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54話 土下座と誤解

「──というわけで、昨日はログインできませんでした! 申し訳ないです、姉様」


 祖父に祖母の話を聞いた翌日、円香は学校から帰るとすぐにログインをした。


 祖父からの手解きで受けた傷はそれなりにあったものの、不思議なことに一晩寝て起きたら、傷はどこにもなかった。


 ただ、後遺症とでも言えばいいのか。


 体を動かそうとすると、体が軋むように痛んでしまったが、それも学校の授業を受けている間に、いつのまにか消えていた。


 いまはすっかりと元通りになった体で、円香は颯爽とログインをするやいなや、タマモの元へと向かうと即座に土下座を敢行したのだった。


 周囲から見れば、いきなりの土下座ではあったが、円香改めマドレーヌにとっては当然のことであった。


 敬愛する姉様であるタマモになにも言わずに、一日ログインしなかったなど、マドレーヌにしてみれば言語道断の行いであったのだ。


 そもそも、いまは行方知れずとなったエリセの捜索にできる限りの時間と人員を費やしたいのである。


 それも人知れずにである。


 だというのに、捜索班のひとりでもあるマドレーヌが、一日ログインしなかった。それも無断でである。


 どう考えてもマドレーヌの行いは褒められたものではない。


 いくら形式上はゲーム内世界となっているとはいえ、無断の欠席はどう考えてもまずい。


 そのまずいことをマドレーヌはしでかしてしまった。


 となれば、精一杯の謝罪は当然のこと。ゆえにマドレーヌはタマモの元へ直行するやいなや、いや、タマモを見かけたと同時に滑り込むようにして土下座を敢行したのだ。


 いわば、スライディング土下座とも言うべき行いであった。


 スライディング土下座をされたタマモは、いきなりのマドレーヌの行動に目を点としていた。


 いや、目を点とするどころか、完全にあ然としていた。


 そんなタマモにマドレーヌは額を地面に擦りつけながら、ログインできなかった事情を説明し、いまに至っていた。


「……あー、その、円香の事情は理解したよ」


 説明を終えたマドレーヌにと、タマモは頬を搔きながら事情は理解したと告げる。


 マドレーヌは勢いよく顔を上げ、「本当にすみませんでした!」と再度額を地面に擦りつけたのだ。


 その際、ゴツッというやけに鈍い音が周囲に響くも、当のマドレーヌは気にすることはなかった。


 それどころか、無断での欠席の責であると言わんばかりにゴツゴツと額をぶつけ続ける始末である。


「ま、円香。も、もういいから、ね?」


 あははは、とタマモは力なく笑いながら、マドレーヌを立たせようと背中の七尾をも動員して、抱え起こしていった。


 が、マドレーヌは「いえ、この程度では十分の一も私の申し訳なさが伝わらないと思うのです!」と言って、七尾の拘束からどうにか逃れようとする。


 タマモは「いや、伝わった! 完全に伝わったから、だからもうやめていいんだよ!」と慌てていた。


 タマモが慌てる理由。それは現在ふたりがいる場所が関係していた。


 現在のふたりは、「フィオーレ」の本拠地前にいた。


 新本拠地となる建設地では、いまも建設が進められている。


 建設が進められているということは、当然人目はある。


 しかもその目は対岸側にいるファーマーたちだけではなく、作業員であるトワとクーの配下である虫系モンスターズたちのものも含まれていた。


 マドレーヌのいきなりの行動は当然彼らないし彼女らも目にしている。


 そしてその際の事情についても、マドレーヌが大声で話したことにより、ばっちりと聞こえていた。


 ゆえに、彼らないし彼女らがマドレーヌの行いについて、いや、ふたりの状況を勘違いすることはなかった。


 が、それはあくまでもマドレーヌが口にした字以上を最初から最後まで聞いていた面々だけ。


 途中でログインしてきたファーマーたちにしてみれば、「タマモさんが幼女を虐めている」という風にしか見えなかったことであろう。


 昨今のコンプライアンスにおいて、土下座というのは完全にアウト判定な行いであった。


 本人が、土下座をする本人が、自身の意思に則ったとしても、グレー判定を受けるほどである。


 それがもしも土下座の強要であれば、完全にアウトとなる。


 そして現状の光景は、傍から見れば嫌がるマドレーヌをタマモが抱え込んでいるというもの。


 そこに少し前までマドレーヌが土下座をしていたという情報が加わったら、大抵の人がどういう答えを導き出すのかなんて考えるまでもない。


 タマモにしてみれば、完全な誤解だと断言するし、マドレーヌも「そんなわけがないでしょう!」と豪語するだろう。


 しかし、民意というものは、たとえ紛れもない真実であったとしても、時によってはねじ曲げてしまうものであった。


「……タマモさんが、マドレーヌちゃんを」


「嘘、そんなわけが」


「……これってどこに連絡すれば」


 タマモがマドレーヌを七尾で抱きかかえた、ちょうどそのとき。


 ユキナ、フィナン、クッキーの三人がマドレーヌに遅れてログインをしたのだ。


 三人がログインしたとき、ちょうどマドレーヌはタマモに対して土下座をしていた。


 しかも運の悪いことにマドレーヌが事情を説明し終わったタイミングであったのだ。


 三人が目にしたのはタマモがマドレーヌに土下座をさせていること、嫌がるマドレーヌを無理矢理抱きかかえたことのふたつ。


 そう、完全な誤解を三人はしていたのだ。


「待って、三人とも! これは違う! 違うんですよ!?」


 タマモは慌てていた。


 しかし、その声は残念ながら聞いて貰えない。


 それどころか、より一層の窮地へとタマモを追いやることになった。


「……旦那様?」


「ひぅ!?」


 底冷えするような声が響いた。


 タマモは恐る恐ると声の聞こえた方へと顔を向けた。


 そこには、とてもにこやかに嗤うアンリがいた


 アンリの笑みを見て、タマモの表情から血の気が引いた。


 しかし、アンリは止まることなく続けた。


「……ちょっと「お話」をしましょうか?」


「……ハイ」


 タマモは十字を切りながら、静かに頷いた。


 頷いてからタマモは、マドレーヌを解放すると、先行くアンリの後を追いかけていった。


 その後、タマモとアンリが戻ったのは、ユキナたちがログアウトする三十分前となったのだった。

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