55話 永久の誓い
「──よし、っと」
「こんばんは、円香」
「こんばんはです、姉、さま?」
ユキナたちとともに一旦ログアウトをし、深夜になってからマドレーヌは再びログインをした。
タマモは再度ログインしたマドレーヌを、笑顔で迎え入れた。……形容しがたいなにかを背負うアンリとともに。
「……姉様、アンリさんが」
「……聞かないでね」
「あ、はい」
背後のアンリを見て、顔を引きつらせながらマドレーヌがアンリについてタマモに尋ねるも、タマモは顔を逸らしながら聞かないで欲しい、と言ったのだ。
その一言にマドレーヌはいろいろと察したようで、それ以上は聞かずに頷くだけであった。
頷いたマドレーヌを見て、タマモは「ごめんね」と謝りながら、「さてと」とマドレーヌがログインできなかった日のことを語り始めた。
「それで、昨日の進捗だけど、正直なにも変わっていない」
「変わっていないですか?」
「うん。いまのところ、なんの進展もないね。アオイたちからの連絡もいまのところはなかったし、昨日は聖風王様に手解きを受けていたくらいしかすることがなかったからね」
だから、昨日ログインできなかったとしても気にしなくてもいいんだよ、とタマモは笑った。
本当なら夕方時のログインの際に、マドレーヌに伝えるはずだったことだが、夕方は暴走したアンリのおかげでなにも伝えられずに終わってしまったのだ。
「それでも、なにも言わずには申し訳なかったです」
「気にしないでいいよ。おじいさんに手解きを受けていたんでしょう?」
「……はい」
昨日ログインできなかった理由を、マドレーヌは祖父の手解きで疲れすぎてしまったからと伝えていた。
実際、間違っているわけではなかった。
祖父の手解きによって、現実の円香はかなりボロボロになってしまっていたのだ。
が、なぜか翌朝目を醒ますと体の傷はきれいに消えていた。節々に痛みはあったものの、それも学校にいる間になくなっていた。
たった一日で回復するような傷ではなかったはずだったのにも関わらずだ。
その理由が円香にはわからなかった。
あと祖父が言った「邪神に自分の分まで一撃入れて来い」という一言も含めて。
なぜ、祖父が異世界にいるはずの邪神を知っているのか。
しかも代わり一撃を入れて来いと言うほどに、邪神に対して思うところがあるのは間違いない。
それが怒りゆえのものか、それとも憎しみゆえのものなのかは、円香には判断がつかなかった。
結局、そのことに関しては祖父にはまだ聞けていない。
祖父が「いずれ」と言った以上、いまは説明してもらえないことはわかっていた。
祖父は自身の命が尽きるまでには語ると言っていたので、縁起は悪いが、本当にそのときまでには教えて貰えるのだろうといまは思うことにしたのだ。
ただ、すぐにでも教えて欲しいことはひとつあったわけだが。
「あの、姉様?」
「うん?」
「うちのおじいちゃんのこと、知っていますか?」
「え? 円香のおじいさん?」
「はい。伊藤宗一郎。それが私の祖父の名前です」
じっとマドレーヌはタマモを見つめる。
祖父はなぜかタマモではなく、「玉森まりも」と言ったのだ。
円香は「タマモ」の名前を口にしたことはあれど、その「タマモ」を駆るまりもについて話したことはなかった。
その話したことのないまりものことを、祖父はなぜか知っていたのだ。
祖父は伝手があるとは言っていたけれど、その伝手がなんであるのかはさっぱりとわからなかった。
おそらくはそちらも「いずれ」の中に加えられているのだろうが、敬愛する「姉様」のことであれば、是非にでもすぐに聞きたいと円香は思っている。
が、「いずれ」と祖父が言った以上、祖父はそう簡単に口を割ることはない。
円香の祖父にして、現在の「神威流抜刀術」の当主である伊藤宗一郎とはそういう人だった。
その祖父をタマモは知っているのか。
マドレーヌはじっとタマモを見つめながら尋ねると、タマモは口元に手を当てて考え込んでいた。
「……う~ん。聞いたことないな」
「そう、ですか」
「なんでおじいさんのことを?」
「……おじいちゃんが言っていたんです。「玉森まりもさんはどういう人なのか」と」
「え?」
タマモが目を見開いた。無理もないとマドレーヌは思った。
実際に問われた円香自身も、耳を疑う内容だった。
祖父を知らないタマモにしてみれば、より驚きを隠せない内容だろう。
「……どうして、円香のおじいさんが、私のことを」
「……わからないです。家ではあくまでも「タマモ」である姉様のことは話していますけど、「まりも姉様」のことは話していないです」
「円香がそういう嘘を吐く子ではないことは知っているけど、ならなんでおじいさんは私のことを知っているのかな?」
タマモは怪訝そうな顔をしている。言葉尻だけを捉えると問いつめるような言い方のように聞こえるが、タマモはただ疑問を呈しているだけだった。
「……あと、これは言うべきかどうか迷っていることなんですが」
「うん?」
「……おじいちゃんがスカイディアのことを知っているみたいです」
「……え?」
さしものタマモも言葉を失っていた。
「玉森まりも」のことであれば、伝手があれば調べることは可能かもしれない。
だが、異世界の邪神であるスカイディアのことに関しては、どんな伝手があっても調べることは不可能だろう。
そもそも、どんな伝手があれば調べることがッ可能だというのか。
仮に伝手があったとしても、自分の代わりに一撃を叩き込んで来い、など言うはずもない。
「……円香のおじいさんは、どんな人なのかな?」
「……うちの流派の当主です。穏やかで優しい人だけど、剣術に関しては厳しい人です。それ以上のことを私は知りません。……昔、レン様のお爺さまと旅をされていたって先日聞きました。その際に、スカイディアの話をされました」
マドレーヌは淡々とログインできなかった際のことをタマモに伝えていく。
そのたびに、タマモの表情はどんどんと険しくなっていく。
「……わからないことばかりだね。でも、とりあえずいまは」
「はい、エリセさんのことですね」
「うん、エリセがどこにいるかはわからないけれど、諦めるわけにはいかないからね」
タマモは強い意志の篭もった目でマドレーヌを見つめていた。
その瞳を見つめながら、マドレーヌは頷いた。
「はい、姉様。存分に私を使ってください」
「……使うなんてしない。ただ、協力はしてほしい」
「……はい、姉様」
タマモのためなら、姉様のためなら存分に使って貰って構わないと思っていたのだが、タマモは静かに首を振った。
首を振りタマモは協力して欲しいと言ってくれた。
上から言うのではなく、同じ目線に立ってくれている。それが円香には堪らなく嬉しかった。
そして思う。
この人のために、と。
姉様のために、私は私の力を使うんだ、とマドレーヌは決めた。
忠誠心と言われれば否定はしない。
だが、忠誠心だけではない。
心の底から敬愛するからこそ、マドレーヌはタマモのために力を尽くしたいと思った。
でも、それは口にしない。
忠誠などタマモが欲していないのは、マドレーヌにはわかっていた。
タマモが欲しているのは、もっと別のものなのだろう。
そのことを改めて理解しながら、マドレーヌは──。
「……姉様」
「うん?」
「今後もおそばに置いてください。どうか末永く」
──あえて、タマモの前に跪き、愛刀となった「玉散」をタマモにと差し出した。
タマモはじっとマドレーヌを見詰めた後、「……本当に円香は」と溜め息を吐きながら、「玉散」を受けとると、マドレーヌの両肩に一度ずつ「玉散」をゆっくりと振るった。
「これでいい?」
「はい、問題なく。……姉様がお好きではないことはわかっていますが、それでもあえてしたかったんです」
「……うん、わかっている。今後もよろしくね、円香。末永く、一緒にいよう」
「はい、姉様」
マドレーヌの口にした願いに対する答えをタマモは口にした。
数年後、この誓いが、「末永く」という言葉が現実になることを、このときのふたりは知る由もない。
そんな未来を想像することもなく、ふたりはお互いを見つめて、誓いを立て合ったのだった。




