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70話 レアアイテムの噂

 夕焼けが目にしみていた。


 常に夕焼けに照らされた「アルト」──始まりの街とも呼ばれる西洋と東洋が混在した街。


 左を向けば、パルテノン神殿がありそうなギリシア、右を向けば、中国の城郭内の街並みなど、他にも洋の東西を問わない建築がごっちゃ煮になっていた。


 ごっちゃ煮のはずなのに、統制が取れた不思議な街並み。 


 タマモは「アルト」の街並みを、ランドマークである時計塔の上から眺めていた。


「……ここからの眺めは素晴らしいですね」


 しみじみと頷くタマモ。


 その背中には腕を組んだアオイが立っていた。


 先の「武闘大会」において、クラン部門エキスパート級の決勝戦における一騎討ちを行いあったふたり。


 そのふたりが全プレイヤーが最初に訪れる「アルト」の時計塔の最上階で顔を合わせている。


 その光景はふたりの関係を知らない者であっても、目を惹かれるものであった。


 片や「銀髪の魔王」と称する最凶のPKと謳われたアオイ。


 そのアオイを「武闘大会」で打倒し、事実上最強のプレイヤーと謳われつつあるタマモ。


 ふたりの確執を語り合う掲示板も存在するほどに、ふたりは「エターナルカイザーオンライン」において光と闇を象徴するプレイヤーとしてその名を知らしめていた。


「EKO」を始めたばかりのプレイヤーであっても、ふたりの名は知らないというのはありえないほど。


 このふたりのうち、どちらかに憧れて「EKO」を始めたというプレイヤーは多い。


「EKO」において、一、二を争うほどの有名プレイヤーであるタマモとアオイが顔を合わせているのだ。


 もし、時計塔にふたり以外のプレイヤーがいれば、大騒ぎになっていることは間違いなかった。


 それこそ、「速報」と称して新しいスレッドが立ち上がってもおかしくはないほどに。


 しかし、いま掲示板に「速報」と題されたスレッドが新しく立ち上げられてはいない。


 それどころか、現在の「時計塔」の最上階にはプレイヤーがひとりもいなかった。


 いや、時計塔どころか、現在の「EKO」の舞台である異世界「ヴェルド」にはプレイヤーがほとんどいないのだ。


 ネットゲームにおいて、プレイヤーが誰ひとりいない時間というのは本来ありえないことだ。


 あるとすれば、メンテナンス作業中くらいで、それ以外のタイミングでプレイヤーがひとりもいないという状況はありえないことであった。


 そのありえない状況下にふたりはいた。


 事実、現在の「EKO」は小規模アップデートが行われていた。


 いままで語られてはいなかったが、これまでも小規模なアップデートは何度か行われていた。


 ただ、そのアップデートはだいたいが新機能の追加のためのものであり、その新機能も「あれば便利だけど、必須というほどではない」という程度のものでしかなかった。


 具体例をあげれば、現実の時間とリンクしている時計機能や、セットされた時間を知らせてくれるアラーム機能など。


 あれば便利ではあるが、ゲームライフにおいて必須かと言われたら、と言えるものを小規模アップデートのたびに追加されていた。


 今回の小規模アップデートも「便利機能の追加のため」という名目で行われている。


 そのアップデート中にタマモとアオイは特例でログインし、「アルト」の時計塔で密会を行っていた。


 アオイは「アプデ中にログインするとこういう光景になるのだな」と物珍しそうにしている。


 そんなアオイをタマモは「そうだね」とおかしそうに笑って見つめていた。


 そのやりとりは、ふたりが先の「武闘大会」で死闘を繰り広げたとは思えないほどに、穏やかなものだった。


 とはいえ、ふたりが死闘を繰り広げたのは事実である。


 だが、現在のふたりは休戦協定中なため、戦闘を行うことはない。


 そもそもアプデ中の特例ログインも戦闘をしないことを前提に許可されている。


 その前提を無視することはタマモにもアオイにもできないことだった。


 たとえ、アブデが名目上のものでしかないとわかっていてもだ。


 そう、今回の小規模アップデートはあくまでも名目である。


 実際のところは、小規模アップデートなど行われてはいない。


 なにせ、「EKO」の舞台である「ヴェルド」はゲーム内世界ではなく、現実の異世界なのだから。


 現実の異世界が逐一アップデートのためのメンテナンスなどするわけがない。いや、できるわけがない。


 とはいえ、そのことを知っているのはタマモだけ。あとはいまこの場にはいないマドレーヌくらいだ。


 タマモとマドレーヌ以外は、「ヴェルド」がゲーム内世界であると信じている。


 というか、実際の異世界と言っても与太話か、妄想癖があるとしか取られない。


 それは他のプレイヤーだけではなく、タマモと顔を合わせているアオイにも言えることであった。


 そのアオイは、タマモが時計塔からの眺めについての感想を聞き、「そうだな」と頷いた。


「本当によくできた世界だ。それこそ、本当に異世界にいるのではないかと思えてしまうほどだ。NPCも本当に生きている人間なのではないかと思うほどだ。本当によくできた世界だ」


 アオイは淡々としながら、「ヴェルド」をよくできた世界だと言った。


 そう言えるのはアオイが自分をプレイヤーと認識しているからである。


「ヴェルド」における創造主にして、主神「エルド」によって選ばれた英雄候補だという事実を知らないがため。


 だからこそ、アオイはゲーム内世界として、この世界をすごしている。


 アオイがそう感じてしまうのも無理もない。


 タマモはそう思いながら、「そうだね」とだけ頷いた。


「それで、アオイ」


「うむ。いまだ杳と知れずだな。どうしても情報が集まらぬ」


「……いったいどういうことなんだろうね」


「あぁ、まったくだ。盗賊ギルドの幹部たちもこの件に関しては首を傾げているよ。「我らの情報網に引っかからないなどありえない」とな」


「……逆に言えば、それほどの相手ってことだよね」


「うむ。いったいどのような手段を用いているのやら、皆目見当もつかぬ」


「そうか」


「すまぬな。協力しておいて、この体たらくだ。我もどうにかしたいところだが、さすがにどうにもならぬ」


 アオイは申し訳なさそうに謝っている。「謝ることじゃない」とタマモはアオイを慰めるように言うも、アオイは「それでもな」と首を振るだけだ。


「少しでもプラスになる情報があればいいのだが、あいにくそういう情報がまるでない」


「そうか」


「……まぁ、気晴らしというか、珍しい情報はあるんだがな」


「珍しい?」


「うむ。とあるアイテムの情報だ」


「アイテム?」


 アオイが口にしたのは珍しいアイテムの情報を得たというもの。


 正直、気晴らしにもならないとタマモは思ったが、アオイほどのプレイヤーが珍しいというのだ。


 相当のアイテムなのだろうと思いつつ、「内容は?」とタマモは尋ねていた。


 アオイは「あぁ、それがな」と切りだした情報。それは──。


「タマモは「氷の花」というアイテムを知っておるか?」


 ──「氷の花」と一部で呼ばれているアイテムの情報だった。

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