じられるほどだった。
狂気の瞳をふたりに向けながら、セルリアンブルは前脚を地面に打ち付けるようにして搔きながら、荒い呼吸を繰り返している。
代名詞である突進をいまから繰りださんとしているのは明らか。
タマモとアオイのどちらを目標にしているかは定かではないが、仲良く隣り合って釣りをしている現状では、ふたりの間へと突進すれば、それだけでふたりを簡単に弾き飛ばせることであろう。
それこそピンボールの玉のように弾き飛ぶふたりの姿が容易に想像できるほど。
セルリアンブルも数十秒後に自身の突進によって、無惨に散る犠牲者の姿を思い浮かべて、何度も何度も地面を搔いていく。
やがて、呼吸が整ったところで、セルリアンブルは目を見開くと、野太い声とともにタマモとアオイの間に、ふたりごと巻きこむようにして突進を敢行する。
野太い声とともに地震を思わせるような振動を生じさせながら、セルリアンブルは突進し、あと少しでふたりに着弾するというところで──。
「「うるさい!」」
「ブーっ!?」
タマモとアオイに同時に下から掬い上げられるようにして、顎をかち上げられた。
その音はドゴォンというおおよそ生物相手に生じるものではなかった。
セルリアンブル自身は、自分になにが起こったのかわからないまま、その巨体は地面から離れて宙を舞わせていく。
宙を舞ったセルリアンブルは、ドォンという音と供に地面に強かに体を打ち付けた後、巨大な肉塊に変化した。
おおよそ一トン超はあっただろう巨体は、精肉店のような包みに覆われた見事な霜降りの塊となったのだった。
その塊の周囲にはセルリアンブルの毛皮や角などのドロップ品が落ちている。
が、ドロップ品があるのはセルリアンブルだけではない。
セルリアンブル以前にもふたりにと襲いかかった樹海産のモンスターたちのドロップ品がタマモとアオイの周辺には散乱している。
正確には散乱というよりも、規則正しく並べられている。
いまもセルリアンブルのドロップアイテムは、タマモの「七尾」のうちの何本かが他のドロップアイテムと同じようにして規則正しく並べていく。
だが、当のタマモも、そして相手取るアオイもそのことはどうでもいいのか、自分たちの釣り勝負にのみ集中していた。
「これで十二!」
「なんの! 我はこれで十三じゃ!」
「く、負けるかぁ!」
「勝たせて貰うぞ、タマモぉ!」
ぎらぎらと目を輝かせながら、釣り勝負を続けるタマモとアオイ。
お互いの放つ覇気とも言うべき気迫が周囲には立ちこめている。
だが、どれほど気迫を立ちこめようとも、ふたりのしていることはただの釣り勝負でしかない。
しかし、「勝負」と名が付くのであれば、そう簡単には負けられない。
特にこの相手にだけは、と。タマモもアオイもお互いに思っていた。
まさしくライバル然とした姿を見せるふたり。
たとえそれが釣り勝負という、なんとも平和的な内容であっても、ふたりはお互いにだけは負けられないと意地を張り合っていく。
そんなふたりの姿に、タマモの「七尾」が疲れたように、呆れたようにその身をげんなりとさせていた。
だが、「七尾」の反応にふたりは気付くことはなかった。
気付かないまま、ふたりは延々とお互いに対して限定の負けず嫌いを発揮し続けることになるのだった。
なお、ふたりの釣り勝負の結果は、お互いに二十匹の釣果を上げたところで、たまたま通り掛かった聖風王によって引き分け扱いされることになった。
ちなみにセルリアンブルが「ブー」と鳴いたのは、バイソンの鳴き声が「モォー」ではなく、「ブー」らしいのでそれに倣ってのことですので、あしからず。




