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41話 祈り

【追記7月9日9時】今日の日間のVRランキングの「すべて」で65位に、「連載中」59位にランキングしたみたいです。

ありがとうございます


 大きな湖だった。


 普段から見慣れている湖ではあるが、夜半に訪れることはそう多くない。


 その多くない時間帯にタマモは湖畔に佇んでいた。


 湖畔は静まりかえっていた。


 いまのところ、湖畔にはタマモしかいない。


 もともと、この湖に訪れることができるのは、ごく限られている。


 そのうえで、現在時刻は夜半であるため、より人気がないのである。


 そんな人気がない時間帯の湖畔に、タマモはひとり佇みながら湖を眺めていた。


 昼間のように差し込む光もないため、湖面は一面の黒に覆われていた。


 黒い湖面の下を見ることは叶わない。


 かといって、湖水の中を動くものも見えない。


 波ひとつない湖面を、タマモはただ見つめていた。


「お待たせしました、姉様!」


 タマモが湖面を見つめていると、後ろから息を切らした声が聞こえてきた。


 タマモが振り返ると、そこには息を切らしたマドレーヌがいた。


 マドレーヌは両ひざを押さえながら体を屈めていた。


 そこまで慌てなくてもいいのにと思いながら、タマモは「気にしないで」とマドレーヌに笑いかけた。


「ちょうどいま来たところだからね」


「それは、お決まりの待っていた人のセリフですよ」


「そうね。だけど、本当についさっき来たばかりなのよ?」


「本当、ですか?」


「ええ、本当」


 くすくすと笑いながら、タマモは頷いていた。


 実際、タマモが湖畔に来たのは、つい五分ほど前のことである。


 五分とは言え、待っていたことは事実だが、たかが五分でもある。

 

 それに学業や仕事でないのだから、五分程度待ちぼうけになったことくらい、なんの問題もない。


 そもそもの話、待ちぼうけといっても、約束の時間から遅れたわけではない。


 むしろ、ちょうど約束の時間であるため、マドレーヌが遅刻したわけではなかった。


 今回のことは、タマモがいくらか早く来ただけであり、マドレーヌに非はなかった。


 が、当のマドレーヌにしてみれば、敬愛する姉様であるタマモを待たせた時点で非となってしまうのか、恐縮しながらマドレーヌはタマモに頭を下げていた。


 そんなマドレーヌにタマモは「本当にらしいなぁ」と思いながら、恐縮するマドレーヌの頭にぽんと手を置いたのだ。


「気にしないでちょうだい。時間には遅れていないのから問題はないわ」


「ですが、それでも姉様をお待たせしてしまいましたし」


「私が少しばかり早く来てしまったというだけのことよ。あなたのせいじゃないわ、円香」


「でも」


「いいのよ、気にしないで。ね?」


 恐縮し続けるマドレーヌに、タマモは優しく笑いかけた。


 タマモの笑みを見て、マドレーヌはようやく「……わかりました」と頷いた。


「そう」と頷きながら、タマモはマドレーヌの頭から手を離そうとした。


「ぁ」


 が、手を離そうとしたら、マドレーヌは小さく声を漏らしたのだ。


 名残惜しむようにタマモの手をじっと見つめるマドレーヌ。


 その様子はなんとも愛らしく、タマモはくすりと笑いながら、離そうとした手で、マドレーヌの頭を優しく撫でつけた。


 タマモに頭を撫でつけられたマドレーヌは破顔し、嬉しそうに笑うも、若干頬を紅く染めていた。


 敬愛する姉様に撫でつけられるとはいえ、来年中学生になるマドレーヌにしてみれば、いくら敬愛する姉様相手でも頭を撫でられるのはと思っているのだろう。


 反面、背中の二又の尻尾が緩やかに揺られており、マドレーヌが頭を撫でつけられていることがどう思っているのかは明らかであった。


「あ、あの、姉様。撫ですぎです」


「ん~? その割りには円香は嬉しそうだけど?」


「……姉様に頭を撫でられれば、誰だってこうなります」


「じゃあ、いいじゃない」


「でも、恥ずかしいですし」


「そう? 私は恥ずかしくないわね」


「そ、それは姉様が撫でているからですよ」


「ふふふ、たしかにそうかもね」


 くすくすと笑うタマモと、タマモに頭を撫でられ、依然として恥ずかしがるマドレーヌ。


 そうして義姉妹同士でのやりとりが行われている中、再び声が聞こえてきたのだ。


「おや? 婿殿、もう来ていたのか?」


 タマモは再び背後から声を掛けられた。聞こえてきた声は聖風王のものだった。


 タマモが振り返ると、聖風王はいつものように、ぷかぷかと空中に浮かんでいた。


 空を飛ぶ聖風王に、マドレーヌは丁寧に一礼した。


「こんばんは、聖風王様」


「うむ。こんばんは、妹殿」


 かかか、と聖風王はマドレーヌに挨拶を返した。


 なお、妹殿というのは、聖風王のマドレーヌの呼び方だ。


 少し前までは「マドレーヌ」とそのまま呼んでいたが、「婿殿の妹分であれば、「妹殿」でもいいのではないか」ということで、つい最近からはマドレーヌを「妹殿」と呼んでいるのだ。


 当のマドレーヌは「妹殿」という呼び名はまるで本当に、タマモの妹になったように感じられるようだと嬉しがっている。


「しっかし、婿殿と違って妹殿はよい子じゃな。婿殿なんて我が輩と顔を合わせても挨拶なんぞせぬしなぁ」


 ちらりと聖風王はタマモを見やる。


 聖風王の言葉に、タマモはため息交じりに「はいはい」と頷いていく。


「少し挨拶が遅れましたけれど、こんばんは、聖風王様」


「……なんだか、面倒くさそうじゃなぁ。それも投げやりじゃし」


「そうなるのも仕方がないでしょう? 無理矢理言わせているようなものですし」


「それはそうかもしれんが、もう少し言いようってもんがのぅ」


「言いようもなにもないでしょうよ」


「ああ言えばこう言うんじゃから」


「そっくりそのままお返ししますけど?」


「むぅ」


 聖風王は唸りながらタマモを見やるも、当のタマモは気にすることなく、「はいはい」と返した。


「それよりも、聖風王様?」


「なんじゃい?」


「今日はなんのご用なんですか?」


 そう、タマモたちがこの湖畔に来ているのは、すべて聖風王からの声かけがあったからである。


 なお、タマモたちがいる湖畔は、土轟王の居城である地中農園内の湖だった。


 居城の主である土轟王の許可も受けて、こうしてタマモたちは湖畔に集合したのだが、その理由についてタマモもマドレーヌも知らされてはいなかった。


「うむ。エリセの件についてじゃよ。妹殿にもご協力を願おうかと思っての」


「エリセさんがどうかしたんですか?」


「うむ。ちぃと面倒事に巻きこまれているようでな」


 聖風王はマドレーヌの問い掛けに答えていく。その様を眺めながら、いまはいないエリセのことをタマモは考えていた。


「……エリセ」


 胸が締め付けられるのを感じながら、タマモはエリセの無事をただ祈っていった。

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