56話 精査
「──ふむ。やはり情報はないか」
「蒼天城」の玉座にアオイは腰掛けていた。
腰掛けながら、アオイは集めていた情報を眺めていた。
タマモたちから依頼されていた情報収集。その第一弾の内容をアオイは精査していた。
そばには「天空王」の字を持つエアリアルが控えていた。
「ええ、さすがに一度目では、核心的な情報はえられませんね」
「そうだな。さすがに条件の幅が広すぎる」
エアリアルの言葉に頷きながら、アオイは脚を組みながら唸った。
タマモから任せられた情報収集。その内容はタマモの世話役とされるエリセに関するもの。
正確には攫われたであろうエリセの情報についてである。
特にエリセが失踪した日の情報。
なにかしらのことが起きたであろうことは確実だが、その際に起きたなにかについてと、エリセが囚われているであろう場所についてのふたつをタマモからは求められていた。
ただ、あまりにも条件の幅が広すぎた。
条件の幅があまりにも広すぎると、かえって精査はしづらい。
そのうえ、下手人がわかっていないのだ。
下手人がわからないとなると、より幅が広まってしまう。
もし、下手人さえわかれば、一気に情報は集めやすくなる。
下手人が寄りつきやすい場所や下手人の嗜好など、その他諸々の情報で、タマモが求めるものを得やすくなるのだ。
それもアオイが用いるのは、裏の情報網だ。
表では得られない情報であっても、裏の情報網を使えばどうにかなる。
それも核となる情報があればの話なのだが。
しかし、いまのところ、その核がない。
核がなければ、どうしても情報は精彩を欠いてしまう。
第一弾の情報収集は、かくして不発に終わったようなものだ。
不審人物に対する情報も一応は集めてみたが、大した情報はない。
せいぜいが、当時の「アルト」の街中で見知らぬ、やけに小汚い老人がいたということくらいか。
とはいえ、その老人が下手人というのは、いくらなんでも無理があるだろう。
アオイの持つ情報網によれば、ズタボロの服を身につけた、痩せこけた老人だったという。
おそらくはホームレスなのだろうが、さすがにホームレスの老人がエリセを攫うというのは無理がある。
聖風王からの話によると、エリセは特別なNPCとあった。
その実力はエアリアルよりも上であり、アオイと比べてもそこまで差があるわけでもないということだった。
それほどの実力を持ったエリセが、老人のホームレスの魔の手に落ちるというのはいくらなんでも考えづらい。
ホームレスの老人がどのような人物なのかはわからないが、エリセ以上の実力者というのはさすがにありえないだろう。
もっとも、そのありえないことがごく稀に起きることもある。
特に「ヴェルド」というゲーム内世界であれば、なおさらそのようなNPCが現れたとしても、不思議ではないだろう。
ただ、件の老人はいま「アルト」にはいない。
それも「アルト」を出た痕跡もないのに、「アルト」からいなくなっているという。
これに関しては裏の情報を扱う盗賊ギルドにも確認を取っている。
盗賊ギルドは、裏の情報を扱うだけではなく、「アルト」に出入りする人物についても取り扱っていた。
その盗賊ギルドを以てしても、件の老人が「アルト」からいつ出ていったのかがわかっていないのだ。
可能性があるとすれば、人知れず死亡したか、転移魔法を使ったかのどちらかであるということ。
ただ、転移魔法に関しては「ありえないことだが」という付属ありだが。
曰く、転移魔法を使うと、魔力の痕跡が必ず残るそうなのだ。
しかし、老人の場合はその痕跡が一切残っていなかったという。
痕跡が残らない転移魔法など存在しない、と盗賊ギルドは断言していた。
ただ、例外もあるという話でもあったが、その内容は盗賊ギルド曰く「荒唐無稽すぎること」というらしい。
というのも、神の力を用いればいいということ。
たとえば、主神エルドの加護を持っていたとすれば、魔力の痕跡なく転移魔法を用いることもできるそうだ。
魔力の痕跡を探れるのは、あくまでも人智に及ぶ程度までという話だった。
なんでも、魔力の痕跡を探るための方法は、あくまでも人の手で扱える程度の魔力までらしい。
人の手に及ばない魔力は、そもそも探知すること自体ができないらしいのだ。
ゆえに、神の加護を用いての転移魔法であれば、盗賊ギルドの探知をくぐり抜けることは可能らしい。
だが、いくらなんでもそんな加護持ちであれば、盗賊ギルドがその存在を認知していないというのはありえないそうだ。
件の老人が今回の件には関係ないであろうことは間違いない、と盗賊ギルドからは言われていた。
一応、似顔絵を渡されたが、本当になんでもない老人だった。
老人だが、その目つきはやけに鋭かった。
が、気になるのはその程度であり、さすがにこの人物が下手人というのはありえないだろう。
「……まぁ、一応保管しておくか」
「そうですね。なにかしらの手がかりになるかもしれませんからね」
「そうだな」
アオイは頷きながら、別の資料に目を通す。
やはりこれといった情報はなかったが、タマモたちに見せる情報としては、第一弾の情報としてはこのくらいだろう。
「……エアリアル。タマモか聖風王殿に連絡を頼む。そのうち、情報を渡しに行くと連絡をしてほしい」
「畏まりました。時期はいつになさいますか?」
「あちらの都合がいいときにでいい」
「承知しました。では、その様に」
エアリアルが一礼をし、連絡をし始めた。
その様子を眺めながら、アオイはふとさきほどの似顔絵を手に取った。
目つきは相変わらず鋭い。
だが、その目つきの中にはなにかしらの感情が宿っているように思えた。
「……これは、憎しみ、か?」
老人の目に宿る感情。似顔絵だけでははっきりとわからないが、アオイには老人が誰かに憎悪を抱いているように思えた。
「……まさか、この老人が?」
盗賊ギルドからはありえないと言われていた。
だが、そのありえないことが事実のように、アオイには思えていた。
「……いや、まさか、な」
だが、さすがにありえないだろうとアオイは、自分の考えを否定した。
否定しながらも、どうにも気になった。
気になりながらも、アオイは別の資料を手に取り、精査をもう一度行った。
精査を行いながらも、アオイはどうしても件の老人が気になってしまった。
気になりながら、アオイは別の資料に目を通す。
目を通すも完全に集中はできなかった。
集中できないまま、アオイは精査を行い続けた。




