47話 月下の握手
タマモが聖風王とともに転移したのは、以前も向かった「蒼天城」ではなかった。
今回ふたりが転移したのは、先方──アオイが指定していた地点だった。
アオイが指定した先は、氷結王の御山のすぐ近くの場所だった。
というか、御山の入り口とも言える場所──正門である大滝の前だった。
本来なら徒歩でも十分な距離だったが、今回はあえて転移してアオイとエアリアルを迎えに行ったのである。
そうして転移した大滝の前では、アオイとエアリアルがふたりだけで立っていた。
近くにはなにやら巨大なキャンプ地があるものの、ふたりはそのキャンプ地から離れて、滝の前でふたりだけでいたのだ。
「──来たか、タマモ」
「……あぁ、来たよ」
転移して降り立ったタマモを、アオイはうっすらとまぶたを開いて見つめた。
タマモもまた目をゆっくりと細めながら、目の前にいるアオイを見つめていく。
それぞれの声は小さい。
すぐ近くにある大滝から流れ落ちる水によってかき消されてしまいそうなほどに。
だが、不思議とタマモもアオイもお互いの声が届いていた。
お互いの声を聞き取りながら、お互いのみを見つめていた。
一触即発、とまでは言わない。
だが、近い雰囲気をふたりは自然とかもち出していた。
恋愛的な意味合いではないふたりの世界を、タマモもアオイも一瞬で形成していた。
それぞれの長い髪が、お互いに色合いの異なる髪が、金と銀の髪が夜風によって浚われる。
等距離で立ち合うふたりを直上から差す青白い月が照らしていく。
そうして立ち合ったふたりを、それぞれの同行者であるエアリアルと聖風王は黙って見つめていた。
タマモもアオイも最初の一言以外で口を開くことはしなかった。
三者三様ならぬ四者四様を見せながら、四人は口を閉ざしていた。
口を閉ざしてからどれほど時間が経ったのか。
ふたりは同時に一歩歩み寄った。
だが、あくまでも歩み寄ったのは、ほんの一歩だけ。
お互いの間合いから外れている距離。強いて言えば、タマモであれば「禁術」の射程距離ではあるものの、タマモからしてみれば、今回は戦いに来たわけではない。
それはアオイもまた同じ。
聖風王へとすでに連絡をしている。アオイの返事は了承。
だが、あくまでもアオイ個人での了承であり、「蒼天」の力をすべて用いての協力というわけではない。
が、それだけでも十分すぎるほどだ。
最良は「蒼天」の力をすべて用いての協力ではあったが、アオイ個人であっても十分すぎる。
アオイ個人の持つ情報網は、「ヴェルド」全域を、いまのところプレイヤーたちが到達した地域のすべてを網羅している。
「蒼天」の力を用いれれば、全地域のどこに誰がいるのかさえも把握することは難しくはない。
が、アオイ個人でも全域のある程度までの情報は得ることができる。
そのある程度の中には、裏側の情報も含まれている。
この場合の裏側はあくまでも「EKO」というタイトルにおけるアウトロー側の情報ということ。
「ヴェルド」の本来の姿という意味合いではない。
だが、アウトロー側の情報の中には、「ヴェルド」の本来の姿に近しい部分の情報も散見されている。
尤もこれに関してはさしものアオイも、単なるイベントかなにかとしか思っていない。
アオイが了承の連絡を取った際に、聖風王を通してタマモに伝えた情報は、アウトロー側の情報でもいまだに真偽が定かではないものばかり。
が、聖風王曰く、それらを突き詰めれば真実にたどり着けるようなものという話だった。
たとえば、西の第三都市である「ガウェス」近郊の岩山に謎の少年が現れるだったり、東の第三都市「ガスト」付近の樹海内に謎の老師が現れたりなど。
すべてタマモも知っている、というか、その謎の人物の当人を知っていることだ。
だが、たしかに聖風王の言う通り、突き詰めた先に待っているのは「ヴェルド」という世界の真実である。
アウトローたちがどこからその情報を手にしたのかはわからないが、たしかに裏側の情報は有用であった。
ほかに伝えられた情報は、たとえば件の樹海付近には地底湖があり、その地底湖にはなにやら文明の痕跡のようなものがあるとか、たとえば「紅き古塔」の麓のプレイヤーたちが作り上げた村の近くに謎の遺跡があるとか。
聖風王曰く、それらはすべて妖狐族の隠れ里に続く道ということだった。
「ガスト」の樹海付近の地底湖は、「水の妖狐の隠れ里」へ、「紅き古塔」付近の謎の遺跡は「土の妖狐の隠れ里」にとそれぞれ繋がっているそうだ。
だが、地底湖も遺跡も「常春の招待状」を持っていないプレイヤーでは、なんの意味もない場所らしい。
両隠れ里にはタマモもすでに赴いている。
赴いているが、あくまでも大ババ様やエリセに連れて行ってもらっているだけであり、自身の力で辿り着いた場所は、いまだに「風の妖狐の隠れ里」のみである。
すべての隠れ里には、そのうち自力で辿り着けるようにしないといけないな、と聖風王の話を聞きながらタマモは思った。
そんなタマモに聖風王は続けた。
「裏側の情報はやはり有用じゃな。我が君にしてみれば、「ヴェルド」を駆け抜ける際に、徐々に情報を手にして隠れ里へと辿り着くという形にするおつもりだったのじゃろうな。そなたというイレギュラーによって、目論見は潰えたようじゃが」
顎髭を撫でつけながら、聖風王は笑っていた。
笑われながら、タマモは苦笑いしかできなかった。
聖風王の言うとおり、タマモの行動はエルド神にしてみれば、イレギュラーすぎるものだっただろう。
なにせ、始まりの街である「アルト」から一歩も動くことなく、「風の妖狐の隠れ里」に辿り着いたのだ。
しかもほぼ同時に「四竜王」のひとりである氷結王とも出会っているのだ。
エルド神の想定はおそらく「隠れ里」に辿り着いてから、それぞれの隠れ里と関係する「四竜王」に出会うという流れだったはずだ。
だが、タマモは真っ先に氷結王と出会い、その出会いから隠れ里へと向かうという、本来の想定からは逆の行動をしている。
聖風王がイレギュラーと言うのも無理からぬ話である。
そのイレギュラーであるタマモが、いまさら裏側の情報を得てもとは思うが、本来であれば十分に有用な情報源である。
その情報源の主であるアオイの力を用いれば、エリセの情報を得る事も叶うかもしれない。
いまのところは、せいぜいタラレバの話でしかないが、なんの手がかりもない現状では、アオイの情報網は喉から手が出るほどに欲しいものだった。
たとえ、「蒼天」の全力を用いることができなくても、アオイ個人の情報網でも、タマモには得られないものであった。
そのアオイと見つめ合いながら、タマモはゆっくりとアオイにより近寄った。
アオイもまた同じようにタマモに近寄っていく。
月明かりを浴びながら、ふたりはお互いに距離を詰めていき、そしてお互いがあと一歩踏みこめば触れ合える距離もまで歩み寄った。
そうして距離をお互いに詰めてから、それまでのようにふたりはしばらく見つめ合っていた。
だが、不意にタマモがアオイへと向かって腕を伸ばした。
アオイはタマモの行動を見て、合わせるようにして腕を伸ばす。
そうしてお互いに腕を伸ばした結果、中間距離でふたりの手は触れ合い、お互いに握り合ったのだ。
「よろしく、アオイ」
「うむ。しばしの間だが、協力するとしよう」
「あぁ」
ふたりはそれぞれに頷きながら、悪手を交わし合った。
かくしてタマモとアオイによる個人同士の連合は成立したのだった。




