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46話 愛し子たちのために

 夜が更けていた。


 青白い月が夜空に浮かんでいる。


 夜空に浮かんだ月から、青白い光が地面を照らしていた。


 月の光に照らされる中、タマモはゆっくりと型をなぞっていた。


 タマモがなぞっているのは、「轟土流」の基本にして極意とも言える「小円の守り」からなる一連の型。


 その動きは見ようによっては、舞いのようだった。


 月の光を浴びながら、ひとり舞う姿は、まるで一種の儀式のように、それこそ神楽のようにさえ感じられた。


 だが、奏でられる曲はない。


 音のない神楽を、タマモはひとり舞っていく。


 舞い踊るタマモを一対の視線が見つめていた。


「……すごい、きれい」


 ほぅと大きく息を吐きながら、マドレーヌはタマモをじっと見つめていた。


 タマモを見つめる視線には、憧憬の念が込められていた。


 タマモのへの憧憬を抱きながら、マドレーヌは決してタマモの邪魔をするまい、とタマモに声を懸けることなく、ただタマモを見つめていた。


 やがて、一通りの型をなぞりきったタマモは、動きを止めた。


 タマモは静かに息を吐きながら、マドレーヌにと視線を向けた。


「……声を懸けてくれてもよかったんだよ?」


 くすくすと笑うタマモに、マドレーヌは「だって」と唇を尖らせた。


「姉様、すごく集中されていたので」


「集中していたわけではないよ。ただ暇だから練習をしていただけだからね」


「それでも、姉様のお邪魔をするのはどうかなと思ったのです」


「気にしなくてもよかったのに」


「……だって」


「もう、円香ったら」


 タマモは再び笑いながら、マドレーヌのそばに歩み寄り、そっとその頭を撫でた。


 マドレーヌは少しくすぐったそうにしていたが、すぐにマドレーヌは嬉しそうに笑った。


 そんなふたりを眺める影がふたつあった。


「ほっほっほ、よき光景であるな」


 ひとりは空中に浮かびながら、長い顎髭を撫でつける聖風王だった。


 聖風王は穏やかなまなざしを向けながら、タマモとマドレーヌを眺めていく。


 その口調もまなざし同様に、とても穏やかなものだった。


「……そう、だな」


 聖風王と対するのは、氷結王だった。


 四人がいまいるのは氷結王の居城である御山の、氷結王のねぐらである洞窟の前の広場にいた。


 その広場で繰り広げられるタマモとマドレーヌのやりとりを、聖風王と氷結王は眺めていたのだ。


 聖風王も氷結王もふたりを眺めるまなざしは穏やかである。


 だが、氷結王の口調からはいくらかの苦々しさを感じられた。


「……あの子らは、おふたりのようにはならん」


「……誰もそんなことは言うておらん」


「そうかな? 我が輩には、かつて見た光景によく似ているように思えたがな?」


「……それはおまえだけだ」


「そうか。だが、それでもあえて言うぞ。あの子らは決しておふたりの道程をなぞることはない」


「……どうして言える?」


「信じておるからだ。そしてあのときといまとではまるで違うからだ」


「……なにが違う」


「阿呆が。我が輩とおまえがいるだろう? 焦炎王や土轟王もいる。あの頃とは状況がまるで違うであろうが」


 はんと吐き捨てるように聖風王は言う。だが、吐き捨てながらも、その目は優しかった。


「……それは」


「おふたりには諫め、導く先達はいなかった。だが、あの子らには我らがいる。問題はあるか?」


「……問題ならあるわい」


「ほう?」


「おまえのようなスケベ爺がいたら、あの子らの情操教育に悪すぎるわい」


 今度は氷結王が吐き捨てるように言った。氷結王の言葉に聖風王は「なんじゃと!?」と噛みつきに行ったが、当の氷結王は顔を俯かせていた。


 俯く氷結王を見て、聖風王は「……ふん。興ざめじゃ」と顔を背けた。


 そんな聖風王に氷結王は小さく声を漏らした。


「……ありがとう、友よ」


 氷結王の声は震えていた。声だけではなく、体もわずかに震えていた。体を震えさせながら、俯いた顔からはいくらかの雫がこぼれ落ちていた。


 聖風王は横目で氷結王を見やり、「はん」と鼻を鳴らした。


「この程度のことで礼を言ってどうする。こんなことは当たり前のことじゃ。婿殿も妹殿も、おまえだけが寵愛しているわけではない。我らはみなあの子たちを愛している。愛し子のためにできうることをするのは当然のことであろうよ」


「……そう、じゃな」


「だから、気にするな。胸を張れ。そんな情けない姿を、おまえは孫娘と称するあの子たちに見せるつもりなのか?」


「……バカを抜かせ。こんなのはただ目にゴミが入っただけのことじゃ」


「なら、さっさと顔をあげよ。いつものおまえらしくいろ。おまえは我が輩の喧嘩友達なのだ。いつまでも友の弱々しい姿を見せんでくれ」


 聖風王は静かに告げた。その言葉とともに涼やかな風が吹き抜けていった。


 吹き抜ける風に、氷結王から零れた雫は浚われていった。


 風はわずかの間吹いていた。


 風が止んだ頃には、氷結王は背筋を伸ばし、いつものように佇んでいた。


 聖風王は氷結王の姿に、「それでいい」と口元に笑みを浮かべた。


「聖風王様、そろそろお時間じゃないですか?」


 聖風王が笑みを浮かべてすぐ、氷結王が礼を口にしようとするよりも早く、マドレーヌがタマモとともに聖風王たちの元へと来た。


「ん? あぁ、そういえばそうじゃな」


 聖風王はマドレーヌの一言に、いま思い出したとばかりに手を叩いた。


「いつ連絡が来たんですか?」


「あのあとすぐにじゃな。まさか、すぐに連絡があるとは思っておらんかったわ」


「即断即決は彼女らしいことではありますけどね」


 タマモは聖風王の言葉に苦笑いしていた。が、隣にいるマドレーヌは複雑そうな表情を浮かべていた。


「……姉様、本当にいいのですか?」


「なにが?」


「だって、あの人はアンリさんを」


 マドレーヌは顔を俯かせつつ、両手を握りしめていた。


 当時のことはマドレーヌも詳しくは知らない。


 というか、まだ当時はタマモたちに憧れていただけの時期であり、いまのように妹分として接していたわけではないのだ。


 それでも、かつて起きた惨劇を知らないわけではない。


 惨劇を知っているからこそ、惨劇を引き起こした張本人に対して、複雑な感情をマドレーヌは抱いている。


 タマモはマドレーヌの様子を見て、ふっと口元だけに笑みを浮かべて、再びマドレーヌの頭を撫でていく。


「ありがとう、円香。あなたの気持ちはすごく嬉しい」


「……姉様」


「だけど、大丈夫だよ。わだかまりはたしかに私の中にはある。だけど、いまはそれを乗り越えなきゃいけないからね」


「……はい」


「それにもう終わったことだし、アンリは戻ってきてくれた。だから、私は大丈夫」


 穏やかにマドレーヌに語りかけるタマモ。マドレーヌはじっとタマモを見つめながら、「わかり、ました」とだけ頷いた。


「じゃあ、そろそろ行きましょう、聖風王様」


「そうじゃな。氷結王よ、妹殿をしばし頼むぞ」


「あぁ、任せておけ」


「姉様、お待ちしていますね」


「うん。すぐに戻るよ、円香」


 タマモはマドレーヌに手を振りながら、聖風王とともにふっと姿を消した。


 それまでタマモたちがいた場所をじっとマドレーヌは眺めていると、ぽんとマドレーヌの頭に手が置かれた。


「安心せよ。聖風王がともにおるのであれば、なんの問題もない」


「……はい」


「とは言っても気になるものよな。どれ、ひとつ稽古でもつけてやろう。そなたの場合は体を動かしていた方が気が紛れるであろうし」


「いいんですか?」


「うむ。とはいえ、さすがに剣術は門外漢ゆえ、体捌きが主となるが、よいかの?」


「構いません」


「うむ。では、始めるとしようか」


「はい、お願いします」


 それまでの憂いを秘めた様子はどこへやら、マドレーヌは進化した相棒である「玉散」を構えた。


 構えを取るマドレーヌを前に氷結王は腕を組み、「来なさい」とだけ言った。


 マドレーヌは「はい」と力強く頷きながら、佇む氷結王へと向かっていった。

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