12話 武威を示すとき
お久しぶりです。
体調がようやく回復してくれたので、更新できるようになりました。
さすがに十二時には更新できませんでしたが←汗
今後はしっかりとしたいところですね←しみじみ
さて、今回は「宵空」さん視点のお話となります。
「ふぅ、危ないところであった」
アオイはタマモたち「フィオーレ」のそばから離れながら、口元を拭っていた。
そんなアオイの姿を後ろから「宵空」と呼ばれた男性プレイヤーは付き従う形で、「はぁ」と頷いていた。「宵空」にとっては、危ないどころの話ではなく、どう見てもKO寸前だった。
いやKOされているとしか言えない状況であった。とはいえ実際のことを言ったら、アオイに怒られそうだったのであえて、なにも言わない「宵空」である。
(あの小柄な少女に「姫」があそこまでなす術がないとは。珍しいものを見ましたねぇ)
とはいえ、珍しいものをみたところで、なにかが変わるわけでもない。これで下手に突っついたら、かえって危険がありそうで怖い。
(触らぬ神に祟りなし、とも言いますし、ここは触れないでおくのが得策でしょうな)
普段であれば、「宵空」は喜々として弄るところではあるのだが、相手が相手ゆえに下手な詮索と余計なことに首を突っ込むことは火傷では済まなくなる可能性が高いとあれば、下手な手段を取ることはそのまま命取りになるかもしれないのだ。
(ゲームの中だというのに、苦労するなどと御免ですからねぇ)
苦労は現実の中だけで十分だった。ゲーム内世界でくらいは、苦労などせずに面白おかしく立ち回りたい。それが「宵空」の考えである。ゆえに火傷にしかならない現状のアオイについてとやかく言うつもりなどないのだ。
「ふむ。なにも言わぬのだな、「宵空」よ」
不意にアオイが振り返って言った。その表情はぞっとするほどに冷たいが、とても美しい笑顔だった。まるで氷のような笑顔だった。
「……いえ、下手な詮索はかえって「姫」のご不興を買うだけかと思いまして」
「ふむ」
アオイはそれ以上なにも言わなかった。単に「宵空」に対する興味がなくなったというだけのことかもしれないが、当の「宵空」にとっては震えそうなほどに恐ろしい時間でもあった。
(……ふ、ふふふ。さすがは我らが「姫」ですな。耄碌されたかと少し心配ではありましたが、そんなことはありませんな。あの目、あの表情、まさに「悪魔」と謳われるにふさわしい姿。しかしその「姫」がまさかあのような少女に。人というものは本当に面白い生き物です)
「宵空」はアオイの様子を伺いながら、しみじみと痛感していた。自身もまた人ではあるが、自分以外の人という生き物はやはり面白いと「宵空」には感じられるのだ。その中でももっとも面白いと思うのが、目の前にいるアオイだった。
(……ベータテスト時でもまったく歯が立ちませんでしたが、リリース版でもこの人には敵いませんなぁ)
ベータテスト時から規格外と言われた存在のひとりが目の前にいるアオイだった。もっとも当の「宵空」も規格外の一角ではあった。
しかし同じ規格外ではあっても、アオイと自分とでは天と地ほどの差があると「宵空」は考えていた。それはアオイ自身も同じ意見のはずだ。だからこそリリース版で声を掛けられたときは驚いたものだった。
「おぅ。久しぶりではないか、「魔弾」の」
リリース初日。いきなりアオイに声を掛けられたとき、「宵空」は本気で驚いたのだ。まさかはるか格上の存在であるはずのアオイに声を掛けられるなど考えてもいなかったのだ。そのうえベータテスト時の異名をアオイが憶えていたのだ。ありえるはずのない現実に、「宵空」はただ言葉を失った。
「実はそなたに話があるのだが、聞いてはもらえぬかな?」
しかしアオイは「宵空」の反応を無視して話を進めて行った。その内容は実に面白おかしいものであり、「宵空」の好むところだった。ゆえに「魔弾」から「宵空」へと異名を変えたのだった。ただあえて不満があるとすれば、だ。
「……はぁ、やっと来た。遅すぎないかしら、「姫」と「宵空」殿」
声が聞こえてきた。それもいけ好かない声だ。少し先に、選手の入場口近くにはフードで顔を隠した女性プレイヤーが立っていた。アオイ同様に規格外と謳われた一角であるが、自分ともアオイとももともとは違う存在だった。対立する立場のプレイヤーだった。そのプレイヤーとまさか同じクランになるとは思ってもいなかった。それだけが「宵空」には不満だった。
「ああ、すまん、すまん。待たせたのぅ、「明空」」
「本当よ。なんで私だけが待たなければならないのよ」
「ふふふ、すまぬ。そう怒るでない」
「怒ってはいない。ただ呆れているだけ」
「そうか、そうか。それは悪いことをしたのぅ」
「……ぜんぜん悪びれていないのに、そんなことを言われても気持ち悪いだけよ、「姫」」
やれやれと「明空」がため息を吐く。アオイはただ笑っているだけ。そのやりとりが「宵空」には気に食わなかった。
「……申し訳ありませんなぁ、「明空」殿。私も「姫」もなにぶんまっとうなプレイヤーではありませんでしたので、もともとまっとうな道を進んでいたあなたとはいろいろと感覚が異なるようですので」
「……下手な挑発ですね、「宵空」殿」
「これは失敬。もともと挑発するつもりなどなかったので。そもそも挑発というのは同じレベルの存在同士でこそ成り立つものでありますから。まさかあなたに挑発と受け取られるとは」
「……それはあなたの方が格上だと仰いたいので?」
「さて?」
「明空」が睨み付けて来る。「宵空」もまた「明空」を睨んだ。お互いの視線がぶつかり合い、見えない火花が散っていく。
「これこれ、こんなところで仲間割れはやめよ。そのフラストレーションはこれからの獲物どもにぶつけるといい」
アオイが手を叩き、間に入り込んだ。そのひと言に「明空」はため息混じりに引き下がった。「明空」が引き下がるのであれば、「宵空」も引き下がるしかなかった。
「やれやれ、本当に協調性がないのぅ。まぁよい。我がそなたらに求めるのは、圧倒的な力よ。その武威を示すのであれば、あとはなにをしても構わぬ。ただいがみ合って足を引っ張り合うではないぞ」
「……了解、「姫」」
「承知いたしました」
「明空」ともどもに頷いた。もともとの立場は違えど、いまはアオイという旗印のもとに集う同士である。……いずれは決着を着けることになるだろうが、いまはアオイの言うとおり協力をしなければならない。「明空」も同じ意見なのか、まぶたを閉じていた。見たくないということなのだろうが、それはこちらとて同じである。
「さて、では我らの武威を示そうではないか。「蒼天」はここにあり、と」
アオイが笑う。その笑顔が浮かべられるのと同時に舞台の準備が終わったようだ。アナウンスが聞こえてくる。
「これより予選一回戦最終試合を行います。選手は舞台に上がってください」
アナウンスに従い他のクランが続々と舞台に上がっていく。そのクランを眺めてからアオイは言った。
「行くぞ」
アオイの言葉に頷きながら、「明空」ともどもに「宵空」はアオイの後に続いて舞台へと上がったのだった。
次回は明日の正午となります。




