10話 似た者同士なふたり
声を掛けられて振り返った先には、理想の嫁像そのものであるアオイがフード付きのマントを身につけて立っていた。
「アオイさん、なんで」
「なんで、とはつれないのぅ。そなたとはあんなに熱い時間を過ごした仲であるというのに」
フードで顔を隠しながらアオイはぽっと顔を染めながら左右に体を揺するというなんとも言えない仕草をしていた。
「……タマちゃん、お知り合い?」
ヒナギクからの追求が、アオイの登場により一時的に追求がやんだことで自由になったレンが額を拭いつつ言う。その際わずかにだがアオイの目が鋭く細められたのだが、タマモはもちろん、レンとヒナギクもアオイの変化には気づかなかった。
アオイの変化はあまりにも一瞬すぎて、ヒナギクとレンにも見ることができなかった。加えてフードを被っていることがその変化を隠していた。そのためタマモたち「フィオーレ」はこの時点でアオイの本性を理解することができなかった。
アオイはその本性を隠すかのように表面上とても穏やかに笑っていた。
だが、よく見れば笑ってなどいないというのは普段のヒナギクとレンであれば気づけたはずだった。
アオイは笑いながらも品定めをするような目でヒナギクとレンを見つめていたのだ。
普段のヒナギクとレンであれば、すぐに気付けるほどにあからさまにだ。だがその視線にヒナギクとレンは気づくことはなかった。
(……ふん、有象無象というところかの。タマモに相応しくない連中じゃな)
しかし戦闘後の高揚感とタマモの知り合いということもあり、わずかにだが注意力が下がっていた。それが結果としてアオイの中でのヒナギクとレンの格を定めさせる要因になった。
だがそのことにヒナギクもレンも、そしてタマモも気づくことはなかった。
それどころかタマモは襟を正すようにしてアオイに手を向けて行った。
「はい。アオイさんです。えっとボクの初めてのフレンドさんなのです」
えへへへと嬉しそうに笑うタマモ。その笑顔にフードで顔を隠していてもはっきりとわかるほどに、だらしなく笑ってしまうアオイ。そんなアオイの反応にヒナギクとレンもまたアオイがどういう人物であるのかを理解した。
(ああ、残念な人なのか)
(うん、残念な人だね)
当のアオイが聞けば怒り出しそうなことではあるが、笑顔のタマモを見てだらしのない笑みを浮かべるアオイの姿は、誰がどう見ても「残念な人」である。
黙っていれば、いや、タマモがいなければ美人さんであるはずなのに、タマモの前ではもうダメである。
ダメで残念美人なアオイ。略して「ダザイ」さんとでも呼べばいいかとアイコンタクトで意思疎通を図るヒナギクとレン。
ヒナギクとレンに初対面にも関わらず、そんな辛辣なあだ名で呼ばれることが決定してしまっていることにアオイはもちろんタマモも気付かなかった。
というか、すでにアオイはもちろんタマモもまたすでにふたりの視線には気づかない状況になっていた。すなわち──。
「あぁ、相変わらずの抱き心地よなぁ」
「はふぅ。アオイさんの抱っこは気持ちがいいのです」
ヒナギクとレンがアイコンタクトをしている間に、アオイはタマモを抱きかかえながらその場に座り込んでしまったのだ。
いま四人がいるのはベンチがある広場ではなく、人がごった返す会場内なのだが、アオイにとってはそんなことはどうでもいいようで、ノータイムで座り込むと以前のように、初めて会ったときのようにタマモを腕の中に掻き抱いてしまった。
その結果初日のときのように二人そろってだらしなく笑うというデジャブじみた光景が生じていた。
(ああ、これ。これじゃぁぁぁぁ。これが欲しかったのじゃよぉぉぉ、最高じゃぁぁぁぁ)
(あぁ、ひさしぶりのアオイさんのお胸なのです。これぞボクの求めていたものなのです)
ひさしぶりのタマモのぬくもりに夢心地なアオイ。後頭部を包むたしかな重量感とぬくもりにやはり夢心地なタマモ。相変らずお互いの趣味が若干アレなふたりの再会はやはり若干アレなものだった。
「のう、タマモや」
「はい?」
「耳を弄ってもよいかの? もうこの耳をこちょこちょとしたくて堪らなくてのぅ」
「はい、もちろんです。ボクももう少しアオイさんに体重を掛けてもいいでしょうか?」
「ほっほっほ、構わぬ、構わぬ。好きにするとよい」
「じゃあお言葉に甘えるのですよ」
お互いの許しをえると、ふたりはそれぞれに金色の立ち耳を指の腹でこりこりとこすり、それまで以上に体重を掛けて後頭部を包む感触を味わっていく。そうしてお互いに「至高」とも言える瞬間を、初日以来の「至高」の瞬間を全力で味わっていくタマモとアオイ。
そんなふたりの姿にヒナギクとレンはそれぞれに思った。
(あ、似た者同士だ、このふたり)
(ある意味お似合いなふたりだね)
ヒナギクとレンはほんのわずかにふたりから距離を取りながらしみじみと思った。だがそのことにタマモもアオイも気づくことなく、しばらくの間、お互いの「至高」の瞬間をこれでもかと噛みしめていたのだった。




